ART SPEAK
水戸芸術館ではなぜ現代美術しかやらないか(2)
◎水戸芸術館の独自性
水戸芸術館ができる時、せっかくやるのだから、何か他とは違う独自のものにしたいということがあった。そこで、水戸の美術館の状況を見渡してみると、県立の近代美術館があり、歴史館があり、市の博物館もあり、笠間の日動美術館もある。近代以前の美術作品を扱う施設は、この規模の都市にしては珍しく揃っている。では、欠けているものは何か。それは現代美術だ、ということになる。この、現代美術を専門に扱う施設がない、というのは水戸に限ったことではなくて、日本中探してもほとんどない。東京にもない。世界的レベルで見れば、これだけの経済発展を遂げた国で、こういう状況は珍しいのではないか。ならば、この水戸に現代美術専門の施設を、日本中に先駆けて作ってやろう、ということになった。
水戸芸術館は公立の美術館だが、日本の公立美術館はほとんどが近代美術館ということになっている。そこで扱うものは、西洋のものでは印象派とか、エコール・ド・パリとか、日本のものでは明治以降の日本画とか、洋画というふうに、だいたい決まっている。だから、水戸芸術館は、現代美術を扱う施設が日本では少ないということと、公立という資金が安定したところで現代美術を専門に扱っているということの二重の意味で、他に類を見ない施設なのである。

1991年 「アバカノヴィッチ」展
◎東京と地方文化
アンケートを見ると、「水戸はまだ田舎なのだから、万人にわかるものが先なのではないか」という声もある。だが、地方都市だから先端を行くものをやってはいけない、ということはない。日本ではすべての文化が東京に集まり、そこから地方に向けて降りてくる、という構造がある。しかし、水戸芸術館は、東京を経由するのではなく、直接、水戸と世界を結びたい、地方から文化を世界に向けて発信したい、という目標を持っていた。この目標は、東京に先駆けて現代美術センターを作れた、ということでまずは実現できたのではないか。
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*本ページの内容は、1994年9月1日発行当時のものです。