ほんとうの学芸員
逢坂恵理子(おおさか・えりこ)さん
今回は先ごろ行われた展覧会、ジェニー・ホルツァー「ことばの森で」の制作を担当された逢坂恵理子さんにインタビューをしました。逢坂さんは1994年の4月から現代美術センターの学芸員をされています。まだ半年たったばかりの10月の初めにお話を伺いました。
◆帽子をかぶったおじさんとの出会い
V(ボランティア):美術の世界に入ったきっかけは?
逢坂:大学では日本美術史を専攻したんですけれど、美術館の少ない時代で、美術界に入るのに少し時間がかかりました。 美術出版社の「みずゑ」という雑誌の編集部にアルバイトで入ったのが最初です。それからですね、ほんとうに美術の世界で仕事を始めたのは。「みずゑ」の編集部にはたくさん写真がありまして、それが全然整理されていなかったんです。暇なときに「じゃ、これ、整理しまーす」とか言いながら作業していました。その中に、狼と帽子をかぶったおじさんが一緒に写っている写真があって、これ何だろうなと思っていたら、ヨーゼフ・ボイスとコヨーテのパフォーマンスだったりとかね。それで現代美術に少しずつ興味がわき、へえーっと思うようになりました。そうこうしているうちに、たまたま 国際交流基金を知っている人から、人を探しているよと聞いて、それで履歴書を持って走っていったんです。
V:やっぱりそこにも美術の匂いがしたからですか?
逢坂:そうですね、展示課というセクションがあるのを新聞の記事で読んで知っていましたから。その後は、1986年からICA名古屋です。だから、たぶん普通の学芸員とは全く違っていて、いろいろな経験をしていると言えば聞こえはいいのですが、まあいろいろなところを見てから学芸員になったから、全ての経験がけっしてマイナスにはなってはいないと思います。
V: 国際交流基金というのはどのような団体なのですか?
逢坂: 外務省の外郭団体で、日本と海外の文化交流を推進していくことを目的としている組織でして、その中の展示課というのは、日本の美術を海外に、海外の美術を国内にそれぞれ紹介することを行っていました。1980年頃でしたが、その頃の日本ではまだ現代美術ということばが定着していなくて、ヨーゼフ・ボイスを知っている人もとても少なかったと思います。私が 国際交流基金で初めてかかわった現代美術の仕事は「行為と創造」という企画で、欧米からはJ.ボイス、D.ビュラン、D.グラハム等、5人のアーティストを日本に呼ぶというものでした。ボイスは来日できませんでしたが。
◆現代美術とのかかわりの中で
V:逢坂さんていつもお忙しそうですね。
逢坂:ええ、水戸に来て4月以降、ジェニー・ホルツァー展が始まる前は連日夜12時ごろまで仕事をするという日々を過ごしていましたが、国際交流基金にいたその当時から、展覧会の始まる前数カ月はそのような生活から逃れることができなくなってしまっているようでして、どうしてなんだろうって、じっと我が手をみるみたいな…(笑)
V:今までに担当された中でいちばん印象に残っている展覧会は?
逢坂:うーん、やっぱり自分にとって印象深かったのはアゲインスト・ネイチャー展、そして、ボルタンスキーと、このあいだやったアンディー・ゴールズワージーですね。ボルタンスキーは名古屋のICAでやりました。水戸芸術館にも巡回しましたよね。アンディー・ゴールズワージーは1987年からのつきあいなのですが、ICAが閉鎖になってフリーランスでキュレーターの仕事をしているときに、昨年の 世田谷美術館での展覧会を企画しました。
V:彼の作品のどこに魅かれますか?
逢坂:自然に対する敬虔の念と愛情。自然の力を自分の作品にいかに表すかということだと思います。彼が毎日創り出している造形というのはいろいろな積み重ねの上に出てきていますから、何回も失敗したりもしてますしね。そういうことを伝えていくのが私たち学芸員の役目でもあると思います。
◆美術館教育に興味を持っています
V:美術館教育について興味を持つようになったきっかけは?
逢坂:名古屋のICAで現代美術の展覧会をやり出してからですね。当時、近所の地区の学校に手紙を書いて、うちではこういう展覧会をやっていますから、ぜひ生徒さんを連れて来て下さい、というのを出したことがありました。で、何の反応もなかったんですよ。
V:ガーン!
逢坂:それから美術館教育というものに興味を持つようになりました。イギリスでは数年前に、学校の公式カリュキュラムに美術館を訪問して学ぶという授業が組み込まれたそうですね。日本ではまだこれからという時期ですから、そういう公的な仕組みからやっていく必要がありますね。
◆美術教育ボランティアに期待しています
逢坂:現代美術というのは、自分達の枠をいかに押し広げてそれを越えていくかということですから、自分自身がどう思ってどう行動するかという主体性が重要なわけです。美術教育ボランティアの皆さんにしても、ここの水戸芸術館の活動の一端を担っている人達ですよね。雇われてはいないけれども、水戸芸術館のイメージと実体をつくる重要なメンバーのひとりであると。そういうことが実現できるということは、ひとりひとりの自覚と自主性が必要なわけで。この168にしてもね、他のところでは簡単にマネできないと思います。
V:どうもありがとうございます。そこまで言っていただけると、明日からまた頑張れるぞ、という気持ちになります。逢坂さんの今後のご活躍を期待しています。 (平野)
*本ページの内容は、1994年12月1日発行当時のものです。
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