特 集
ことばの森にようこそ
ジェニー・ホルツァー(1)
1994年7月30日から10月16日まで、水戸芸術館現代美術ギャラリーで、アメリカの現代美術作家ジェニー・ホルツァーの個展が開かれました。彼女にとっては、日本での初めての個展です。今回は、彼女の作品を、3人のボランティアがそれぞれの視点から見てみました。
■ 電子時代の作家ホルツァー
◎電光掲示板
静かに音もなく流れてくる文字広告の文。いつ頃から私達は、あれを都市の風景として、何の違和感もなく見過ごすようになったのでしょう。
何ヶ国語ものメッセージ文が、電光掲示板に通常より速めのスピードで流れてくるホルツァーの作品は、いろいろなことを考えさせます。「こんなにたくさん次から次へとメッセージが流れてきたって、目が疲れて読めやしない。」(とすると、日頃私達の周りでとめどもなく流れてくるテレビや雑誌の情報はどうなのでしょう?)「暗闇で文字だけチカチカして、何かこわいような、なつかしいような…」(深層心理に深く訴えかけるようなものに出会うと、私達はよくこんな気持ちになります)「文字がこんなに派手に出たって、都会の雑踏じゃ、誰も見てやしないわよ。」(どんなメッセージも人ごみの中に紛れていってしまう孤独)…
「無題(多くのテキストより)」1990(c)安齋重男
ひとつ確かに言えるのは、私達は確実に、あの種の音のないメッセージに慣れてきつつあるということではないでしょうか。いや、私達が思っている以上に、あの、音もなくコンピュータのスクリーンに打ち出される文字の影響は大きいかもしれません。新しいテクノロジーによって、私達には新たな感覚が生まれつつある気がします。すでに多くの哲学者が、電子時代に向かって私達自身の中に生まれつつある大きな変化を予見してきました。ホルツァーの、性別のない(セックスレス)話者不明(スピーカーレス)の文体は、「コンピュータ」という新たな人格を感じさせます。実は、現代思想の分野でも、近未来において、男性と女性の他にコンピュータという第3の性の存在を想定している学者もいるのです。
◎フェミニズム
こう考えていくと、ホルツァーは自分の文を載せるためにぴったりの媒体を選んだと言えるでしょう。彼女の文の中には、フェミニズム(一般に女性拡張論と言われます)的なものが多く見られますが、これも偶然ではなく、フェミニズムが起こってきた原因が「農耕・機械の時代から電子時代に移行してきた(※)」ことによるとすると、彼女の文はコンピュータ制御された電光掲示板にこそふさわしい、という気がします。
とはいえ、『暴行殺人』という作品では、はっきりと、<被害者→女/加害者→男>という図式が打ち出されており、戦況の中の特殊な状況を扱ったものとはいえ、「またか。」と辟易した男性方もおられるかもしれません。けれども、そこに第三者(観察者)という存在もあったことに気づかれましたか。また、ホルツァー自身が「加害者を表わした文の方が書きやすかった。」と語っているのも気になります。自分が女なのだから、被害者の文の方が書きやすいような気がしますが、これも行き詰まりやすいフェミニズムの根本的な問題を暗示しているエピソードと言えるでしょう。
それに比べると、『母と子』という作品の大らかなこと。男という存在を抜きにして、ひたすら我が子を守るための強い意志をうたいあげた文は、ホルツァー自身の出産を機に生まれたものです。フェミニズムは現代アメリカ思想においても無視できない潮流であり、こうした文が日本でどのように受けとめられているのか、ホルツァー自身も興味があるのではないでしょうか。(彼女はインタビューで「(展覧会の)現場に女性の姿が少ないのが気になった。」と語っています)
「(子供を産む前は)どうせ誰かの犠牲になってしまうと信じていたので、いつも自分の無気力さや軽率さを正当化していた。」こんなホルツァーのメッセージが静かに電光掲示板に流れてくると、訳もなく興奮してその光る文字に見入ってしまったのは、女性の私だけだったでしょうか。 (下山田)
(※)「ジェニー・ホルツァー展を見て」日向あき子
(朝日新聞1994年9月27日夕刊第9面掲載)より引用*本ページの内容は、1994年12月1日発行当時のものです。
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