制作の現場
陶芸家 井上雅之さん
私たちが鑑賞する作品はほとんどが完成したものです。たまにアーティスト・イン・レジデンスなどで作品制作の過程などを目にする機会がありますが、作品がどのように発想され、どのような技法が使われ、いかなる試行錯誤の結果、このような作品となったか知る由もありません。そこで陶芸家の井上雅之さんを制作の現場に訪ね、不躾な質問をぶつけてみました。
ディアロゴス1996「現代性の条件」展をご覧になった方は、細長い廊下のような第6室に展示された井上雅之さんのすり鉢状の作品を覚えているでしょう。かなり大きな作品で一見ロクロで作られたのかと思いましたが、内側を見れば分割された陶片から組み立てられていることが分かりました。私は形状はさることながら、その表面処理に目をひかれました。ざらざらした白っぽい表面の所々が剥げ落ちたようになっており、そこから素肌が覗いている。「触ってもいいですよ。」井上さんの言に誘われてそっと手を置くと、意外としっかりとした手触りが伝わり、不思議となつかしい感覚がよみがえる。「釉薬はなん層にも重ねてあるのですよ。」この秘密をぜひ知りたいと思いました。井上さんのアトリエは筑波山の麓、斜面の林のなかにありました。友人の建築家の設計になるというシンプルなつくりはすべて木材、樹々を残した庭に囲まれて静かなたたずまいを見せていました。2階は床も壁も板張りの居間になっており、作品がさりげなく置かれ、話を伺う合間に楽しみました。井上さんは陶芸のキャリアーはすでに15年あり、10年前から神奈川県に自前の窯を持って仕事をしていました。5年ほど前に立ち退くことになり、新しい土地を探しているうちに、笠間からの帰途この地を見てすっかり気に入り、ここに居着くことになったそうです。
アトリエ外観
1階が作業場です。二分してあるのは学生時代からの陶芸仲間でもある奥さん、中井川由季さんの手びねり作品のスペースでもあるからです。井上さんは次の展覧会のために制作中で、切断された陶片が乾燥中でした。もともとロクロの面白さにひかれて陶芸をはじめたそうですが、紐状の粘土を輪のように重ねて大きな作品を作っているうちに、ロクロの代わりに自分が作品の周りを回って制作していたと笑ってらっしゃいました。
井上雅之さんと中井川由季さん
さて、表面処理の秘密ですが、それは棚に並べられたたくさんの釉薬と実験に使われた円筒形の焼ものにありました。釉薬の調合は決して偶然性によるものではなく、効果をあらかじめ予測して試すのだそうです。まれに塗重ねの順を間違えて思わぬ効果を得ることがあっても、記録はきちんと取ってあり一過性にはしないとのことでした。未知なる魅力を求めての実験と綿密な記録がすばらしい効果を産み出すことが分かりました。
「手近に手伝いがいてくれるのが一番助かる」と云うお二人、でもこれからも切磋琢磨しながら制作に励んでください。(取材:鶴野、撮影:佐藤)
*本ページの内容は、1998年3月31日発行当時のものです。
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