水戸芸術館の構想
水戸市長(当時) 佐川一信
芸術館が、美術館でもコンサ−トホ−ルでも演劇ホ−ルでもない、三大芸術 の総括として「芸術館」として決定された背景には次のような事情と経過があ った。
まず、文化の基礎をなす、「言語」の美学としての演劇をシェイクスピア中 心に上演してはどうかという考え方があった。また、県立近代美術館と緊張・ 調和しながら、相乗効果をねらうという発想から現代美術ギャラリ−が検討さ れた。さらに、水戸には良質で適正規模のコンサ−トホ−ルがなく、市民の文 化施設への期待は、コンサ−トホ−ルに相当程度集まっていた。
かかる状況は、素直に「芸術館」構想へと連なってくるわけであるが、それ は決して個別分野の接ぎ木的なものではなく、具体的に物象化されるなかに普 遍的なものを表現する技術・知的な活動としての芸術性を追求しながら、集合 化し統合化する芸術活動でもあるという点で、従来型の文化施設とは異なって いた。
国際的な視野に立って新しい芸術文化を市民と共に創造する芸術館は、我々 が芸術文化の枠を集める壮大な計画である。
磯崎氏設計によるア−ト・タワ−・ミト (ATM)は、シエナの塔のように、 水戸市民が新しい街づくりへの決意を宿したものであり、街並の変化のシンボ ルとなろう。
そして芸術館は、水戸市民の精神史に新しい1ペ−ジを刻み、結果としてわ が国文化状況への一つの提言になると考える。