世界に発信する開かれた芸術活動の拠点
水戸芸術館長 吉田秀和
|
この芸術館は演劇と美術と音楽という3つの芸術の分野の仕事が、並んで展
開されるようにできてます。こんなものは、日本だけじゃなく、世界中どこへ
行ったってないのではないでしょうか。 芸術というものは、今生きているところから、将来に向かって展望して、こ れから何を作ることができるだろうかとか、また、ぼくたちの人生、社会とい うものがこのさきどうなってゆくのだろうか、ということを予感したり、予覚 したり、あるいは予告するような仕事をする側面をもっている。この芸術館で は、そちらの面を美術が受けもつ。ここで展示されるものの中には、奇妙きて れつなものがのがあるかもしれませんけれども、それはそれで、ぼくたちの明 日のことを示しているのかもしれないし、あるいは明日はこうなってほしくな いようにってことをいってるかもしれない。ともかく、ごらんになって下さい。
|
|
|
鈴木さんの演劇の外形は、非常に独特ですけれども、その土台にあるのは、
たいていギリシア悲劇とシェイクスピア、チェーホフ、ベケットというような、
世界の演劇の古典といってよいものです。それを日本のこれまで生き続けてき
た舞台芸術、たとえば、能、狂言とか歌舞伎とかの歩き方とか、声の出し方と
か、そのほかのものを使いながら、現代人にとって、非常に重要で、さし迫っ
た問題につながるところのひとつの総合体として舞台に展開するという、そう
いう仕事をしてます。これは、古いものを使いながら、それを自分の創造物に
転換してゆくという、芸術にとって基本的な働きを示す仕事にほかならない。
いや、これこそ芸術の本体だといってもよろしい。
|
|
|
芸術館は水戸市制百年記念事業の一環として構想されたそうです。百年とい
えば、日本で、いわゆる洋楽を容れてからもほぼ百年あまり。ちょうど水戸が
市になったのと同じ頃、日本でもドレミファでもって音楽をやり、演奏したり、
作曲したりする仕事が始まりました。百年間やってきて、どんな意味があった
だろうか。もしも、かつて日本で鳴ったことのないような音がここで鳴り、日
本人が日本の中にじっととじこもってしまうのでなく、世界に向って手をひろ
げて歩いてきた結果が、百年経ったらこうなったんだ、ということになったら、
どんなにいいでしょう!それは単に日本が小澤征爾という一人の名指揮者を生
み出したとか何とかいう以上の意味をもつのではないか。 また、ぼくは畑中良輔さん、間宮芳生さん、若杉弘さん、池辺晋一郎さんと いった4人のすぐれた音楽家に参加してもらって、委員会をつくり、企画運営 をやるつもりです。
|
|
|
以上はここでは、こういうものを皆さま方に提供するという予告ですが、芸
術の仕事の意味は、実はそれだけじゃ終わらないんです。皆さんがここに来て
下さって、それを見たり聞いたりして、作品と問答をしたり、批判したり、共
感したり、感激したり、そういうことがあってはじめて、芸術というのはひと
つの実りを結ぶことになるのです。
|
|
|
もうひとつ、大事なこと。それはぼくらが提供するものを聞いたり見たりす
るというだけじゃなくて、ご自分もやりたかったら、ここでやっていただく。
この芸術館は水戸の市民のものですから、水戸の市民に当然開放されるべきも
のです。歌を歌いたくなったら、どうぞここに来て歌って下さい。とにかく、
水戸にできたものなのですから、これは水戸の市民の財産です。だから、まず、
自分たちのものであるということを感じていただく、そういうふうに仕事をす
るのはぼくたちの役目です。
|
|
|
芸術館は、どこの誰に対しても、胸襟を開いた存在にならなければいけない
と思います。これが、ぼくの、音楽評論家としての哲学だし、それから、ぼく
がここに芸術館の館長としている限りにおいて、水戸芸術館のテーゼとして、
貫いていきたいと思うのです。水戸のものだけど、視野を水戸だけに閉ざさな
いでゆき、水戸を越えたものになろうと心がけ、前進することを怠らない。そ
うなってはじめて、世界の方でもよろこんで日本を、水戸を受け入れてくれる
ようになるのです。
|
|
|
ひとつ、この水戸芸術館を、水戸のものだが、水戸を超えたもの。世界から
受信し、世界に発信する開かれた芸術活動のひとつの拠点にしようではありま
せんか。これが水戸芸術館の原則です。
|
|