ジェームズ・タレル 展覧会概要 五感の中で最も脳に近い、むしろ、脳自体が直接外界を感知する知覚器官として、 我々は眼を持つ。眼が機能するには、光を必要とする。視線が遮られるといった 直接的な要因で対象を見えなくする以上に、光自体の操作によって、我々は いとも簡単に対象を認識する能力(機能)を奪われてしまう。芝居での暗転など は好例かと思う。このことはまた、光の量によって我々の認識できる世界が 変化することを物語っている。間接照明や薄暗い光の中に身を置いたときに、 安らぎを感ずることがある。身の危険すら感知出来ない暗闇でなければ、恐怖より 安堵感を、そして落ち着いたリラックスした状態を、ある光の状態で得ることが 出来ることを我々は知っている。ものを照らし出す役目を帯びた光ではなく、光自体をそうした機能から解放された 存在としてある状態を創り出す作家が、ジェームズ・タレルであり、彼の作品は 光の存在そのものを意図的に知覚させる装置なのである。タレルは、我々が物を 扱うように光を扱う。というより、光に存在するための形を与えることを作品と してきた作家である。初期の作品の「プロジェクション・ピース」から2001年の 完成を目指す巨大プロジェクト「ローデン・クレーター」まで、一貫して流れる 光自体へのアプローチを作品を通して紹介すると共にタレルの光の世界を体験して いただくのが、本展覧会の目的である。
ジェームズ・タレルの作品スタイルは、概ね以下の4つに大別できる。1つめが アリゾナの死火山「ローデン・クレーター」に代表される自然環境の中での作品。 2つめは、外光を際立たせて知覚できるようにしつらえられた、スカイ・スペース ・シリーズ等の作品。3つめは、人工光や自然光による屋内でのインスタレーション 作品。4つめは「パーセプチュアル・セル」と呼ばれる個々人が一人ずつ体験できる 移動可能な部屋の作品である。
「ローデン・クレーター」はタレルが1979年に着手したライフ・ワークとも いえるプロジェクトである。火口の周囲を均等な高さに整地することで、空が ドーム状に見えることに我々はまず驚かされる。今年から新たな基金を得て、 火口内部に太陽光だけでなく月光を取り込んだ光の部屋を設置する作業が進められ 21世紀の完成を目指している。本展では、ローデン・クレーターの大型模型と 大型のドローイング等でこのプロジェクトの全貌を紹介する。
「プロジェクション・ピース」と呼ばれる人工光によるインスタレーション作品は、 1965年から1966年にかけて制作されたタレルの初期の代表作である。特殊な プロジェクターから投影される光がさまざまな幾何学形態を形成するこの作品は、 1967年に正式に発表された。本展では、 アフラム・プロト(Afrum-Proto) と デッカー(Decker)を展示する。
1969年からのシリーズ「ウエッジ・ワーク」は量感のある光の楔が部屋を満たす 作品である。又、76年に発表された「スペース・ディヴィジョン・コンストラクション」 シリーズは、文字どおり観るものが立つスペースと光のスペースとを区分けする 仕掛けからなる作品である。正面に切り抜かれた開口部(アパーチャー)から わずかに発光する光は一見、モノクローム絵画かと見まがう程である。今回は、 この両方のシリーズから水戸芸術館の空間に合わせた新作を発表する。
90年代に入って制作された「パーセプチュアル・セル」と呼ばれる、移動可能な 個別体験型の作品の中から本展では、92年に制作された「ソフト・セル」と93年に 制作された 「ガスワークス」 を出品する。「ソフト・セル」と呼ばれる作品は、 音と光を完全に遮断した小さな部屋で、中に入ったものは完全な闇を体験する。 また 「ガスワークス」(*) と呼ばれるガスタンク状の作品は、観る者がベッドの上に 横たわり球体の内部に入り込むことで全身、光に包まれるという体験を可能にする 作品である。
ジェームズ・タレルの独創的な芸術活動は欧米で高く評価され、今日まで200に 及ぶ個展、グループ展が開催されているが、日本では今回の水戸芸術館での 展覧会が初めての本格的な回顧展となる。
本展覧会は、模型や版画を含んではいるが、2点の新作のインスタレーション作品も、 そしてもちろん2点の「パーセプチュアル・セル」の作品も体験する作品であり、 観る側に積極的に作品に向かい合う姿勢が求められる。それは難しいことではなく、 純粋に物理的に時間を自分のために提供することである。作品の構造や人間の知覚の 理屈を知ったとしても、感動と驚きを失うことは無い。自らが観るという行為を通して 気付かされるタレルの作品の魅力は存在し続けるのである。
(* 出品作品「ガスワークス」の体験は、18歳未満の方また成人の方でも 健康状の理由によりご遠慮いただく場合がございます。あらかじめご了承下さい。)