現代美術ギャラリー/現代美術センター(水戸芸術館美術部門)
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GALLERY GUIDE

MITO ANNUAL '94
「開放系 Open System」展
1994年 4月 2日(土)〜 5月29日(日)

*このファイルは、開催当時の配布物のテキストを、記録用としてwebファイルに編集したものです。従いまして掲載情報は当時の時点のものでありますことをどうぞご理解ください。


「開放系 Open System」とは、「システム(系)」を「オープン(開放)」するということです。 システムとは、「制度」「体制」「体系」などを指しますが、ここでは「美術」や「美術館」システムをも、作家たちは問題にしているようです。 通常の「美術」という考え方や、「美術館」での展示の通念を、一度取り払ってご覧になってください。 ダイナミックな表現に出会うことができるはずです。



柳 幸典 Yukinori Yanagi

第1室の巨大な絨毯は、柳幸典さんの作品です。重量は350kgもあります。 いったん敷くと一人で動かすことは困難です。 この上を歩くか、脇をよけて通るかは、観客の皆さんの判断におまかせすることにします。 ただし絨毯の上を歩かれる場合には、靴を脱いでいただきたいと思います。 理由はクリーニングがとても大変だからです。

この絨毯は、日本のパスポートをデザインしたものです。 但しこの絨毯では中心にあるはずの花びらが1枚を残して全体に散りばめられています。 花占いのように、それぞれの花びらには「すき」「きらい」という言葉が添えられています。 これらの言葉は日本語を含めて13種類あります。 韓国、ミャンマー、タイ、ラオス、中国、カンボジア、ベトナム、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、ブルネイ、沖縄、アイヌなどの言葉(一部言語共有)で、 いずれもかつての大東亜共栄圏に属する諸国や民族です。

外務省によるとパスポートには国章をあしらう国際慣行があるということですが、 日本には国章がありません。そこで日本の代表的な花とされる菊をあしらったということです。 また、皇室のものとは弁の数が違うということです。

実はこの絨毯の裏側には、日本国憲法第19、20、21条の思想・信教・言論・表現の自由に関する条文が全面に繰り返し印刷されています。 絨毯を巻かないとこの条文は見ることができません。

壁には川村清雄、東城鉦太郎、福沢一郎、宮本三郎の実際の戦争画が特別展示されています。 日本近代美術史における戦争画についての十分な研究は、ほとんどなされておらず「空白」といわれている現状があります。 柳さんはここで芸術家の戦争責任を問題にしてはいません。 彼は「現在を生きてゆく芸術家の個はこの近代美術史における空白を無視し続けてはあり得ない」と言います。 当時大量に生産された戦争画を、現在の私たちは、まして若い世代はほとんど眼にする機会がありません。 実作をつぶさに見ながら、国家と個人について、国家と芸術そして芸術家について考える機会になればよいと柳さんは考えています。

第2室は柳幸典の「アジア-パシフィック・アント・ファーム」です。 プラスティックのケースの中に彩色した砂で作った36ケ国の国旗が描かれています。 これらの国は、やはり大東亜共栄圏とされたアジアの諸国とその宗主国であった西洋諸国です。 これらのケースはチューブでつながれており、その中に蟻が放たれています。 蟻は砂とともに各国旗間を移動し交通します。 柳さんはこれと同じタイプの作品を出品し、昨年(1993年)のヴェニス・ビエンナーレで授賞しています。


この機会にアジア諸国に対する知識と理解を試してみてはいかがでしょうか。 国旗は左上から右へ順にマーシャル諸島、ミクロネシア、バヌアツ、トンガ、 キリバス諸国、フィジー、ナウル共和国、ベラウ共和国、オーストラリア、 西サモア、ツバル、ソロモン諸島、ミャンマー、中華人民共和国、台湾、 ニュージーランド、ドイツ、パプアニューギニア、ソビエト連邦、 朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国、フィリピン、スペイン、ブルネイ、 ベトナム、カンボジア(国民評議会)、日本、アメリカ合衆国、シンガポール、 オランダ、フランス、ラオス、イギリス、タイ、マレーシア、インドネシアです。



田甫 律子 Ritsuko Taho

第3室は全体のタイトルを「世界市民」とした田甫律子さんの作品です。 田甫さんはボストンに在住し、マサチューセッツ工科大学助教授をつとめる作家で、 日本での展覧会は10年ぶりです。 彼女はその10年ぶりの展覧会のテーマを日本の「家」制度としました。 田甫さんはこのテーマを学際的な調査を背景にしたきわめて詩的な空間として表現しました。

第3室の手前には「ひつじの着物」が展示されています。 これは彼女の郷里の徳島の古道具屋にあったもので、実際に農家で防寒の野良着として使用されていたものなのでしょう。 ここでは従順で最も飼い慣らされた家畜である羊が私たちと重ねられているのです。 日本人の深層心理の中に受け継がれている家族制度の特徴とは「日本社会の家族構成」(川島武宣)によれば (1) 権威による支配と権威への無条件追随、 (2) 個人的行動の欠如と個人的責任感の欠如、 (3) 自主的な批判、反省の否定、 (4) 親分子分的結合の家族的雰囲気とその外部に対する敵対意識、 と分析されています。 これはいわば「ひつじ」のように生きることではないかと田甫さんは指摘します。

第3室への導入部の壁と第3室の壁の「言説の宇宙」のシリーズは、 さまざまな羊の生態とその生産と消費を表す写真と宇宙空間の写真、それにガラスにサンドブラーストされた文字で構成される作品群があります。 一つ一つゆっくりと鑑賞して下さい。 さてあなたは「ひつじ」のように生きているでしょうか。 それとも全く違うでしょうか。

第4室の正面の壁にも同じタイプの作品がありますが、そのガラス容器の中には本物の羊の脳が入っています。 田甫さんは羊の脳も地球が誕生して以来の生命の記憶を刻んだ歴史性をもち、同時に宇宙的な大きな広がりをもつものだといっています。 田甫さんによれば、彼女はそこに新しい輝き、光、火の誕生を期待するのです。

第3室と第4室の床には「火の誕生 I」「火の誕生 II」が置かれています。 第3室のものにはおよそ100キロの胡椒と唐辛子、第4室にはタイマーで制御されたヒーターがあります。 また第4室には「世界の市民」と題された木版刷り(ポジ)と版木(ネガ)があって、彼女のメッセージが英文と和文で刻まれています。 第4室にはその他に「なめる塩」と題した塩のブロックと「純益」と題した羊毛が展示されています。 塩のブロックは実際に羊が塩分の補給のためになめるためのもので、表面に薄く見える見える文字も羊がなめたために見えにくくなっているというわけです。 「火の誕生 I」「火の誕生 II」は南アメリカの神話から取材してつくられた作品です。 その神話はガストン・バシュラールの「火の精神分析」の中にあったもので、次のような神話です。
「ある英雄が火を手に入れるために一人の女に懇願する。遁辞を弄した挙げ句彼女は同意して地面に身を横たえ、両足を大きく広げ、腹の上部をひきつかんでゆすぶった。 すると火の玉が生まれつきついている水路から大地にころがりでた。 それはわれわれが今日知っている火ではなかった。 それは燃えていなかったし、ものを煮なかった。 これらの特性は女がそれを手放したときに失われてしまった。 それでも英雄はそれを元に戻すことができるといって燃やすことのできるあらゆる樹皮、あらゆる赤い胡椒の実を集めた。 そしてそれらと女の火で今日使っている火を創ったのだ。」

田甫さんは、現代では英雄でなくとも、また男でも女でも、誰もが火を探し、火を産み、その力を蘇らせることができると言っています。 たくさんの赤い胡椒の実を助け合って集めること、それは人々がお互いの差違を認めあい、開かれた関係を築いていくことだと提起しているのです。



蔡 國強 Cai Guo Qiang ツァイ グオ チャン

第5室とワークショップは茨城県取手市に在住し、国際的に活動する中国人作家蔡國強さんの作品が設置されています。 この展覧会のために、蔡國強さんは、水戸の都市と土地を、古来からの思想である「風水」によって調査し、その調査に基づき、プロジェクトを発表しました。 風水とは、土地・環境の気の流れを調べ調整することで、そこにすむ人々に繁栄をもたらそうというものです。 その調査には中国天津大学の教授で、中国風水研究の第一人者でもある王其亨(Wang Qi-Heng ワン キ ヘン)氏が協力しました。

この第5室の作品は「長生」と題されています。 これは水戸のための風水プロジェクトのドローイングとして考えられたもので、また風水の模型として観られるものです。

正面の壁には、水戸の航空写真があります。 その航空写真には水戸の風水調査に基づいて、水戸の大地の大きな気の流れである「龍脈」が蔡國強さんの手になる水墨画で描き込まれているように見えます。 実はこれは写真と目に見えない気の流れを描いた水墨画を合成した巨大なコンピュータ・グラフィックなのです。 その両側には、やはり蔡國強さん自身の筆で水戸の風水をさらによくするための提案が描かれています。

壁右隅に置かれている石は、芸術館敷地内の会議場前に野外展示された獅子石像のマケット(模型)です。 野外展示された獅子石像は、中国福建省からはるばる海を越えて運ばれてきたもので重量は16tあります。 お気づきになられなかった人は帰りに是非ご覧下さい。 この石像は、将来は水戸の龍脈を切断した水郡線の渓谷の北側に設置され、傷ついた水戸の龍脈を癒すことになるよう蔡國強さんは希望し、提案しています。

*この獅子石像が設置されるまでのプロジェクトの経過は、水戸芸術館内 ミュージアムショップ“コントルポアン”で取り扱い中の冊子「FORUM 風水」でご覧いただけます。
「FORUM 風水」風水の現在と蔡國強の水戸プロジェクトをめぐって 500円(消費税込)
**通販をご希望の方は、500円と送料180円の合計680円を、310-0063 水戸市五軒町 1-6-8 水戸芸術館コントルポアンまで現金書留でお申し込みください。「FORUM 風水」希望のメモもお忘れなくお願いいたします。


ところで風水は「死」を人間の生命の全ての終わりとは考えません。 風水では現実のわれわれの都市や住居、建築を「陽宅」と呼び、墓を「陰宅」といいます。 「陽」も「陰」もひとつづきの人間の旅なのでしょう。 そこではいずれも自然のエネルギーを損なうことのない快適な人間の営みが保たれなければならないのです。 ここに展示された亀甲墓は蔡國強の墓として中国から運ばれてきました。総重量10tもあるので、全てを展示室に持ち込むことはできませんでした。 外周の部分は「太極圏」と題して、芸術館の正面のけやきの木のところに分割して野外展示されています。 日本の墓は、この展覧会の企画者である渡部誠一の墓です。 壁にあるのはカトリック教会の納骨堂用の銘板で、企画協力者の倉林靖さんの墓です。

展示室にある墓はさまざまなことを考えさせます。 文化あるいは芸術の墓、美術館を含む芸術制度の墓、あるいは生と死について。

松は古来から長生の象徴です。 天井にかけられた松は、天翔ける龍のイメージを表し、「陽宅」と「陰宅」をつなぐ自然を表しています。
なお、この松はしっかりと根まきをほどこし、会期中養生をするので枯れることはありません。

ワークショップには250羽の台湾産の紅雀がインスタレーションされました。 しかし現在ではその数はだいぶ減っているようです。 今でも仏教では「放生」といって、魚や鳥を池や空に帰すことによって自らをも解放する善の行為を定めています。 1羽の「放生」のために500円支払うことを解放の代価と考えてほしいと蔡國強は考えています。 「放生」された鳥のためにその数が減少しているのです。しかし解放は新たな試練を伴うものです。 それもまた蔡國強さんのメッセージなのです。

なお鳥の選択については、自己採餌できない国内種ではなく、海外産の野生種が選択されました。 水戸のような風土ではこの「放生」された紅雀たちは十分に生活できるはずだという専門家の助言をいただいています。



刈谷 博 Hiroshi Kariya

ワークショップから少し戻っていただいて、第6室の「包帯の門」をくぐって下さい。 刈谷博さんの作品が展開しています。 刈谷さんも1977年からニューヨークに在住し、制作活動を行ってきました。 今回の「インスタレーション1993」は、1993年の世界記述だということです。 制作にあたっては、その素材を新聞や雑誌などの日常の報道ニュースから取材しています。 この形式を刈谷さんは「報道絵画」「報道彫刻」と呼んでいます。 作品の主題は、人間が生きている、その痕跡を記録することだということです。

刈谷博さんは、自分の作品は「スートラ」(経)だと言います。 実は彼はあたかも写経をするように、1997年以来、毎日さまざまな素材に「is the now」という文字を繰り返し書き付けてきました。 その素材とは、ハドソン川の流木、工事現場の廃材、石、一日一握りの豆などです。

「世界の壁(引き裂かれたボスニア)」には、無数の黒板がかけられています。 この黒板の素材はメゾナイト・ボードで、工事現場の養生材などに用いられるものです。 チョークで繰り返しかかれている文字は「is the now」で、これも刈谷さんが黒板経と呼んでいる作品です。 貼り付けられた活字は新聞記事のタイトルで、この裏側には記事そのものが貼り付けられています。 サイズがまちまちなのは新聞記事の大きさに合わせて、ボードがカットされているからです。 これらの記事は壁の左から右に、1993年1月から年末へとかけられています。 ところどころ黒板がはずされて、布がさがっています。 これらはボスニアの記事で、さらに奥の茶色に塗られた「ボスニアの壁」に移動してかけられています。 なお黒板を壁に掛けるという行為は絵馬祈願という意が込められているということです。

床に横たえられている「百体のからだをつつむもの」は、タイトル通り百体あって、屍を暗示しています。 それぞれの屍には死亡記事を貼り付けた黒板が添えられ、鎮魂の経が書き付けられています。

「担架」は看護婦が血痕のついた担架を運んでいるサラエボの写真が添えられ、「女の子とはげたか」という作品では、餓死寸前の少女が息絶えるのを待つはげたかの写真や飢餓に関する記事などの黒板が添えられています。

「赤十字の壁」や「国連の壁」は、この前の長沢英俊展の撤収で出た廃材でつくられました。 前者の壁の穴を覗くと「STOP THE BLOODY MURDER」(血生臭い人殺しはやめろ)の文字が見え、後者の壁の穴は、太平洋のシルエットをぶち抜いたようにつくられています。 「砂袋の壁」には、ミシシッピー川の氾濫を呆然と見つめる市民、インドの洪水などの黒板写真があります。

「トルコ人の壁」は5人のトルコ人が焼き殺されたという記事に取材したものです。 壁に書かれた Hass という文字はドイツ語で「憎悪、嫌悪」の意です。

「抗議の壁」には、ワシントンの人工中絶反対マーチ、エイズ研究に資金を、政府の経済政策に抗議するブカレストの人々、佐川急便解明を呼びかける市民、平和を願うカンボジアの仏教徒、ボスニアを救えと訴える米国市民、未来への不安...などの報道写真がかけられています。

第7室の「迷路のある教室」に入ると、手前には望遠鏡のついた測量機があり、勉強机と椅子が行く手を塞ぐように並べられています。 その配列は迷路のようです。 全黒板作品の写真ファイル、タイム、ライフ、ナショナルジオグラフィックなどの雑誌、ニューヨークタイムズ、朝日新聞などの新聞、社会、科学、世界地図、宗教書などがあります。 なおこの机と椅子は、廃校になった水戸の小学校のもので、市が保管していたものを借用しました。

最後に測量機の望遠鏡を覗いてみて下さい。何か文字が読めるはずです。



(文責:渡部誠一)



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