音楽部門 中村 晃


Akira Nakamura, Artistic Director, Concert Hall ATM
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こちらは、音楽部門芸術監督・中村晃のページです。


2009-03-12 彫刻家・石川理さんとログドラムをつくる

当館では、これまでに様々な音楽のワークショップを実施してきました。2006年3月には打楽器奏者の加藤訓子さんをお招きして、ログドラム(丸太をくりぬいた打楽器)を使ってリズム打ちなどをして皆で楽しみました。このとき、沢山のログドラムをご提供くださったのが、彫刻家の石川理さんです。石川さんが作ったログドラムは、桜、欅、杉など本当に様々な種類の木から作られていて、それぞれが個性的な響をもつものでした。そして、これらの石川さんの作品とともに、どこまでも自然体で飄々とされている石川さんのお人柄が、本当に魅力的で、私は尊敬の念を抱いております。アジアなどの放浪を経て、「合掌」の想いを抱きながら生きる石川さんの視線は、優しさに溢れています。

そんな石川さんから最近お手紙をいただきました。石川さんは現在、愛知県の渥美半島にお住いなのですが、そのアトリエにて大人の方を対象に(お子さん同伴可)ログドラム造りの実習をされているそうです。期間は年間を通していつでも可能で、日程は2日間、お弁当持参で、1回あたり特殊工具に限りがあるため4名様まで、費用は自由・物納可とのことです。

ご興味がお有りの方は、当方にご連絡ください。石川さんにおつなぎします。

石川 理(いしかわおさむ)プロフィール

1982年愛知県立芸術大学大学院彫刻科修了。82-86年、西ドイツの国立ブラウンシュヴァイク造形大学、国立シュトゥットガルト造形大学に留学。86-89年、アジア全域を放浪。91-92年にチェコスロヴァキア、ドイツの石切り場にて作品を制作。中東を旅する。86年にはシュトゥットガルトで、94年にはリスボンで個展をひらく。現在はふるさとの渥美半島で暮らしながら制作活動中。

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2009-01-17 一柳 慧氏CD『エレクトロニック・フィールド』

[日本の芸術1960s]  

昨日は、小杉さんのCDを紹介させていただいたが、同じ97年の『日本の芸術1960s』企画では一柳 慧さんにも美術ギャラリーでパフォーマンスをしていただいた。画家の元永定正さんとのコラボレーションで、元永さんは、色彩豊かな様々な図像を壁面に投影した。そして、一柳さんはリング変調を施したプリペアド・ピアノによる即興演奏を行った。時折放たれた爆音で、準備したスピーカーがブッとんでしまったのも、今では楽しい思い出だ。

そして、この時のパフォーマンスも、『日本の電子音楽vol.8 エレクトロニック・フィールド』というタイトルでOMEGA POINTからCDとなってリリースされている(OPA-0008)。ご興味のある方は、是非、お聴きになってみてください。

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2009-01-16 小杉武久氏のCD『Catch-Wave '97』リリース

[日本の芸術1960s]  

1997年9月に、当館で開催した『日本の芸術1960s』企画の中で開催した小杉武久さんのパフォーマンスを収録したCD『Catch-Wave '97』(FJSP-53)が、Super Fuji Discsからリリースされた。

第二次大戦後、新しい時代を切り拓こうと格闘してきた実験音楽や前衛音楽の作曲家たちの多くが、年齢を重ねて、大御所となり、いわゆる「体制」の側に、いつのまにか転じてしまっている状況の中で、小杉さんは、変わることなく、変革と探究の瑞々しい気概を持ち続けて、今日も活動を続けられている。富や名声や既存の価値などに屈することのない、その一貫した姿勢が、本当に格好いいし、胸を打つ。

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2008-08-18 「P-ブロッ」メンバーへのインタビュー

作曲家の野村誠さんの呼びかけで結成された、世界初のプロフェッショナルの鍵盤ハーモニカ楽団が、P-ブロッです。水戸芸術館では9月21日(日)にP-ブロッの演奏会を開催します。

鍵盤ハーモニカ(略して「鍵ハモ」)は、水戸でも小学校の音楽の授業に取り入れられているポピュラーな楽器です。P-ブロッの演奏会では、ソプラノ、アルト、バスの3種類の鍵ハモが使用されます。オリジナル曲に加え、アニメ・ソングや童謡からクラシック、現代音楽まで幅広いレパートリーをもち、鍵ハモの魅力を存分に伝えてくれる彼らのステージを、お楽しみいただきたいと思います。当日は、客席の皆さんにも演奏に参加していただくコーナーもご用意していますので、ぜひ鍵ハモをご持参ください!

さらに、演奏会では、8〜9月にかけて実施される野村誠さんのファミリー・ワークショップ『いいカモ、鍵ハモ!』で参加者皆で作ったオリジナル曲の発表も行われます。

以下、P-ブロッのメンバーの野村誠さん、林 加奈さん、吉森 信さん、鈴木 潤さんへのインタビューを掲載します。どうぞご覧ください。

——鍵盤ハーモニカの魅力を教えてください。

野村:音がいいですね。

吉森:どこにでも持ち運べるところがいい。バンドで演奏する鍵盤楽器といえば、ピアノとかキーボードといった大きな楽器ばかりなのですが、鍵ハモ(鍵盤ハーモニカ)は鍵盤楽器としては、一番小さな楽器なので、どこにでも持っていけるのです。

鈴木:小学校の時に、ギターを持ってきてバスの中などで弾いている先生がいて、かっこいいなと思ったことがありました。高校生くらいになると、それを持ち歩いて女の子に聴かせたりするんですね。ところが、ピアノをやっていると楽器は家にあるので、ギターみたいな訳にはいかない。だから鍵ハモを最初に見たときに「これだ!」と思いました。しかも、電気もいらない楽器ですよね。

林:吹奏楽器で2つ以上の音が出せる数少ない楽器の一つですね。あと、見た目が可愛い。値段が安い(笑)。

野村:ピアノとの比較で言えば、ピアノで事足りない部分が、鍵ハモでとても満たされるのです。ピアノは音が持続しないで、減衰していきますよね。でも、鍵ハモの場合は、音を持続させた上に、息遣い次第で、クレッシェンドさえもさせることができます。

吉森:クレッシェンドできるのは、最初とても感動したね。

野村:ピアノのように和音も弾ける一方で、吹奏楽器として、単音でクラリネットやサクソフォンのように演奏することができます。しかも、クラリネットやサックスではできないことさえも、指を使ってできます。

鈴木:吹奏楽器としての特色とともに、打楽器的な要素もありますね。息を入れながら鍵盤を叩くことによって音が出る楽器ですからね。

林:私以外のメンバーはピアノ弾きなのですが、私にとってはピアノというのは存在が大きすぎて、構えてしまいます。それに対して鍵ハモだったら気楽に始められるかもという思いがありました。また、私は歌もやるのですが、歌と同じように息遣いがそのまま表現に直結しているところが魅力ですね。

鈴木:バスの鍵ハモについて言えば、ベースを担当する楽器で、電気を使わないで、これほど歯切れのよいベースラインを出せる楽器というのは、本当に少ないと思います。ウッド・ベースや中南米の楽器でルンバボックスという箱型の親指ピアノというのがあるのですが、あまり一般的ではないですし……。

林:みんな大きな楽器ですよね。

鈴木:そう、大きいね。バス鍵ハモはあの小ささでかなり低い音まで出せるし、すごいと思います。

——鍵盤ハーモニカのアンサンブルというのは、どのような面白さがありますか?

野村:音の溶け合い具合が独特だと思います。アンサンブルになった時にできる響きが、僕は好きです。実は、鍵ハモはピッチがかなり微妙な楽器です。吹き込む息の強さによってリードのピッチがかなり変動します。アコーディオンなどと比べたら、リードが少しの空気の量で震えるように設計されています。しかも、僅かな気温の差や色々な影響を受ける楽器なので、アンサンブルで和音が重なった時に、例えば少しうなったりする響きになったりするとか、その場、その時でないと、どのような響きになるのが分からないところがあります。逆に言うと、息の強さなどを調節しながら、現場で響きを創っていくことになります。

鈴木:打楽器としての要素もありますから、リズム感を出しやすいという面もあります。音色の幅も広く、打楽器としての打鍵音などから弦楽器のような音色まで、実に多彩です。

林:かつて3人で演奏していた時はそれぞれの役割がはっきりしていたのですが、5人で合奏する場合は、役割を固定しないで済むので、時にメロディを弾き、時に内声部やベースをやるというように、色々なパートを自由に往き来するという楽しさがあります。

吉森:特にこの2人(野村さんとご自身を指差して)だと思う。人がいないところへ、いないところへとよく動いていきますね(笑)。

野村:(鈴木)潤さんは、ベースのスペシャリストなんですけど、でも他の人がベースをやったりもします。弦楽四重奏で、チェロの人が曲によってヴァイオリンに持ち替えるということはないですよね(笑)。楽器の組合せも弦楽四重奏のように固定したものはなくて、平石博一さんの曲のように、全員がバスから始まって全員アルトで終わるというような曲もあれば、バスが2台入っていたり、逆にバスが1台もなかったりする曲もあります。ソプラノ、アルト、バスの3種類の鍵ハモの色々な組み合わせが考えられるという面白さがあります。

——P-ブロッという楽団について、お尋ねします。国際的な音楽祭がきっかけとなっているという、結成の経緯については、読者の方々には、野村さんが書いた、ちらしの文章をご覧いただければと思います。ここでは、メンバーの皆さんに、P-ブロッの活動を通してどのようなことを目指しているのかということについて、お教えいただけたらと思います。

吉森:最近は本当によく分からないです。

鈴木:昔は分かっていたの?

吉森:昔はまだ分かっていたのだけれど、最近は分からない(笑)。あえてそのような先のヴィジョンを持たないでいるところが、良いのではないかと思っています。

林:現在、実感として、つくづく思っていることは、「自分がここで何をしているのだろう?」ということです。原点に戻るような感じで、ちょうど今、そう自分に問いかけ直しているところです。自分の個人としての活動を見直している時期に来ていることもあり、私がP-ブロッで何をしたいのかということを、あらためて考えたいと思っているところです。P-ブロッは、グループ全体としてこう在りたいというものを持つのではなく、メンバーそれぞれがの固有の想いの集合体として成り立っているのだと思います。

野村:目指していることは、漠然としているかもしれませんが、自由になっていくことだと思っています。たぶん、最初は型がまったく無くって、鍵ハモでアンサンブルするということ自体がどうやったらよいか分かりませんでした。だから、P-ブロッのイメージも各自ばらばらだけど、色々なことを試していく中で、バンドとしてのキャラクターとか音楽性が少しずつできてきて、スタート地点に立ったというような気がしています。でも、そこから始まって、いつでも皆満足するということはなくて、もっと面白くやりたいとか、もっと何かできるのではないかと思いながら、今日まで活動を続けています。具体的な何かを目指していると言うのではなく、もちろん必要とされることとして技術的に上手になるとか洗練されるとかということはあるのかもしれません。しかし、それ以上に思うのは、自分達が作った音楽に縛られたり、その他の色々なことに縛られたりしながら、それでもそれを越えていくような音楽を生み出していきたいということです。

鈴木:メンバー一人一人の個性が発揮される場であればと思います。そして、一番思うのは、P-ブロッを結成する前の時期に、野村がよく路上で(鍵盤ハーモニカを)吹いていたんですよ。<サザエさん>とか同じ曲をひたすら2時間演奏し続けたり…..(笑)。それで、一緒に遊んで吹いていたりして、サラリーマンが寄ってきて愚痴を言ったり、お金を入れてくれたりとか。雀荘のおばちゃんが包みにお金をくるんで道路の斜め向こうから投げてくれたり、楽しいことがいっぱいありました。そして今でも、あの時抱いていた気持ちと変わりはなく、P-ブロッを知らない人が、聴くために立ち止まってくれたり、お金を投げ込んでくれたりするような、そういうグループになりたいと、ずっと思っています。

——9月21日の演奏会で演奏される曲目について、お教えください。

野村:今年1年間水戸芸術館では、ベートーヴェンに焦点を当てた演奏会をされているということなので、しばさんが編曲した<ピアノ・ソナタ『熱情』>(編曲:しばてつ)を入れました。ベートーヴェンの<熱情>に間違いはないのですけれど、足踏みしたりします。<熱情>のメロディではあるのですが、とても<熱情>とは思えない脳天気な……。

林:脳天気だけど哲学的だと思います。

野村:脳天気というかユーモアのあるベートーヴェンと言ったら良いのかもしれません。<ニュー・シネマ・パラダイス>(編曲:野村誠)はどういう曲だと思う?

鈴木:原曲は本当にいい曲です。そして、結構、素直なアレンジになっていますね。鍵盤ハーモニカのアコーディオン的な響きを楽しんでいただける作品だと思います。

野村:ケージの<クアドリベ>(しばてつ編曲)は、もともとは弦楽四重奏の曲で、たぶん各弦楽器がノン・ヴィブラートで演奏することになっていて、素朴な響きを持っています。そういう観点からすると、この曲はひょっとしたら鍵ハモでの演奏の方がふさわしいのではないかと思っています。<神戸のホケット>(野村誠作曲)は、P-ブロッを結成した時から演奏している曲です。原曲(註*)は、イギリスで初演していて、たまたまコンサートを手伝ってくれる人の中にフルートを吹く人が3人いたので、3本のフルートから始まる曲として書きました。その後、日本に戻ってきてから鍵ハモ用の曲にしましたが、今はどう考えても鍵ハモのための作品であるなと思っています。

註*:阪神・淡路大震災の発生時にイギリス・ヨークに滞在していた野村さんは、神戸で被災した人達のためのコンサートを思い立ち、ヨーク大学の音楽学部の学生や現地の中学生達と演奏をして、その様子は電話を通じてFM神戸で生放送され、さらにイギリスBBCラジオでも紹介され大きな反響を呼びました。その時に作曲されたのが、<神戸のホケット>の原曲です。

林:<サザエさん>メドレーは、先ほどの話にもあった、P-ブロッを結成する前に、路上でやっていた時の代表的な曲で、P-ブロッの原点のひとつにある作品だと思います。路上で知らない人が立ち止まってくれるような、あの頃の演奏の雰囲気が出せるといいなと思っています。

野村:また新しく編曲し直したいね。それと、客席の皆さんにも鍵盤ハーモニカを持ってきてもらって、一緒に演奏してもらうステージも考えていますので、楽しみにしていてください。

——最後に水戸のお客さんに向けてメッセージをお願いします。

鈴木:気楽にくつろいだ感じで、聴きに来ていただければと思います。

吉森:水戸に演奏しに行くのは初めてです。皆さんとお会いできるのを楽しみにしております。

林:私たちにとっても、来てくださるお客さんにとっても、一期の思い出となるような、そんなコンサートにすることができればと思っています。水戸でおいしい納豆が食べられるのも楽しみです!

野村:今回は盛りだくさんのコンサートですね。客席の皆さんにも鍵ハモを持ってきていただくし、ワークショップで作った曲も発表するし、プログラムもベートーヴェンもあって、サザエさんもあって、P-ブロッのオリジナルもあってというように、色々な曲を入れています。その盛りだくさんの中から、それぞれの人にとって、それぞれの楽しみ方のあるコンサートになったらいいなと思っています。

——どうもありがとうございました。


2008-01-24 水戸室内管弦楽団 第71回定期演奏会 NHK TV放映

11月24日(土)に水戸芸術館コンサートホールATMで行われた水戸室内管弦楽団第71回定期演奏会の模様がテレビ放映されます。

放映日時

2008年2月3日(日)午前9:00〜11:00

チャンネル

NHK BS-hi (NHK BSハイビジョン)

番組名

ハイビジョン クラシック館「水戸室内管弦楽団第71回定期演奏会」

指揮

ジャン・フランソワ・パイヤール

曲目

ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

シュミット:交響曲<ジャニアナ> 作品101

ダンディ:古い様式による組曲 ニ長調 作品24

ビゼー:劇音楽<アルルの女>から (オリジナル版)

ルーセル:舞踊組曲<くもの宴会> 作品17


2007-09-09 ブーレーズの肖像 笠羽映子氏のルツェルン・ニュース

[ブーレーズの肖像]

笠羽映子さんが、ルツェルンからご自身の研究のためにパリに戻られてから書いてくださった、ルツェルン・ニュースの最終版です。水戸公演に出演する歌手のヒラリー・サマーズさんが紹介されています。

ルツェルン・ニュース ——余韻——

今ヨーロッパは9月8日午後9時。7日の朝、アカデミー参加者の大半は帰路に着いたはずだが、水戸芸術館公演に出演する演奏家たちとジャン・ドロワイエ、そしてルツェルン・フェスティヴァル・パーカッション・グループの12名の打楽器奏者たちと指導者兼指揮者ミシェル・セルッティ(アンサンブル・アンテルコンタンポランのベテラン打楽器奏者)、そしてピエール・ブーレーズはドイツ・ルール地方の中心都市エッセンへ向かい、まさに今頃水戸のそれと同じプログラムの演奏会が開かれているはずだ——ブーレーズはエッセンでも『シュル・アンシーズ』を指揮。9日日曜日の晩は、パーカッション・グループがやはりルツェルンと同じプログラムによる演奏会に臨む。なお9日には別の会場で、ルツェルン音楽大学のアンサンブルによるペーター・エトヴェシュの室内楽作品の演奏会も開かれるようで、ルツェルン・フェスティヴァル・アカデミーの外縁的(?)プログラムの一環として、音楽大学の学生たちもエトヴェシュの指導を受けたり、様々な催しに参加したり、多彩な現代音楽を聴いたりしていたのだろう。そのように地元の音楽家たち、そして地元の聴衆たち、さらには子供たちに対しても、実にルツェルン・フェスティヴァル当局は細やかな配慮を色々な形で示している——。

エッセンでの様子もできれば現地に出向いた人物に聞いてみたく思っているが、このニュース——余韻——では、6日の演奏会終了後にお見かけし、声をかけてみたヒラリー・サマーズさんについて少し述べておくことにしよう。イギリス出身で、ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージック、国立オペラ・スタジオで学んだサマーズさんは、バロック音楽の領域で、アカデミー・オブ・エインシャント・ミュージック、キングス・コンソート、レザール・フロリサンといった団体と、したがってJ・E・ガーディナーやウィリアム・クリスティといった指揮者と一緒に仕事をする一方、現代音楽の領域では、エリオット・カーター(1908年生まれのアメリカの作曲家で、来年のアカデミーでは、メシアンとともに生誕百周年が祝われる予定の、しかも未だ現役で活躍している驚くべき人物)のオペラ『What next(次は何)』の初演(1999年、ダニエル・バレンボイム指揮、ベルリン州立歌劇場の演奏)でステラ役を歌い、またペーター・エトヴェシュのオペラ『ル・バルコン』のエクサン=プロヴァンスにおける世界初演にも出演、2002年以来、ブーレーズの『ル・マルトー・サン・メートル』の演奏にアンサンブル・アンテルコンタンポランのメンバーたちと度々参加しているアルト歌手である。サマーズさんは、長身の堂々とした体格で、輝かしい経歴の持ち主ながら、大変気さくで心底明るい、親しみ易い人物。リハーサルにもジーンズ、スニーカーといういでたちで現われていた。サマーズさんのフランス語は聴き取りにくいと批判する人もいなくはないけれど、音を的確に拾い、シュプレッヒシュティンメ的な部分やハミング部分を着実に声で、しかも必要以上に硬直せずに表現していく歌唱は定評がある。「『ル・マルトー』は構成がきっちりしているから、一端全体を深く掴めば、取り組みにくい作品ではないと思う」、と明るく笑いながら言い、マイケル・ナイマンとも良く仕事をするサマーズさんは、「日本では、マイケル・ナイマンは人気があるんでしょう?」とまたにっこり。高水準の歌唱法を備えたこのような人物が、現代音楽を明るく照らしてくれるのは、現代音楽にとってとても幸せなことではないだろうかと思った。

水戸には出演しないけれど、バルトークの『中国の役人』でチューバを担当、大きな楽器を抱え、これまた大きな弱音器を出したり入れたりしつつ熱演していた馬場晴美さんにも、「真後ろが大太鼓で、演奏だけでも大変なのに、大太鼓の振動はきつかったのでは?」とたずねたら、「慣れれば大丈夫」と元気いっぱい笑っていた。優れた指導者や助言者のもと、初々しく若い演奏家たちが、偏見を持たず、貪欲に、現代音楽に取り組むことによって、現代音楽の演奏にも思いがけない突破口がひらけていく… 

エッセンでの演奏会も終わったことだろう。昨年、ヴィデオ・メッセージをお願いした頃、風邪で咽喉を痛め、咽喉アメで咳を抑えつつ話して下さったブーレーズ氏は、今年は風邪をひかれることもなかったが、さぞお疲れのことだろうと思う。来日されないのは日本の聴衆の方々には残念至極だろうが、今後のためにも、しばし休養を取っていただき、ドロワイエ氏の率いるメンバーたちの日本公演を成功させて喜んでいただこうではないか。

                        パリにて、9月8日、

                            笠羽映子


2007-09-07 「ブーレーズの肖像」 笠羽映子氏のルツェルン・ニュース

[ブーレズの肖像]

今回の笠羽映子さんのルツェルン・ニュースでは、フェスティヴァルに参加する日本人音楽家たちのことにも触れられています。現代音楽の領域でも、こうした優秀な日本人の音楽家たちが、今後沢山出てきて、わが国の新しい音楽の創作や演奏が、一層盛んになればと願っています。

作曲家の藤倉大さんは、私も昨年のルツエェルン・フェスティヴァルでお会いしてきました。いつか水戸でもその作品を紹介する機会を持てたらと思っています。

ルツェルン・ニュース(6)

ルツェルン・フェスティヴァル・アカミデーは今年で4年目を迎えるが、合唱を組み入れたために楽器奏者の受講生の数を絞った昨年とは異なり、今年は最初の2年同様、大編成のオーケストラを組める人数の若者が参加している。3大陸の31におよぶ国から144名の参加者。前述したように今年の日本人参加者は3名。クラリネットの田渕恵美(たぶちめぐみ)さん、ホルンの泉毅(いずみたけし)さん、チューバの馬場晴美(ばばはるみ)さんだ。既にアカデミー生活を経験ずみの(つまりリピーターの)田渕さんは、ジュネーヴで勉強した方で、これからスイスのベルンでさらに研鑽を積む予定だとのこと。初参加の泉さんはウィーン、馬場さんはリヨンに留学中で、だから3人とも海外経験に富み、ルツェルンでの生活にとまどうこともない様子だ。小編成だった昨年の2名は別として、初年度の3名のヴァイオリン奏者は日本から選抜されて出かけてきていたし、2年目の1昨年度は11名の日本人参加者がいたことを考えると、日本在住の優れた、そして現代音楽に大きな関心を寄せる新進楽器奏者にぜひアカデミーの選抜にトライしていただきたいとも思う。以下にホーム・ページなどのデータを記しておく。

www.lucernefestival.ch/academy | academy@lucernefestival.ch (ルツェルンの地名は、ドイツ語Luzernとフランス語Lucerneの2表記がある。念のため。)

9月5日(水)も午前9時半から、大ホール(コンツェルトザール)で、6日の大オーケストラ演奏会のためのリハーサルがブーレーズの指揮で始まった。リゲティの『ロンターノ』、クルターグの『シュテレ』は、ほとんど何のダメ押しも出ないくらい、仕上がっている。11時からエトヴェシュの新作『セヴン』のリハーサルが独奏者の諏訪内晶子さんも加わって行われた。こちらは、昨日のルツェルナー・ザールから本番で使用される大ホールに移って、楽器の配置が最終的にこうなるのだ…と、昨日のニュースを若干訂正しなければならないとあせってしまった。諏訪内さん以外の6人のソロ・ヴァイオリン奏者は、大ホールの2階席(イタリア式のホールで、平土間席を3方から囲むかたちになっている)の左右に前後2人ずつ、3階席の前方に2人、舞台のオーケストラ、指揮者、独奏者を見下ろすかたちで演奏する。オーケストラの方も、昨日3グループと書いて、実際間違いでもないのだが、3グループがはっきり分かれて座るのではなく、舞台では一見普通のオーケストラ風に並んでいる。しかしよく観察すれば、大きく3つに、楽器奏者のほとんどがソロ奏者的に演奏していく(ブーレーズの『フィギュール・ドウゥブル・プリスム』の独自の配置とはまた異なる、この作品独自の配置と言えるだろうか)。そうした配置で聴くと、昨日とは相当異なる音響の世界(上方の6ヵ所からソロ・ヴァイオリンの響きが聴こえてくるし、会場の音響効果も違うので)が創り出されていくのが実感できた。ソロ・ヴァイオリンへの合図、様々な楽器との呼応など、微調整がなされつつ、それでも大体完成に近い。予定の13時よりも早く、リハーサルは終了した。15時からは、一般に公開されるリハーサル(『シュテレ』と『中国の不思議な役人』)もあったが、筆者は夜の演奏会に備えてパスしてしまった。

夜は、アカデミーの打楽器指導者として活躍している、アンサンブル・アンテルコンタンポランのミシェル・セルッティにより2005年にアカデミーの活動の一環として創設されたルツェルン・フェスティヴァル・パーカッション・グループによる演奏会がルツェルナー・ザールであった。演奏曲目は、グループを構成する12名の打楽器奏者(受講生)による演奏を想定して、ルツェルン・フェスティヴァル・アカデミーが委嘱した作品ばかりであり、最初に演奏されたフランスのフィリップ・シェレル(1957年生まれ)の『アルカオス・インフィニータⅠ&Ⅱ』と最後に演奏された日本の藤倉大(1977年生まれ)の『ファントム・パルス』が昨年度の委嘱作(したがって今回再演)、2番目に演奏されたスイスのフリッツ・ハウザー(1953年生まれ)の『ブリッコ・ル』、と休憩を挟んで3番目に演奏されたオーストラリアのリザ・リム(1966年生まれ)の『堕天使たちの町』が今年の委嘱作だった。12人の打楽器奏者、様々な打楽器類を活用しつつ、打楽器の特性や可能性を考えて作品を構成するのは、「何でもあり」の現代だから簡単なようでいて、容易ではないのだということを、久し振りに打楽器ばかりの作品を連続して聴きながら痛感した。筆者には、藤倉大の『ファントム・パルス』だけが、単なる音響の多様性、響きの神秘性にのめり込まずに、また12人の打楽器奏者というひとつの制約を逆に見事に生かしきった作品だったのではないか。大阪出身で15歳の時からロンドンのトリニティー・オブ・ミュージック、ロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージックで学び、さらにキングス・カレッジ・ロンドンではジョージ・ベンジャミンに師事した藤倉さんは、すでにセロツキ作曲コンクールを始め、クラウディオ・アバド賞、ルツェルン・フェスティヴァル・アカデミー賞(ブーレーズ賞)等々の他、つい先頃はパウル・ヒンデミット賞をも受賞した作曲家で、2005年にはルツェルン・フェスティヴァル・アダキミーからの委嘱作でオーケストラのための『ストリーム・ステート』がブーレーズ指揮、ルツェルン・フェスティヴァル・アカデミー・オーケストラの演奏で初演されている。ロンドンから演奏会に間に合うよう駆けつけてきた藤倉さんに、「3年連続ですね」と声をかけると、『ストリーム・ステート』の準備のためなどで、ルツェルンに来るのは5年連続だという返事だった。現在、真摯に密度の高い作品を書こうとする作曲家を取り巻く状況はけっして明るいものとは言えないが、エトヴェシュ、ブーレーズ等、藤倉さんの活動を見守る人物に応え、きっと今後も素晴らしい作品を書き続ける決意だろう、と『ファントム・パルス』を藤倉さんの隣で聴きながら思った。

                     ルツェルン、9月5日深夜

                             笠羽映子

今年のルツェルン・フェスティヴァル・アカデミーの最後の演奏会についてのレポートです。水戸でも、このフィナーレに負けないくらいの情熱的な舞台となるよう、沢山のご来場者の方たちとともに、演奏家たちを迎えられたらと思っています。是非、皆様のご来場をお待ちしております。

ルツェルン・ニュース(7)

9月6日、いよいよルツェルン・フェスティヴァル・アカデミーは最終日を迎えた。午前10時から、コンツェルトザールで、今晩の演奏会——今年のフェスティヴァルでは、リゲティへのオマージュとして彼の作品が多数採り上げられ、またペーター・エトヴェシュがコンポーザー・イン・レジデンスであることもあって、すべてハンガリー出身の作曲家の作品で構成されている——のゲネプロが始まった。演奏順序の通り、まずリゲティの『ロンターノ』。随分前、NHK交響楽団の演奏会で聴いた(楽曲解説も書いた)覚えがあるのだが、ブーレーズの指揮で聴き直すと、テクスチュアの綾がかくも繊細かつ鮮明に浮かび上がってくる作品なのかと初めて聴いたような気分になる。次はエトヴェシュの新作『セヴン』。諏訪内晶子さん、6人のソロ・ヴァイオリン奏者と舞台の独自な配置のオーケストラのパッセージの受け渡しなど、やはりリハーサルの回を重ねる毎にスムースになっていく。以前のリハーサルでは、指揮者の横でスコアを広げ、無意識的に(?)に手が動いてしまうこともしばしばだったエトヴェシュ氏も、今日は客席中央のミキシング装置の前(舞台中央の奥、打楽器奏者の間にシンセサイザー奏者、舞台やや右側後方にエレクトリック・ギター奏者がいて、その音響や他の音響の増幅・調整のためなのか、筆者はスコアを見ていないので分からないが…)に座っていて、それでも時折、手が動いてしまうのが、音楽に夢中な作曲家・指揮者エトヴェシュ氏らしいところでもあろうか。出来栄えに満足そうな様子で、ますます今晩の本番、来年に予定されているNHK交響楽団、エトヴェシュ、諏訪内による日本初演(同作品は、ルツェルン・フェスティヴァルとNHK交響楽団との共同委嘱作だとのこと)が楽しみになる。

休憩を挟んで、クルターグの『シュテレ』。隣で聴いていた藤倉大さんが、「いつもアバドの指揮するこの作品を聴いてきたのだけれど、ブーレーズが指揮すると相当違って、不思議な気分だなあ」とつぶやく。当たり前のことだが、20世紀、21世紀に生まれた音楽作品も、そのように演奏の機会が増え、様々な指揮者と演奏団体が演奏(無論演奏の質は大事である)することによって、作品の受容史が形成されていくのだろうし、私たち聴衆も、何度も違う機会に耳にすることにより、作品を一層深く味わい、理解できるようになる。現代音楽は1度演奏して、録音してしまえば、それで良いと思わずに、音楽関係者・団体は繰り返して、高い水準の演奏を実現していただきたいし、聴衆も聴き慣れた音楽だけでなく、未知の音楽に進んで耳と心を開いていきたいものだ。最後にバルトークの『中国の不思議な役人』。元来バレエのために書かれた作品の場合、ブーレーズはオリジナル、つまりバレエ版を演奏会でも採り上げるのが慣例(ラヴェルやストラヴィンスキーの作品でもそうである)が、今回は演奏会用に編曲された版(1927年版)を使っている。若者たちとともに演奏した場合、やはり若々しい熱気に満ちた音楽になるものだ。本番でまたどのような変化が生まれるのだろう…

いよいよ午後7時半から最後の演奏会が始まった。リゲティの『ロンターノ』。何回か聴くうちに、リゲティがどこかで雲の動きに例えて語っていたのを思い出すが、微妙な音の帯の変化がより落ち着いて味わえるようになるし、また何度も通して演奏してきた受講生たちの演奏も一層洗練されたものとなってきて、2度と戻ってこない束の間の響きのうつろいが愛しく感じられた。2曲目の本番初演の『セヴン』。演奏会前にようやく少し余裕が出てプログラム解説を眺めていて、2003年に事故で亡くなった7人の宇宙飛行士の思い出に捧げられたこの作品は、前述したヴァオリン独奏者と6人のソロ・ヴァイオリンが構成する7という数だけでなく、至るところに7の仕掛けが隠されていることが分かった。リハーサルでぼんやり観察して、筆者は管弦楽は3つの楽器グループと記したが、7つの楽器グループが舞台上に交じり合うかたちで配置されているようだ——スコアで確認しないと一見しただけでは分からないことも多い。また作品が大きく2部分からなることは、音楽の中断から分かるけれど、注意して聴かないと、カデンツァの数も7に関係していることに気づかないかも知れない… 本番では、2、3階席に配されたヴァイオリンと、ヴァイオリン独奏者の演奏するパッセージが宇宙空間を飛び交うような音響効果が、エトヴェシュ氏自身の操作でくっきりと出現し、エネルギッシュなオーケストラと、ヴァイオリン独奏のカデンツァが交代する第1部の後、むしろ宇宙の時空間を象徴しているかのような第2部が、諏訪内晶子の弓がひめやかな音を奏して降ろされ、静寂に帰すと、しばし静まり返った会場から始めは静かに、次第に高く拍手が上がり、作曲家エトヴェシュ、指揮者ブーレーズ、独奏者諏訪内、そして演奏者全員が何度も喝采に応えていた。

休憩を挟んで聴いたクルターグの『シュテレ』——休憩中にドロワイエ氏と話していた際に、藤倉大さんの言っていたアバドの演奏について、同氏は「僕はアバドの演奏解釈も好きなんだ」と語っていた——は、一九二六年生まれのクルターグが一九九四年に初めて手がけた大オーケストラの作品で、筆者は、これを機にアバドの演奏もじっくり聴き比べてみようと思った。最後のバルトークは、ゲネプロより一層若者たちの情熱が輝いて、演奏が終わると、多くの聴衆が立ち上がり、若者たちの熱演を褒め称え、また指揮者ブーレーズに敬愛の気持ちを伝えようとしている様子がひしひしと感じられ、いつまでも鳴り止まぬ拍手に、最後ブーレーズがコンサート・マスターの肩を抱いて退場の合図をし、ようやく充実した演奏会は終了した、来年への期待を残して。

               

             ルツェルン、九月六日深夜

                          笠羽映子


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