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「芸術館と私」 小山哲司(那珂町在住、塾講師)
水戸室内管弦楽団第46回定期演奏会(2001年6月9日/10日)プログラム掲載

旧約聖書に次のような物語がある。
エゼキエルという名の預言者が、干からびた人骨で埋め尽くされた谷に導かれた。 導いたのは神の霊であった。 エゼキエルは神の霊の命じるままに、干からびた骨に向かって「霊よ、四方から吹き来れ。霊よ、これらの殺されたものの上に吹き付けよ。」と預言すると、 干からびた骨は人間の姿を回復し、自分の足で立ち上がった。 国を滅ぼされ、希望を失ったイスラエルの民にエゼキエルが示したのは、神の霊が吹き渡れば、どんなに絶望的な状況に身を置く者も、希望を、生命を回復するというメッセージであった。

わたしは、MCOの演奏を聞く時に、この物語を思い起こす。
このホールでMCOの奏でる音に身を委ねていると、 あたかも四方から吹き来る神の霊に包み込まれたかのような思いにとらわれる。 そして、聞く前とは違った自分を感じながらホールを後にするのだ。

定演の度ごとに一期一会の出会いがあり、その都度、新たな感動を味わうが、 強く印象に残っているのは第24回定演(95年11月)であり、その時に演奏されたクラリネット協奏曲(モーツァルト)だ。 この時は、佐川一信氏(元水戸市長)が亡くなられた直後であったためか、 第2楽章が、あたかも佐川氏の魂を慰めているように聞こえてならなかった。 クラリネットのカール・ライスター氏は第2楽章をアンコールしてくれたが、あのしみじみとした演奏に心を震わせたのは、私だけではあるまい。 アンコールが終わった後、ホールはしばし沈黙に支配された。

第45回定演(今年3月)も、強く印象に残っている。 この時、私は、個人的な事情からひどく落ち込んでいた。 この定演は、まさに干からびた骨のようであった私に、生命を吹き込んでくれた。 ある時は力強く、またある時は麗しく、ホールに満ちる霊の息吹きが鎮まった頃、演奏が始まるまでの私は消え去っていた。 ふと顔を上げると、一人、また一人と、聴衆が立ち上がり、割れんばかりの拍手を送っている。 吉田館長ご夫妻も立ち上がっておられた。 芸術館で聴衆が立って拍手を送る姿を見たのは、この時が初めてである。多分、この時の感動は、生涯忘れることはないだろう。

こうして、MCOは、私の人生にとってかけがえのない宝となったが、 最初から親しい存在であった訳ではない。 私がMCOを初めて聞いたのは第4回定演(90年11月)だが、上手な演奏だと感心はしても、東京のオケの地方公演と大差のない受け止め方をしていた。 「水戸」の名前を冠してはいても、所詮は遠来の客人、別世界の人であり、水戸の地から生み出されたものではないと考えていたのだ。
ところが、ある日、この考え方が変わった。 変わったきっかけは、実に他愛のないことだった。

その日は、定演が終了した後、何気なく近くのデパートの地下に買い物に寄った。晩のおかずを買うためである。 すると、先程までステージ衣装に身を包んで熱演していたMCOのご夫妻も、買い物をしておられた。 ちらりとカゴをのぞくと、どうやらおかずを買っているようだった。
「おやっ、この方たちも、水戸のデパートで晩のおかずを買うんだ・・・」
何だか面白くなった私は、お二人の様子をちらちら見ていた。 すると、ご主人が、ジャンボプリンの入った徳用袋を取って、とても嬉しそうに、 目尻を下げながらそっとカゴに入れた。私もプリンが好きなので、 ご主人に親近感を感じた。ところが、それに気付いた奥様が「駄目!」とおっしゃったらしく、 今度は、背中を丸めて、実に悲しそうな表情でプリンを元の場所に返したのだ。 このやり取りを見た時、「所詮は遠来の客人で別世界の人」という私の偏見は崩れた。そして、同じ街の仲間としての意識が芽生えた。

考えてみれば、MCOの団員は、定演前の数日を水戸の地で過ごす。 ホテルに宿をとり、ホールに缶詰めとなって練習をするためだが、 その合間には水戸の街を歩き、行きつけのレストランや飲み屋まであると聞く。 それならば、ここで暮らした期間の長短はあっても、水戸の街の一員ではないか。 しかも、多くの団員は10年以上も水戸に関わっている。 プリンの件も、街の一員なればこそだろう。

こうした姿が見られるのは、何もデパートの地下ばかりではない。
第39回定演(99年11月)の日は、丁度、芸術館の中庭で商工会議所のイベントが行われていた。 沢山のテントが並び、水戸の名産品の即売コーナーや、焼そば、タコ焼などの模擬店が軒を並べていた。 早めに着いた私は、開場までの暇つぶしにテント村を冷やかしていた。 すると、MCOの団員たちもイベントを楽しんでいるのに気がついた。 豪快に焼そばをほおばる団員も、大道芸を楽しむ団員もいた。 「プリンは駄目!」とご主人を叱った奥様は、栗羊羹を買っておられた。 私たちと一緒に、みんな水戸の街のイベントを楽しんでいた。 そして、それから数十分後には、シフ氏を迎えての素晴しい演奏が始まるのである。

私は、曲目の選定の仕方は知らないが、第34回定演(98年6月)は、 楽しい曲目が並んだ。モーツァルトの「音楽の冗談」、L. モーツァルトの「おもちゃの交響曲」、 そして、ハイドンの「告別」である。 「おもちゃの交響曲」では、市内の小学生たちがおもちゃをガラガラと鳴らして共演した。 このガラガラを聞きながら、MCOが、そして、芸術館が、本当の意味で水戸に根付くのは、 この子どもたちが大人になる頃だろうかと思った。10年は長いようでも、芸術館の歴史としては、 ほんの序章に過ぎまい。本論に入るのは、MCOを聞いた子どもたちが聴衆として育ち、 その中から次の世代の演奏家が誕生する10年先、或いは、20年先のことだろう。 子どもたちと一緒に演じた舞台は、この街の次の世代を育てようという決意の表れではないか。

そのころには、どんな演奏が味わえるのだろう。

                              

Subject: 工藤さんと並んだ・・・
Date: Tue, 12 Jun 01 10:33:09 -0000

MCOの定演は楽しかったですね。フランス音楽に接する機会が少ないので、 パイヤールさんの指揮でMCOの奏でるフランス音楽を楽しめて幸せな気分になりました。 個人的には、ドビッシーの小組曲が良かったと思います。

ところで、演奏前に腹ごしらえをと、芸術館そばの蕎麦屋に入り、 カウンターに座ってふと脇を見ると、何と工藤さんが蕎麦をすすっていました。 家内を間に挟んで、3人で並んでしまったのです。 工藤さんには申し訳ありませんが、蕎麦の食べっぷりを穴のあくほど拝見させていただきました。 ひと声ぐらいかけても良かったのでしょうが、演奏前でテンションが上がっている時ですので、 じっと拝見するに留めました。いいネタが仕込めたのかも・・・。(^^;

さて、ホールに入場してパンフを見ると、工藤さんのインタビュー記事と、私の文章が、シーゲルさんのインタビュー記事を間に挟んで並んでいるのに気が付きました。 これも何かのご縁ですね。

・・・ということもあって、今回の定演も、思い出に残るものになりました。(^^)

小山 哲司



*このページを編集するにあたり、小山様と編集者との間でメールのやりとりをいたしましたが、 その際にいただいた、編集者の心の中にとどめておくだけではもったいない内容のメールを、小山様のご許可を得てそのまま転載いたしました。



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