エッセイ「あなたが選ぶ、思い出のMCOコンサート」

___________________________

2017年10月、水戸室内管弦楽団が第100回定期演奏会を迎えた節目に、1990年の第1回定期演奏会から第100回に至るまでの公演の中で、特に思い出に残っているMCO公演についてお客様からエッセイを募集いたしました。お寄せいただいた22編のエッセイをご紹介いたします(五十音順、敬称略)。


乾 智一

 私が忘れられないのは第92回定期公演のベートーヴェン交響曲第8番です。 私はその前年、15年ぶりに故郷ひたちなかに戻りました。大学卒業後、各地で医師として働かせていただいておりました。そして沖縄にいるとき、正月にいきなりクラシックを聴き始めました。思えば不純な動機でした。大好きなMr.Childrenのチケットがどうしても取れなかったからです。半ば自暴自棄に、クラシックなら取り放題だろう、だったら今日からクラシックファンになろうと思ったのです。なぜそう思ったのかは、思い返してもさっぱり分かりかねますが、余程チケットで思い詰めていたのだと想像します。

 聴き始めてみると面白いものです。有名曲のオムニバスCDから聴き始め、しばらくすると好きな曲ができ、全部の楽章を通して聴いてみたいと思い始めました。そしてベートーヴェンが好きになり、他の交響曲も聴いてみたくなりました。そのうち指揮者とオーケストラによって演奏が違うことに気が付きました。そこで小澤さんのファンになったのです。小澤さんは、この曲はこうあってほしいと思う王道を、想像以上に、そしてモダンかつエモーショナルにかっこよく響かせてくれます。小澤さんに会いたいと心から思いました。そんな時、サイトウキネンフェスティバルを知り、時期もぴったりだったので発売初日にチケットを取ろうと思いました。結果、全く電話が繋がりませんでした。クラシックを舐めていたのです。チケットが取りやすいのではないかと思って聴き始めたのに、取れなかった衝撃はなかなかのものでした。クラシックを聴くのをやめてしまおうかとも思いましたが、一度生活に入り込んだクラシックを聴く習慣は、簡単に手放せなくなっていました。

 しばらくして、開業を期に茨城に戻ってくることになりました。故郷とはいえ久しぶりの慣れない土地、やらなければならない途方もない量の仕事でも精いっぱい頑張りました。そんな私へのご褒美のように、水戸室内楽があったのです。必死でチケットを取りました。

 定期公演の朝、ついに小澤さんに会えることに胸が高まりました。工藤さんの素晴らしいフルート協奏曲が終わり、ドキドキが最高潮に達したとき、小澤さんが颯爽と出てきました。「あっ!小澤さんだ!」と思う間もなく、くるりと振り返り、たーらららららんという第8番の出だしで「これだ!」という衝撃が走りました。これがずっと聴きたかった音だと思いました。涙が出ました。すごいすごいと思っているうちに、あっという間に終わってしまった初体験でした。忘れられない瞬間です。沖縄の勤務医時代から聴いてきたもの、生活、仕事環境の変化、どこかモヤモヤしていたものが一瞬でほどけました。何よりも今が詰まっていて、「これが答えだよ、ここで頑張っていこうね」って言ってくれている気がしました。これからもこの最高の瞬間を胸に、水戸室内楽を楽しませていただこうと思います。水戸の誇りです!



今井 美紀

出だし無音の刹那、ホール中すべての空気をギュッと握る手の中に圧縮したような緊張感が一瞬にして張りつめました。そして演奏者の方々のみならずお客さんも巻き込んで、あの場に居た全員の集中力が小澤征爾さんの振る〈運命〉の一音目に向けられていることがヒリヒリと胸に迫ってくるようでした。

 水戸室内管弦楽団の演奏会へ出掛ける時はいつも、小さな旅行のようなワクワクから始まります。切符を買って特急に乗り込み、水戸へと向かう一時間ほどの道中、窓の外は段々と夕闇に沈んでいきます。夜の演奏会へいつもと違う街へ出掛けていく。そんな非日常の一時が音楽と共に大きな楽しみです。

 そして辿り着く水戸芸術館のホールが私はとても好きです。大きなホールで聴く壮大な音楽も、小さなサロンで奏でる親密な経験も其々に面白さを持っていて、その魅力に聴く度ごとに気づかされます。ただ水戸で体験出来るオーケストラと観客が一体になってドライブするような感覚は、一気に人を病みつきにしてしまう特別なパワーがありました。

 第95回のプログラム後半はベートーヴェンの交響曲第5番で、これは今までに何度も聴いたことのある曲です。テレビや街角、学校等あらゆる場所で、あの馴染みのメロディが繰り返されています。子供から大人まで知っている一番有名なクラシックかもしれません。ところがこの時の演奏で、曲の本当の面白さを何も知らなかったことに気づき、ハッとさせられました。無音の中に集中したパワーは直後爆発し、その後作られる音楽は生命力に満ちていました。性別も年齢も関係なく音楽に向かう皆の勢いが合流して、演奏者の方々の所作や眼差しまでも、ただ一点に向かって突き進んでいきます。それがホールのスケールと相まって間近に迫る様子は今も忘れられません。決して人数は多くないのにダイナミックな演奏で、そこには小澤さんの指揮があり、響きに包まれるうち自分もオーケストラの一員になったような錯覚すら覚えました。

 1曲通して生で聴く事がこんなにも心動かされるものかと正直に思います。音楽って本当に面白い、そんな感覚に包まれて毎回帰路につきます。あれ以来運命は大好きな曲です。素晴らしい演奏を聴いた時、それがマイルストーンのように蓄積していくことに喜びを感じます。そんな経験の宝庫が私にとってのMCOコンサートであり、これからも応援を続けられれば幸せだなあと心から願っています。



江畑 均

 私達夫婦の選ぶ「MCOの思い出のコンサート」は、99回目の、アルゲリッチと小澤征爾のベートーヴェンのピアノ協奏曲一番です。結婚前、妻とのはじめてのデート。ちょうどそのとき、アルゲリッチが来日しており、偶然通りかかった東京文化会館での彼女のコンサートを聴きたいと思いましたが、あいにく満席のため聴くことができませんでした。また、いずれ聴けるだろうと思いながら、40年もの月日が過ぎてしまいました。   

 彼女がMCOと共演することを聞き、何とか生で聴きたいという思いが通じ、幸運なことに、チケットを手に入れることができました。この水戸芸術館で演奏を堪能することができました。MCOは指揮者なしでも、レベルの高い演奏を聴かせてくださいます。でも小澤征爾さんの、さりげなくみんなを引っ張ってゆく求心力はさすが、と、いつも思わされます。オケを信頼しきったアルゲリッチの大胆なピアノ演奏。そしてそれを支える小澤征爾さん指揮のMCOの演奏。調和のとれた圧巻の演奏に思わずブラボーと叫んでしまいました。アンコールはシューマンの〈献呈〉をアルゲリッチがソロで。何と早く弾くタッチ、再び、ブラボーと拍手の嵐でした。   

 MCOは音楽を使って何とすばらしく美しく輝かしいものを創れるのでしょう。彼らの演奏を聴くと、まるで魔法にかけられたように、何かしら永遠なるものを感じます。いままでに、どれだけの人達の悲しみや傷ついた心が慰められたでしょうか? 喜ぶものにはさらなる喜びを与えているように思えます。芸術、特に音楽の偉大さ、永遠性に触れていると、人生なんて、ほんの一瞬と思えてしまいますが、水戸芸術館でのとてつもなく上質な一瞬に立ち会える幸せをいつも感じています。   

 第100回コンサートは、人類の遺産である、ベートーヴェンの交響曲〈第九〉です。楽しみです。これからも、すばらしいMCOのコンサートを聴き続けていきたいと 思っておりま す、小澤征爾さん、いつまでもお元気でお過ごしください、MCOの皆さん、これからも素晴らしい演奏を聴かせてください。



鬼澤 明

「音楽は響気」   

第75回定期でのメンデルスゾーン〈夏の夜の夢〉序曲と劇中音楽は、65回で聴いたMCOの中で印象に残る演奏です。父である征爾さんの指揮のもとに語り手としてご子息の征悦さんが充てられました。序曲はもとより、劇中音楽は指揮者とオケ、合唱団、ソリストが一体となったワクワク・ドキドキ感のある楽しい演奏でした。特に、征悦さんの強弱、緩急、間の取り方など、音楽表現と調和のとれた見事な語りでした。台本は譜面台に載せてあったようですが一枚たりともめくっていませんでした。演奏が終わってそれぞれが握手し合う姿、そして最後に父と子が抱き合う姿には感動させられました。   

ところで、1976年に県民文化センターで新日フィルと小澤征爾さん指揮による、ペンデレツキの〈広島の犠牲者に捧げる哀歌〉のゲネプロを舞台裏で見学させていただきました。恥ずかしいことに、楽員の楽譜は私には理解できないものでした。あとで、それは微分音とかトーン・クラスターなることを表していることを知りました。世界の小澤さんを間近に拝見することは初めてでした。小澤さんと楽員さんとの真剣で迫力あるやり取りに圧倒されました。   

なんと幸運なことか、その夜に小澤ファミリーとのレセプションに私も参加することができました。その中で、私も小澤さんにお相手していただけました。音楽の「お」の字もわからない問いかけに「世界の小澤さん」の応答は温かく丁寧なものでした。「本当の一流人」とはこのような人なのだと感じ、素晴らしい出会いに恵まれた喜びを感じるとともに、思いもよらない大きな糧を得ることができたのでした。   

「音楽の素晴らしさ、凄さ」は音楽を表現する人の持つ「人間としての温かさや人格の素晴らしさ」という裏付けがあってのことなのだと強く思うようになりました。   

MCOを指揮するとき小澤さんはいつも楽員と共に舞台に出ています。楽員が舞台に揃ってから小澤さんが入場する場面は一度も見たことがありません。これが小澤流の表現の土台や柱になっているのではないかと勝手に思っています。1976年に小澤征爾様に書いていただいた色紙「響気」は私の宝です。これからもお体を大切にされ、私たちに素晴らしい音楽と感動、喜びを与え続けていただけることを願っています。



梶原 茂

40歳を過ぎるまで全く「クラシック」なるものに興味がなかった私に、その素晴らしさを教えてくれた人、その人こそは小澤征爾氏だと私は断言できる。   

ありきたりだと言われるだろうが、キッカケはYouTube。   

1976年8月8日、ザルツブルクでのライブ録音。小澤征爾指揮シュターツカペレ・ドレスデン、ブラームスの交響曲第1番。   

今でこそ「完成するまで21年」だの、シュターツカペレ・ドレスデンはブラームスと相性がよく、他の指揮者とも名演奏と呼ばれる録音が存在するという知識はあるが、当時の私にはそんな知識など全くない。   

だがその演奏を聴いた途端、自分でも予期せぬ出来事が起こった。感動で涙が止まらなくなったのだ。   

それからというもの、私はYouTubeでクラシックを聴きあさり、本や雑誌を読んでは関連知識を詰め込むようになった。   

そして、コンサートに足を運ぶようになった。   

最初に聴いたクラシックコンサートの場所は大阪。メインのプログラムはブラ1。   

あえて指揮者とオケの名前は記さない。ただ、何の感動も残らなかったとしか言えない。   

やはり、小澤さんの指揮でなければダメなのかという思いだけが残った。(館内は拍手喝采だったけど……)   

そうこうしているうち、水戸芸術館で小澤征爾氏指揮水戸室内管弦楽団の演奏を聴くチャンスが。   

第89回水戸室内管弦楽団定期演奏会。小澤さんはベートーヴェンの4番を指揮するとのこと。   

恥ずかしながら、私はこの曲に関する知識は一切なかった。   

でも、私はそれでいいのではないかと考えた。あえて知識ゼロで聴いた方が逆にいいのではと。   

演奏会当日、私は新神戸駅から新幹線に飛び乗り東京駅へ。そこから上野駅へ移動し、常磐線の特急列車に乗って水戸へ。   

少々場所がわかりにくかったものの(笑)、無事に水戸芸術館に辿り着き、演奏を聴いた結果は……   

想像を超える実に素晴らしい演奏だった。指揮者という仕事は日本人のためにあるのではないか?と思ったほどに。   

そして、私の人生初の「スタンディングオベーション」。あんなもん自分がやることは一生ないだろうと思っていたが、自然と体が動いた。   

その後、「オザワフェス松本」で小澤&サイトウキネンも聴いた。素晴らしかったが、小澤&水戸室内管を聴いた時の感動を超えることはなかった。   

これからも、小澤さんには素晴らしい音楽を届けて欲しいと強く願っている。



小佐古昴

私の思い出のMCOコンサートは、第95回定期演奏会(東京公演)です。   

 私は高校生の頃、部活動で学生指揮をしていました。丁度私が高校1年生の時、小澤館長がウィーンフィルのニューイヤーコンサートで演奏されたことは一大ニュースとなり、オーケストラに馴染みの無かった私もテレビの前で小澤館長の指揮姿に釘付けになった一人でした。それをきっかけに、小澤館長のボストン交響楽団や、ベルリンフィルでの映像を楽器店で探しては、その指揮姿を真似ようと、繰り返し映像を見ては、鏡の前で自分の指揮姿と重ねていました。その結果、うまく習得できた…とは到底言えないものではありますが、小澤館長の熱い、演奏に対する真摯な姿は、私の音楽に対する向き合い方にも大きく影響したと思っています。   

 それから10年以上が経ち、社会人になった私は上記の演奏会を聴きに行く機会を得ました。当日のメインプログラムはベートーヴェンの5番。MCOの各メンバーの集中が客席にもひしひしと伝わり、あの大きなサントリーホールが少人数の室内アンサンブルにも関わらず、普段このホールで演奏されるフルオーケストラを凌駕する迫力、統一感で満たされていることに、ただただ圧倒されました。   

 また、用意された椅子をほとんど使うことなく、終始演奏者と全力で音楽の対話する小澤館長の姿はとても圧巻で、私が学生時代繰り返し映像で見た”小澤さん”の姿そのものでした。そして、それに触発されたのか、暫く胸に仕舞っていた音楽に対する思いが湧き上がって来て、とても嬉しく思いました。   

 社会人になった今も、細々と趣味で楽器を続けておりますが、小澤館長とMCOの皆さんの演奏は、私の学生時代の小澤館長の指揮姿と同様に音楽と向き合う姿、アンサンブルとは何か、音楽の楽しみとは何かを示してくれる大切な存在です。   

 水戸室内管弦楽団の第100回の定期演奏会、おめでとうございます。これからもどうか末長く、素晴らしい音楽を体験させて下さい。



齋藤 真樹

 響きが良く、舞台と客席との一体感が良く、大きさが良く、このホールはどこをとってもGOOD。私たち夫婦が水戸を訪れたのは今から十九年前の六月。丁度その頃結婚した私たちのお祝いと、水戸で書の展覧会をしていた家内の書家仲間Y女史(彼女は小澤さんの縁戚)。彼女が席を設け水戸へ、仲間うちの一人が、今日は水戸に小澤がいる夜は演奏会があるよ、Y女史は、さくらおばさん(小澤氏の母)もいるはず、と、早速展覧会会場へお呼びしておしゃべり。Y女史、仲間たち、家内。書の師は桑原翠邦先生、なんと北京時代に小澤家にいらしたとか。幼少の征爾さんもさくらさんも顔見知り。そんな事もあり話も盛り上がり楽しいひと時。   

 私達が帰京するころになり、さくらさんのはからいで結婚のお祝いにとチケット二枚。思わぬサプライズ。水戸室内管弦楽団。初めてプログラムを見て中にかかれたメンバー表、野球でいえば皆四番バッターの面々。夫婦共々、クラシック音楽が大好きな私達のとっては、どんな音がするのだろう、ワクワク、贅沢。   

 演奏会が始まり小澤の腕が振り下ろされる。演奏家たちのベクトルがいっしょだと奏でられる音楽は実に美しい。シルクのようだったり、荒削りの岩の様だったり。しかしながら乱れがない。鉄壁のアンサンブルお見事です。   

 演奏会が進み〈死と乙女〉、クラシックは何十年も聞いておりますが、こんなに素晴らしい演奏会は初めての経験。第33回の定期も終わり、私達夫婦にとっても忘れられない一夜となりました。   

 それ以来、私達の水戸詣では続いております。100回早いものですね!!もちろん今回も聞かせていただきます。ブラボー水戸室内、ブラボー小澤征爾、そしてスタッフの皆様。



島崎 美榮

初めてのコンサート   

 「水戸室内管弦楽団」のことを知ったのはいつ頃だったろうか、定かではない。しかし、信州に暮らしていたにもかかわらず、心のどこかで、いつかきっとお聴きしたいと願っていた。その後、思いもよらず、夫が大病となり転居。それが、水戸への距離を縮めに。   

 今年の冬、初めてのコンサートに足を運ぶことができた。「98回」めにして、ようやく願いがかなった。最初の曲目は、モーツァルトの〈ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲〉。竹澤さんと川本さんのデュオ。エネルギッシュさと繊細さのヴァイオリン。ダイナミックと重厚さに満ちたヴィオラとのコラボ。交互に響きあう音色は、あたかも優雅なおしゃべりのようであった。二つの弦の美しさには、ただ、ただ魅了された。   

 いよいよ、小澤さんの登場。   

 演目は、ベートーヴェンの〈交響曲第1番〉。   

 久しぶりということもあるが、まず、病後の小澤さんの姿に驚いた。しかし、最初の音が発せられた瞬間、何と表現して良いかわからない、稲妻のような感動が込み上げてきた。ホールの音響のすごさ、それに加え、選りすぐられた少数の団員が醸し出す響きは、まさにフルオーケストラそのものであった。弦の美しさ、管の奥深さが際立っていた。   

 特に、「第3楽章」においては、小澤さんの踊るような指揮が、私の中で、若き日の姿へとタイムスリップした。荘厳な音、華やかな音、様々な音につつまれ、いつとはなしに、琴線に触れる世界へと導かれていく。小澤さんの音づくりへのこだわりと、「MCO」の響きに酔いしれた。「MCO」への憧憬の念。それが現実となり、夢見心地の数時間が終わった。   

 この半世紀近く、多くの信州人は、小澤さんの画像を観ない夏はない。ふと、水戸と松本の地が重なった。そして、私の人生に、何か、音楽の不思議な力が働いたような気がした。   

 帰途、小澤さんが元気を取り戻されますようにと祈った。車中、コンサートの様子を娘にメールしながら、なぜか涙が止まらなかった



鈴木 亜希子

 あれは確か、第75回定期演奏会だったと思います指揮はもちろん小澤征爾さん。初MCOの夫と聴きに行きました。2009年4月の公演以来早8年がたった今でもあの演奏は夫の中ではこの世のものとは思えない泣く位の演奏だったと私に語っています。それは突然オープニング小澤さんが登場したとおもったらG線上のアリアが演奏されました。満席の観客の皆が音一つたてず、弦楽器の一糸乱れることのない心地よい音。終始、集中力が切れることなく酔いしれていました。なんということでしょう。クラシックにうとい夫はプログラムにはないオープニングの演奏に打ちのめされていました。あのアリアは一生、夫と私の心の中に刻み込まれる、あの場にいた人でないと感じられない見事な演奏でした。最上級の演奏が水戸でおこなわれていることに感謝申し上げます。 水戸芸術館に携わっているすべての方に有難うと伝えたいです。



髙橋 惠美子

 私達は神奈川県在住の友の会会員6名のMCOファンです(会員は3名)。   

 小澤征爾さん公演のチケットは毎回取りづらく大変苦労しますが、何とか3名が努力して手に入れています。私の主人等は、水戸室内管弦楽団は絶対水戸芸術館で聴くべきだと言い張って、ほかのホールではあまり聴こうとしません。   

 さて、心に残るコンサートと言えば第60回と第83回定期演奏会です。   

 第60回の時は偶然にも演奏会後の打ち上げパーティに6名で参加することが出来ました。本当にラッキーで、小澤征爾さんと近くで話しができ、またイベントの抽選でサイン入りのCDが当たり、プログラムにもサインをしていただきました。今も大事にとってあります。   

 第83回の時は、征爾さんが急病で突然指揮者なしでの演奏になりました。聴衆の中で突然怒りだした人がいて、会場が騒然となる中、まだご存命だった吉田秀和さんが釈明をされて事は収まったのですが、演奏はさすが一流の奏者だけに、指揮者なしでも申し分ない演奏でした。宮田大さんのハイドン〈チェロ協奏曲〉が、今でも耳に残っています。   

 私達グループ6名は、夫婦2組、婦人2名ですが、毎回芸術館近くの“萬庵”というお蕎麦屋さんで食事をしています。征爾さんご贔屓のお店らしく、店のおかみさんにその日のマエストロの様子などを聞いたり、征爾さんが召し上がったものと同じメニューをみんなで食べたりして、征爾さんにあやかっています。   

 今回の第100回定期演奏会もお陰様でチケットを入手できました。どんなベートーヴェン〈第九〉が聴けるか楽しみです。   

 願わくばマエストロ小澤征爾さん、くれぐれもお体大切になさって私たちに末永くいい音楽を聴かせていただきますよう、祈っております。



鈴木 淳一

MCOを初めて聴いたのは、1995年の第22回定期演奏会。わたしにとって運命的な出会いだった。

小学校教員として採用され、数年の経験を積んだその年、わたしは高学年を担任していたが、学習指導はおろか、学級経営もままならず、児童に信頼されているとはとても言えなかった。当然、保護者からの信頼を得られるはずもなく、焦燥感から夜も眠れなくなった。何より、小学校教員としてもっとも大切な、自分の人間的な魅力の無さに、心底嫌気がさしていた。

 1995年6月24日の土曜日、午前中で勤務を終えたわたしは、逃げるように常磐線に乗車した。電車の中で開いた情報誌によって、MCOの定期演奏会を知った。現実逃避のためにはまさにうってつけのイベントだった。

 運良くありついた当日券でコンサートを聴いた。衝撃的だった。こんなに躍動感に満ち、生命力に溢れた演奏が聴けるとは予想していなかった。林光氏が作曲・自演したヴィオラ協奏曲の気高くも沈痛な音色、バルトークの風刺的でありながら溌剌とした演奏に、たちまち魅了された。音楽を敬愛し、音楽に愛されながら、聴衆にも敬意を忘れない演奏家たちのファンになった。わたしは興奮というより、深い感銘の中にいた。心の澱が薄れていくのを感じた。

 それからのわたしが、心を入れ替え、職務に邁進し、なおかつ成果に恵まれたかと言えば、全くそうではない。児童には申し訳ないことに、未熟さは相変わらずだった。しかし、毎年初夏と晩秋に水戸を訪れ、MCOの鮮烈な演奏と、メンバーの尊敬すべき人間性に触れることで、自分の未熟さと正面から向き合えるようになった。あの日、MCOに出会わなければ、わたしの人生は大きく狂っていたと思う。悩み続けながら、それでもMCOに救われ支えられて、わたしはベテランと呼ばれる年齢になった。

 結婚して女房が子供を宿すまでの約十年間、定期演奏会のたびに、わたしは水戸に通った。小澤氏の指揮に何度も感動したし、指揮者無しのエキサイティングな演奏について女房と興奮しながら語り合った。

 今、わたしは、子供を連れて、久しぶりに水戸を訪れたいと思う。以前と同じように水戸は、ごくごく自然体で、わたしたちを迎えてくれるだろう。そして、MCOは、以前と変わらない温かく精緻な音で、わたしたちを包み込んでくれるだろう。

一方わたしは、少しでも変わることができたのだろうか。水戸に行けば、それが分かるような気がする。今から楽しみでならない。



中山 健

 何と言っても、2016年3月29日のサントリーホールでのコンサートです。休憩を挟んで楽団員の方々が揃うと、舞台に向かって左側のバルコニー席に突然スポット・ライトが当たりました。何事かと思ってライトの先を見つめていると、何と天皇皇后両陛下がお出ましになられたではありませんか! 会場は一斉にスタンディング・オベーション。一挙に場が華やぎました。

 そして、我らがマエストロ、セイジオザワの登場! 聴衆に、そして両陛下に「ようこそ」の挨拶。演目は、私がこの世の中で一番好きな、ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン作曲、交響曲第5番ハ短調作品67。最初の「ダダダダーン」如何で全てが決まってしまう楽曲です。流石のマエストロも演奏開始まで、十分な間をとっておられるようでした。

そして、マエストロは一つ頷き、いざ演奏が始まりました。

第1楽章では、苦悩が畳み掛けるように襲って来ます。しかし、マエストロのタクトのもとでのMCOの皆さんの演奏を聴いていると、不思議と「苦悩しているのは君一人だけではないんだ。皆でこの苦悩を分かち合おう」と言われているようで、慰められ、知らず知らずの内に涙が溢れて来ました。

それは、その後の楽章でも同じでした。第2楽章では皆で安らぎ、第3楽章では迫り来る試練に皆で耐え、そしてフィナーレで大いなる歓喜を皆で分かち合ったのです。

この日の演奏は、会場に居合わせた全員に計り知れない慰めと勇気を与えたことでしょう。その証拠に会場中のスタンディング・オベーションはいつまで経っても止まず、マエストロは幾度となく呼び出されていました。両陛下も拍手を止められず、マエストロは「陛下、いい加減にお帰り下さい」というような仕草をしておられましたが、それに反発するかのように、両陛下が一層拍手を強めておられたのが印象的でした。



西野 由希子

 1996年に水戸に移ってきて、MCOのコンサートを聞くようになりました。それまで住んでいた東京でもいろいろなホールのコンサートに出かけていましたが、小澤さんや楽団員のみなさんとの距離の近さに感激、水戸芸術館があるこの水戸に住める喜びを感じました。   

 その後もたくさんの演奏を聴かせていただき、どの回にも思い出がありますが、2002年の第50回の際は、私の故郷、大分で先に公演があり、6月25日に両親が聞きに行きました。   

 平義久さん作曲の〈彩雲〉は、MCOの委嘱、世界初演で、客席に平さんもいらっしゃり、終演後、母からすぐにメールで興奮した感想が届きました。   

 「すばらしい演奏会でしたよ! 曲は少し難しいとも感じたけれど、平さん、とてもやさしい笑顔の方でした。明日はあなたが楽しんでね」   

 翌26日、今度は私が水戸芸術館のホールでわくわくと開演を待ちました。曲の演奏後、やはり客席におられた平さんが、私たちからの感謝と喜びの拍手を受けられました。小澤さんや楽団員のみなさんも笑顔で讃えられ、その温かい雰囲気と、芸術作品が生まれる場に立ち会った感動、大分の両親と感動を共有できてうれしかったことはずっと心に残っています。



仁衡 かがり

私は中学2年生。吹奏楽部でユーフォニアムを吹いています。
私の父も高校のころに吹奏楽部に入っていて、音楽が大好きです。
なので、私は小さい頃から様々な演奏会に連れて行ってもらいました。   

水戸室内管弦楽団の演奏会にも4回も行かせてもらいました。
その中で、一番私の心に残っているのは第95回定期演奏会です!
なんといっても、日本が誇る世界的指揮者小澤征爾さん指揮のベートーヴェン作曲〈運命〉があった演奏会!
実はこれが水戸室内管弦楽団の演奏会で私が初めて行ったもので、私の中学受験合格祝いにお父さんが連れて行ってくれたのでした。
あの小澤さんが指揮する〈運命〉を12歳の私が聴けるなんて!なんて贅沢なんだろう!   

そんな興奮状態のなか演奏会が始まりました。
まずはシベリウスの〈悲しきワルツ〉。
私が心に残ったのは、コントラバスの弦を指ではじいている深い音と、ヴァイオリンによる悲しみの表現。その時、ヴァイオリン奏者が体で奏でているのをみて、すごいなと思いました。

次にモーツァルトの〈クラリネット協奏曲〉。
独奏のモラレスさんは、本当にいい音で、すごくすてきでした。   

休憩があり、ついに!来ましたよ!
小澤さんの指揮によるベートーヴェンの〈交響曲第5番《運命》〉!
緊張の中、ついに小澤さんが手を振り上げておろした、そのとき!
ダダダダーン!ダ・ダ・ダ・ダーン!
水戸芸術館内に、すさまじい音が響き渡りました。
あの有名なフレーズ、テレビやCDなどどこかで耳にしたことはありましたが、
生でのこの迫力!ものすごかったです!
小澤さんの指揮と管弦楽団の息がぴったりで、圧倒されました。
そして2楽章。これは1楽章とは違い、美しく、しかし悲しい感じでした。
3楽章はフルートがきれい…。
4楽章では、ティンパニやトロンボーンのおそろしい音などがあり、
この楽章が一番迫力がありました!
もうとにかくすごすぎて、言葉に表せませんでした。
曲が終わった途端、全員総立ち!嵐のような拍手でした。
そのくらい、本当に本当にすごかった!

こんなにすばらしい演奏会に行けて、本当に幸せだな、
今、私は世界で一番幸せだな、そう思う瞬間でした。

お父さん、あんなすばらしい演奏会に連れて行ってくれて、
ありがとう!感謝してもしきれないくらいです!

ほんとにすごい水戸室内管弦楽団、ついに第100回の定期演奏会ですね!おめでとうございます!

私も、これからも沢山いい音を聴いて、学び、楽しみたいです。



仁衡 琢磨

 第95回定演の鮮烈な感激、その思い出を綴りたい。

 この日はプログラムに先立ち、逝去された楽団員アルトマンさんへの献奏があった。モーツァルトの〈ディヴェルティメントK.136〉から第2楽章。メインだけを振る筈の小澤征爾が指揮。「ティンパニは第二の指揮者」と生前語っていたという盟友への気持ちなのだろう。

 K.136, 138の緩徐楽章はモーツァルト独特の「温かくて且つ(だからこそ)切ない」感じが出ていて大好きな曲だが、こういう形で聴く事になるとは思わなかった。センチメンタルぎりぎり或いは踏みこえているかという演奏。しかしこれは客席にいる我々ではなく天上の人に向かってのもの。ともに冥福を祈る気持ちで聴かせて頂いた。

 さて一曲目。シベリウス〈悲しきワルツ〉。弦楽五部、Cl、Fl各1、Hrn2、Timp。普段フルオーケストラのアンコール等で聴く事が多いため、逆にこのオリジナル編成が新鮮。Cb2本のみでのピッツィカートが実に効果的。とにかく美しい…音楽は名手が最小限の数で演奏するのが最善だな…と思わせる。

 二曲目はモーツァルトのクラリネット協奏曲。独奏は楽団員のモラレスさん。高・中・低音域、全てが完璧。玉のような、そして温かな音色。

 そしていよいよベートーヴェンの〈交響曲第五番〉。とんでもなく良かった…。この曲を小編成の室内管弦楽団で聴くと、この曲の良さ、凄みがよくわかる。ベートーヴェン、やはり天才だ…。楽器の割り振り、受け渡し、重ね方、全てがこれ以外ないと思わせる完璧さ。そして小編成の室内オケだからこその、一本一本の線が見える面白さ。

 第1楽章の構築の見事さ、第2楽章のまるで木管五重奏かのようなアンサンブルの妙、第3楽章のフーガ部分の際立たせ方、そして第4楽章の高揚!これを聴いている時は、生きてて良かったな…とまで思ってしまった。この楽章で登場するピッコロ、トロンボーンがまた実に効果的!

 名演。会場はほぼ総立ち。ブラヴォーの嵐。

 その中でニコニコしているメンバーを見渡せば改めてとんでもない名手揃い。弦楽は言うに及ばずとして、管が工藤、トーンドゥル、モラレス、イェンセン、猶井、バボラークと来たもんだ…。これだけの世界的名手達が親密に演奏している…そりゃあ名演になるなぁ。弦でも管でも、其処彼処でアイコンタクトがあり、耳を立てて聴きあっている様子がある。楽団の理想形がここにあるように思う。

 すごいものを聴いてしまった…そんな、或る水戸の夜の思い出。



野上 哲夫

思い出のMCOコンサート

 私は60代後半となった今もアマチュアオケで演奏活動を続け、演奏会にも数多く通う中で、水戸室内管弦楽団(MCO)の定期も数十回は聴いており、私の音楽人生にMCOの占めるウエイトはかなり大きい。稀勢の里の横綱昇進や鹿島アントラーズの活躍などとともに茨城県民でつくづく良かったと思う。

 MCOには他の演奏会にはない楽しみがいくつかある。弦楽器奏者は曲目ごとに席次が替わるので、次の曲のコンマス(コンミス)はどなた?トップ(首席)は?にも毎回興味があったが、開演前および休憩中に、日本一のステージマネージャーのマーちゃんこと宮崎隆男さんの舞台セッティングの華麗な技が見られるのがとりわけ楽しみだった。「リハーサルと本番で1ミリも違わない」と演奏家から絶賛される、それぞれの奏者にあわせた譜面台の高さや角度、椅子との距離の調整などを、靴先までダンディな身づくろいと背筋のピンと伸びた姿勢で、いかにも江戸っ子らしくテキパキとこなす宮崎マーちゃんの妙技は、MCOの名演奏とともに、MCOのもう一つの芸術品であった。

 ところで、普段は空気や水のように当たり前なことが、ひとたびその担当者が不在だといつもの順調な流れが滞り、思わぬトラブルが発生して、その人の重要さ偉大さを再認識させられることがある。「あれ?宮崎マーちゃんは今日はお休み?」と思ったある定期演奏会で「事故」は起こった。普段なら「マエストロ時間です」で何事もなく小澤さんのタクトが下りるはずが、あるパートの楽譜が譜面台にない!スタッフが総出で探し回り、ようやく楽屋で見つかるまで何分かかったろうか。たしかイッセー尾形さんも場つなぎに舞台に急遽呼ばれたように記憶している。第1回定期のロストロポーヴィッチのチェロ協奏曲2曲。小澤父子の協演。〈死と乙女〉の2楽章の絶妙なピアニシモなどなど数々の名演や感銘深い演奏に接してきたが、最も思い出に残っているのはこの演奏会である。



塙 浩志

拍手に、そして、泣き声に感動した定期演奏会の夜

 水戸室内管弦楽団の定期演奏会はどれも素晴らしいものばかりでしたので、それぞれに想い出はありますが、演奏以外に特に記憶に残る第1回と第26回のエピソードを紹介させていただきます。

 第1回定期演奏会のチケット発売開始日には、水戸芸術館はまだ完成しておらず、近くの文化福祉会館にあった事務局に足を運びました。当時、まだ、賛否様々な意見があったなかで、職場の友人と「水戸でこれから良い演奏が聴けるね!」などと話していたのを覚えています。その日は、大雪の中、歩いてチケットを買い求めに行ったことが印象深いです。第1回定期演奏会の最初の響きと拍手は、今でも忘れられません。現在、芸術館の活動が世界的に知られるようになったことは、水戸に生まれ育った人間として誇らしく思われます。

 平成8年6月22日が第26回定期演奏会の公演日でした。唯一聞き逃した演奏会です。チケットは準備していましたが、その日の午後2時頃、「残念ながら今日の演奏会は聴けないな・・・」などと思いつつ、車中から横目で水戸芸術館を見ながら妻を乗せ病院に向いました。その日、演奏会の拍手は聞けませんでしたが、ほぼ演奏会の始まる時刻に病院で長女の元気な産声を聞くことが出来ました。今思うと長女も自分の耳で演奏を聴きたかったのかなと想いはめぐります。娘が大きくなってからは、現在まで何度となく水戸室内管弦楽団の演奏会に一緒に足を運んでます。おかげ様で音楽好きに育ち、小澤さんや多くのメンバーが学ばれ、吉田初代館長が教鞭をとられた音楽教室(水戸にもあるというのは不思議な縁です)に通ったのち、現在は音楽大学でピアノを学んでます。今年の9月には水戸市内のサロンコンサートで演奏させていただくことが出来ました。娘の音楽との関わりを育んでいただき、沢山の思い出を残していただいたMCOの演奏会に感謝で一杯です。

 余談ですが、次女、三女もMCOの演奏会を何度も拝聴させていただいております。中学時代に吹奏楽部でホルンを担当していた次女は、公開セミナーでラデク・バボラークさんに教えていただき感激していました。吹奏楽を敬遠していた三女も、気がつけば今年吹奏楽部に入りました。我が家の音楽好きはMCOに育てられたものと確信してます。 今後、一人でも多くの水戸市や茨城県出身者がMCOメンバーとして舞台で活躍する日が来ることを期待しつつ、時間のある限り足を運びたいと思います。



長谷川 庸煕

思い出のMCO公演

 MCOの定期公演100回達成おめでとうございます。私は記念すべきこけら落としの第1回はチケット完売で聴き逃したものの、ほぼ全回に近い割合でホールへ足を運んでおります。というのも水戸芸術館音楽部門の言わば旗艦とも言うべきMCO公演は、何をさておいても聴くべきものと決めているからです。年2回、このコンサートホールATMをホームとして国内外から参集する楽団員の方々にお目にかかれるのも楽しみですし、恒例化した水戸以外の“アウェー”公演で名声が拡がるのも水戸市民として誇らしく感じます。

 MCOを聴く楽しみはいろいろあります。世界初演の場に立ち会えることや、豪華ソリストとの共演も魅力の一つですが、指揮者とのコラボレーションは公演の醍醐味と言えるでしょう。指揮者なしでも見事なアンサンブルを奏でることで名高いMCOですが、タクトに導かれての演奏は一際輝くように思えます。小澤征爾館長を筆頭に数々に名指揮者が公演を彩ってきました。とりわけ印象に残っているのは、かつて音楽部門企画委員でもあられた故若杉弘氏です。以前にも小編成の〈兵士の物語〉で大いに楽しませてくれましたが、1996年6月の第26回定期の感動は昨日のことのように思い起こせます。リヒャルト・シュトラウスのオペラ〈町人貴族〉、〈ナクソス島のアリアドネ〉のオペラ2本立ては、この分野を得意とする氏の実力を遺憾無く発揮した素晴らしい出来映え。終演後の全員総立ちの興奮が目に浮かびます。氏には個人的に、羽田空港にお一人でいらしたところ(トレンチコートのダンディなお姿でした)をお見うけし、サインを頂きました。別れ際「良いお仕事をお続けください」と優しいお言葉を頂き恐縮しました。富山県の利賀村へ行かれるとのことでしたが、水戸芸術館との御縁を感じさせる出会いでした。これからもMCO公演を通じて素敵な出会いがあることを期待しています。



深瀬 隆純

吉田館長と追悼のモーツァルト

 1990年2月 1 日は小雪の舞う寒い朝だった。この日が水戸芸術館の開館記念コンサートのチケットの発売日だった。大洗の自宅を早めに出て発売する建物に入ると、既に結構な人数が並んでいた。それでも首尾よくチケットを入手した。まだその頃、銀杏坂にお気に入りの喫茶店があって、そこに立ち寄ってコーヒーを飲みながら改めてチケットを確認した。そのとき、得体の知れぬ昂揚感に包まれたことを私は昨日のことのように思いだす。これから、この水戸の町で、私はどんなに凄い音楽体験をするのだろうかという、期待感の表れであった。

 そして、あの伝説の開館コンサート。ロストロポーヴイッチの雄渾なチェロの音色と水戸室内管弦楽団の演奏と何より小澤征爾さんの指揮に感動した。あの場に立ち会えたことは、私の音楽体験のなかでも特筆に値する。その後も芸術館で感動を新たにしてきた。開館当時はチケットをとるために何度も徹夜した。同じ顔ぶれの人たちと出会い、寝袋で仮眠をとることすら楽しみだった。

 その演奏会だが、了えたばかりの第99回、指呼の距離でピアノを弾くアルゲリッチを見たのは感激の極みだった。最近の小澤さんのベートーヴェンの「5番」や「7番」も素晴らしかった。遡ればシモン・ゴールトベルクのモーツァルト「40番」も忘れがたい。それらの中から私が最も印象に残った演奏会を挙げると、1995年11月25日の第24回定期である。カール・ライスターをソリストに迎え、オール・モーツァルト・プロ。モーツァルトの名曲の中でも〈クラリネット協奏曲〉は大好きな曲だ。もちろん、演奏会も素晴らしかったが、プログラムが終わると当時の吉田秀和館長がステージに上がり、数日前に逝去した佐川一信市長への告別の辞を述べた。そしてその後、佐川さんがお好きだったモーツァルトのディヴェルティメントが演奏された。その日の日記にはこう記してある。「夜、芸術館で水戸室内管弦楽団定演。ライスターのクラリネット、感動した。吉田館長の挨拶の後ディヴェルティメント 神品だった」。音楽がかくも美しいものか、かくも悲しいものか、そして慰藉を与えてくれるものなのか、ともあれ忘れられない演奏だった。

 でも、いつも思うのだ。この時代に大洗に住んでいて、気軽に水戸芸術館に通うことが出来る。そして珠玉の名演に触れることが出来るのは幸せなことなのだ、と。



福田 寿子

 2008年5月の第72回定期演奏会は私が水戸室内管弦楽団の演奏を聴き続けることになるきっかけとなった演奏会です。私は5月30日、指揮者なしの演奏を聴かせていただきました。2006年に初めて水戸室内管弦楽団の演奏を聴かせていただいた私は、この日が小澤征爾さんの指揮で聴く初めての演奏会になる予定でした。心待ちにしていたところ小澤征爾さんは椎間板ヘルニアによる降板。がっかりしてしまい、演奏会に行くのはやめようかと思ったりもしました。代わりの指揮者である広上さんがどういう方かも知らず、東京から水戸への電車の中で広上さんのことを調べ、少し楽しみになりホールへ向かいました。ところがホールでは【本日は指揮者なしで行います】との案内。この日はヨーロッパ公演を前にしての演奏会。ヨーロッパ公演を指揮者なしで行うことになったため日本での演奏会最終日を指揮者なしで行いますとの案内に納得はしたもののがっかりした気持ちが残りました。この時は小澤征爾さんの指揮を見たくて舞台後方の席を予約していましたが、指揮者がいないのなら席を変えていただこうかなと思うほど客席には空席も目立っていました。1曲目《コシ・ファン・トゥッテ》序曲。想像していたテンポより遅いテンポで始まった演奏を聴いて、ここから涙が止まらなくなりました。指揮者なしの演奏を素人なりに理解しての涙でした。モーツァルト:ホルン協奏曲でのバボラーク氏の吹き振りを見て涙。ベートーヴェン:交響曲4番、楽章の合間でコンサートマスターの豊嶋さんが汗を拭く姿を見ては涙。舞台後方の席からは、演奏者のみなさんがぎゅっと肩を寄せ合って音を聴き合うように演奏されているように見えてその様子にまた涙。大感動の演奏でした。演奏終了後、真っ先に立ち上がって拍手をおくる指揮者の広上さん。その広上さんの指揮でアンコールとして演奏されたグリーグの〈過ぎし春〉。ホールがはち切れてしまうのではないかと思うほどの響きを10年近くたった今も忘れることはありません。それ以来、東京から水戸へ足を運び続けています。その後、小澤征爾さんの指揮でベートーヴェンの交響曲4番を聴かせていただくことができました。

 ホールでの数時間は日常の些末なことを忘れて過ごす夢の時間です。みなさんどうかお身体を大切になさってください。奇跡の演奏をいつまでも聴かせていただけることを楽しみにしています。



益子 洋子

 100回目の定期演奏会おめでとうございます。身近な場所で毎回ぜいたくな演奏に酔いしれる喜びに感謝申し上げます。

 第99回、組曲〈ホルベアの時代より〉作品40は、コンサートマスターの豊嶋さんのあの弓をおろす間の一瞬の渾身の演奏に、熱気が客席にも伝わって素晴らしい始まりでした。第二部のマルタ・アルゲリッチさんの演奏は斜め前方席から表情がよく見え、頭でリズムをとりながら時に手があがり、細やかな音がピアノを超えた所で転がるように生まれて、吸い寄せられるようにベートーヴェンに誘うものでした。たまたまアルゲリッチさんの映画を見ていたせいか、音楽と表情の動きに引き付けるものがあって改めて“美しさ”を感じました。美しい人と言えば、亡くなった潮田益子さんが東日本大震災復興コンサートで弾いたバッハの〈シャコンヌ〉も忘れることができません。お人柄の奥床しさが弾き方にもあらわれて、こんなに静かで内省的な魂に触れる弾き方があるのだと、今も心から消えません。

 そして圧巻は、第74回のナタリー・シュトゥッツマンさんの〈スターバト・マーテル〉でした。彼女の歌う声は、母親であるマリアが、磔刑にあったわが子イエス・キリストを見上げながら悲しみに打ち拉がれた様子が目に浮かんでくるようで、魂を揺さぶられました。時が流れても永遠の悲しみというものを、ナタリーさんの息づかいは、刻々絶望に変わっていく時間をあらわしているような絶唱でした。その後私は、〈スターバト・マーテル〉ヘ短調のCDを探し求めてやっと見つけたものの、あの時、あの場所で聴けたことが宝物です。



矢野 晴美

 私にとっての思い出のMCOコンサートは、水戸市に引っ越してきてから音楽を勉強し始めて、2回目のMCOコンサートです。初めて参加した小澤征爾さん指揮のMCOは、ベートーヴェンの交響曲第5番の運命でした。その後、またぜひ聴きたいと切望して、やっとの思いで取れたチケットが、第98回定期演奏会(2017年1月13-15日)でした。この回の演奏は私の両親、家族、家族のように親しい友人と5人で聴きました。別日程で両親は演奏を聴くことができました。小澤征爾さんのベートーヴェン交響曲第1番でした。

 感動的な演奏の後、5人で一同に会しました。演奏会の興奮冷めやらぬ中、近くのレストランでフレンチの夕食会をしました。この夕食会は、両親の金婚式、私ども夫婦の結婚記念日、私の誕生日、そして水戸で友人と再会し私の家族に紹介する記念の会でした。4つのお祝いが重なり、“小澤征爾さんの人生の綾を感じました“と感想を述べる若い友人の感性にもさらに感動したひとときでした。その日の演奏会では、ちょうどバックステージ側の座席でしたので、小澤征爾さんの表情、一挙手一投足を体感できる機会となっていました。

 80歳を越えてもなお、さらに進化し成長を希望し、高みを目指す小澤征爾さんのまなざしと音に感動しました。

 水戸に住み始めて4年目になります。水戸の重厚な徳川300年の歴史を感じる日々です。弘道館、偕楽園に代表される徳川斉昭の偉大な業績とともに、水戸市の世界に誇る芸術の拠点となっている水戸芸術館で、西洋音楽の真髄に触れる機会を家族と共有できたことをとても幸せに感じております。第100回の定期演奏会で、そのおおきな区切りの会でベートーヴェンの交響曲第9番が演奏されるのは、偶然ではないように思います。今から何か特別な感じがしてとても楽しみにしております。