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オルガンの万華鏡と迷宮

美山 良夫
慶應義塾大学教授、音楽学)

2001年5月31日 リナルド・アレッサンドリーニ オルガン・リサイタル プログラム掲載)

建築家のたくらみだろうが、芸術館の エントランス・ホールは、どこか教会の内部空間を思わせる。そこにオルガンが設置されることを意識したために違いない。だがここは信仰の場ではなく、またコンサート・ホールという音楽に特化された閉鎖的な場所でもない。この、意味合いのあいまいな、浮遊した空間にオルガンが響くとき、その空間はオルガニストによって、かなり自由に、さまざまに染め上げられるであろう。オルガンは、この四半世紀あまりずいぶんと増えた。しかし、このように開かれた可能性をひめた設置例は寡聞にして他に知らない。

アレッサンドリーニの来演を知らされて、思わず胸が高鳴ったのは、彼ならどのようにこの空間を音楽で染めてみせるか興味津々であったためである。厳しく果てしなく続くポリフォニーで大伽藍をつくるのか、瞑想的な祈りの世界を現出させるのか、あるいは極彩色の豊満な音響世界に耽溺させてくれるのか。

オルガンは、ひとつひとつが異なる楽器で、本来は据え付けられる空間との調和がはかられている。ストップとよばれる音色を変える機構の多さ、それぞれのストップが実現する音色の性質、音域、鍵盤の段数など千差万別。その楽器により実現可能なことと不可能なことはむろんある。それだけに、オルガニストは、新しいオルガンに接するたびに、そのオルガンの特質をすばやく察知し理解して、演奏に臨まなくてはならない。

さらに、作品によって求める響きの世界が根本的に異なっている。たとえば、クープランなどフランス・バロックのオルガン音楽は、リード管という種類のパイプが奏でる洗練された音色のストップを多く含む楽器を前提に書かれている。楽譜を見ると、音色についての指示が細かく書き込まれている。これは、バッハのオルガン音楽にはみられない特徴である。

作品によって異なる響きの世界を、オルガニストが、どのように楽器から引き出してみせるか。これもまた、オルガンを聴く楽しみのひとつであろう。

パリのノートル・ダム大聖堂オルガニストをつとめていたピエール・コシュローは、日本でオルガンのレッスンをおこなったことがある。メシアンの曲のときであった。「(メシアンがオルガニストをしている)トリニテ教会だと、指定されたストップの音色は、このオルガンのこれとこれを組み合わせれば良い」と述べ、ストップを組み替えてみせた。すると、ドイツ製のオルガンは、たちまちフランスの豊潤な響きを奏で始めるではないか。ちょうど30年も前にもなるのだが、この強い体験は、オルガン音楽を、作曲家がその音楽を書いた楽器で一度は聴いてみたいという衝動に駆りたてた。コシュローの公開レッスンに驚いてから3年後、トリニテ教会の片隅に私は座り、ミサの最後の奏楽からそのままつづいたメシアンの即興演奏に聴き入った。それは延々20分あまりにわたるのもであったが、信者たちは皆演奏にはおかまいなしに家路につくのが、そのときは不思議に思えたものであった。

こうなると、ヨーロッパを旅するとき、各地でその国、その教会ならではのオルガンに接することが欠かせなくなる。同じことを考える人はそこそこいるようで、現地で買った音楽旅行案内には、各地の歴史的オルガン、近代の名オルガンの紹介がかなり掲載されている。スペインの古都でありエル・グレコゆかりのトレド大聖堂にある「皇帝のオルガン」の壮麗さ。おなじスペインでも、エル・エスコリアルにある2台の相対するかたちに置かれたオルガンでは、ありし日のスカルラッティとソレールの丁々発止の競演を思い浮かべさせた。北ドイツのリューベックでは「死の舞踏オルガン」がいまも健在である。

実際に訪ねたり、あるいは録音で知るにつけ、オルガンがあたかも歴史絵巻であったり、民族性を体現していると感得させられることが少なくない。オルガンという楽器を訪ねるだけでも、ヨーロッパ文化の多様さと奥の深さをのぞくような思いにとらわれるのは、私だけではあるまい。

楽器ばかりではない。演奏スタイルの変遷も大きい。手元にあるオルガンのレコードをこの機会に調べ直すと、最も古い録音は1910年代までさかのぼる。30年前後のヴィエルヌ(パリ、ノートル・ダムのオルガニスト)によるバッハ演奏は、ロマン的かつシンフォニックな壮麗さを強調したものであるし、同じ時期のフランスのオルガニスト、ヴィドールの録音もほど同様。しかしその弟子にあたるアルベルト・シュヴァイツァーの演奏は、質的な変化が聴き取れる。ちなみに彼は、「密林の聖者」ということでランバレーネ(ガボン)に病院を建設したことや神学の著作で有名で、オルガニストは余技のように思われがちだが、ヨーロッパに戻るごとにコンサート・オルガニストとして活躍していた。

その時代にまで遡らず、この10年あまりだけでも、オルガン演奏は百花繚乱。そのなかで、アレッサンドリーニは、もともとはチェンバロ奏者でありアンサンブルの指揮者として活躍してきた。教会というバックグラウンドをもって活躍しているオルガニスト、あるいはもっぱらコンサート活動中心のオルガニストが中心であったなかで、アーリー・ミュージック演奏から入ってきた第三のグループに属している。

もっともこうしたグルーピングは、ほとんど意味がないかもしれない。なぜなら同じグループに分類されるであろう人々は、それぞれに皆ことなる個性の持ち主であるからである。

今回のプログラムは、バロック時代のオルガン音楽、その多様さを開陳してくれるプログラム構成である。お国ぶりをうまく体現している作品が選ばれている。博覧強記の彼ゆえ、音楽の違いは、おそらくはっきりとした隈取りで示してくれるであろう。だが、それらの根底には、イタリアの一音楽家として、通底する何かがあるかもしれない。

ちなみにバッハの<フーガの技法>の演奏。アレッサンドリーニにとって、このバッハの抽象的な作品の演奏は、「ある意味でマドリガーレにおいて採用したのと同じスタイルでした」という。マドリガーレは、イタリアの16世紀から17世紀はじめの主に声楽アンサンブルのための作品で、演劇的な歌詞内容をもつことも多い。「これは歌詞のないマドリガーレのようで、4つのパートは、まるで4人の異なる登場人物が自然に語りあったり、問いを発しては答えたりしているのです。このやり方は、私たちが<フーガの技法>を演奏する最良の方法であると信じています。」

これは、イギリスの音楽雑誌のインタビューに答えたなかの言葉である。彼のこのアプローチは、オルガン音楽ではどのように展開してゆくのであろうか。劇場的なイマジネーションは、彼のオルガン演奏にも通底するのであろうか。「音楽は、私たちの感動の、また日々の感情の反映でなくてはなりません。音楽家という仕事は、もちろん安全な仕事ではなく、リスクの大きなものであり、チャレンジなのです」と語るアレッサンドリーニ。オルガンの、オルガン音楽の、そしてオルガン演奏の万華鏡に、彼によってまたあたらしい魅力が加わるのであろうか。

ただ、オルガンの「魅惑の森」あるいは神殿にわけいり、ときには思わぬ宝物や未知の部屋を見つけたいと願う人にとって、アレッサンドリーニは、力強いが、安全で無害なガイド役ではないであろう。たぶん。プログラムには、一見何気なくさまざまな国のオルガン音楽を並べておきながら、その底にたくらみが見え隠れするからである。彼はオルガンという大迷宮への危険な案内人になるかもしれない。玉手箱は目の前に置かれている、その箱を閉じたままにしておくことはもはやできない。 まもなく彼の演奏は始まってしまうのだから。



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