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クラシカル・ヴァイオリンのご紹介

ドミトリー・バディアロフ (ヴァイオリニスト、 ミト・デラルコ メンバー)
訳・補: 鈴木 秀美 (チェリスト、ミト・デラルコ メンバー)

さまざまな演奏のポジション
上図左:胸の上 / 上図中央:肩の上しかし顎の支えなし / 上図右:そしてモダン―顎で挟まれる


ヴァイオリンはほぼ500年ほどの歴史を持ち、ヨーロッパ音楽史のなかで最も重要な楽器の一つです。 しかし逆説的にもその過去は非常に不明瞭で、 初期のヴァイオリンの歴史はもっとも困難な研究課題として知られています。 ヴァイオリンの源流、その出所については学者の間でも意見が分かれており、 大部分の学者が北イタリアをその発祥地としているのに対し、 他の人々はポーランドとする多くの証拠を挙げています。

伝統的に、初期ヴァイオリンの歴史の研究は残存している楽器を基にするのが普通でしたが、 この方法は、博物館などに保管されている古い楽器が様々な変形を経ているものであるために、 数多くの誤解を招くことになりました。 その上、このような研究は、事実を示す文書的証拠に関する知識や興味をそれほど持たず、 『特定の結果に行き着くことにより既得権のある(ホルマン)』楽器商によってなされることが多かったのです。


最初期の歴史

現代の、何事をも標準化しようとする考え―ヴァイオリンも影響された―に反して、 最初期のヴァイオリンには規格がありませんでした。その使われ方は場所によって異なり、 その結果セットアップの形状もまちまちなのが普通でした。 (訳注:胴体そのものの形ではなく、ネックの長さ太さ、駒の高さや位置などのこと) 初期のヴァイオリンについて、私たちは絵画や印刷譜、また書物から学ぶことができます。

現在知られているなかで、ヴァイオリンを示している最初の絵画は1508‐1510年頃、 ガロファロ(Garofalo)によるもので、 イタリア、フェラーラのパラッツォ・ディ・ロドヴィコ・イル・モーロ(Palazzo di Lodovico il Moro) にあります。これはおよそ、ヴァイオリンが今のような形で現れてきたころです。 しかしヴァイオリン演奏そのものの広がりは15世紀の終わり頃にまで遡り、 おそらく1492年にユダヤ人がスペインから追放されたことと関係があるでしょう。 彼らは南フランスと北イタリアに住みかを見つけ、 さらにポーランドや南西ロシア(現ウクライナ)へと旅だっていったものと思われます。 意味深いことに、ユダヤ人はヴァイオリンなど、 楽器の演奏のヨーロッパで最も古い伝統を担っているのです。 象徴画や書物などに見られる楽器の形や構造は実にさまざまで、 ときには現在私たちが知っているものとは全く異なっています。 しかし、それらを演奏したのは職業音楽家であり、ヴァイオリンは専らプロフェッショナルな楽器でした。 1556年に、『音楽の概略』(Epithome Musical)という、 楽器を詳しく説明した最も古い本の著者フィリベール・ジャンブ・ドゥ・フェル (Philibert Jambe de Fer)は、 『(ヴァイオリンは)普通ダンスに使われ』、 『(自分たちの努力によって)それで生活している人たち以外に用いる人は僅かしかいない』と書いています。


ヴァイオリンの発達

楽器の発達はヴァイオリンが出現したそのときから始まり、 初期の状況は現代の音楽家にとって泥沼の様相を呈します。 演奏習慣の絶え間ない発展は、楽器が音楽的要求に合わせて調整されることを余儀なくしました。 そしてさまざまな要求の結果、ヴァイオリンのタイプによる明らかな違いができることになりました。 その構造は大いに、演奏者の好みや地域的事情に依りました。ヴァイオリンの発達は相互地域的なものなので、ある時期や作曲家にどのような種類の楽器がもっとも相応しいかということを結びつける規範を作ることは非常に困難です。

モダン・ヴァイオリン

一番知られているのはこのタイプですから、ここからお話を始めるのが一番簡単でしょう。 モダン・ヴァイオリンすなわち20世紀のヴァイオリンは、以下のような特徴を持っています。 つまり、ネック(棹)、指板、駒、テール・ピースなど、また楽器内部のバス・バー、ブロック、 ライニング(訳注:周辺部補強のための部品)などのパーツが大体規格的な寸法でできていることです。ネックは常に胴体にほぞを切って後ろへ傾くようにつけられ、 そのものは真っ直ぐです。高いポジションへ容易に行けるようにするため、ネックの根元から先までのスペースが一番広くなるように作られています(訳注:指板下側、親指で触れる面のこと。 図参照)。指板は常に黒檀で、その断面のアーチの形状は常に一定です。低い方の弦は金属を巻いたガットやペルロン、ナイロンなどであり、 スチールのe線は第1次と第2次大戦のあいだ頃にようやく一般的になってきました。 駒は変わることなく常に、f字孔の切り込みの間に置かれおり、各弦の反応は均等です。

*図はモダン・ヴァイオリン。ネックは最大限の長さを持ち、後ろへ傾いている。
バロック・ヴァイオリン

16-18世紀のヴァイオリンには、どの部分にも標準の規格というものがありませんでした。 指板の長さ、駒の位置やデザインなどは、その地方のピッチや奏者の技量に依っていたのです。 指板が黒檀の一枚板で作られることは決してなく、バロック・ヴァイオリンの多くは、 その内部にブロックやライニングを(周辺部補強のための部品)を持っていませんでした。 バス・バーのように重要な部品でさえ、16-17世紀のヴァイオリンにはしばしばありませんでした。 世紀の変わり目あたりからバス・バーが使われ始めたと仮定されていますが、 どこで、また誰によってということを明言するのは困難です。 ネックには細いものも太いものもあり、普通楽器の胴体から真っ直ぐなライン上に、 内部のブロックがあれば釘でそれに止められ、あるいはただ表板と裏板の間ににかわで固定されていました。 駒には想像できる限りのデザインがあり、指板にしたがってかなり平らでした。
およそ1750年頃まで、ヴァイオリンのすべての弦は『裸』ガットで、 チェロやベースの最低弦には17世紀の終わり頃から巻き線が導入されました。このような弦の反応は一様ではありません。最上弦がもっとも演奏しやすく、ゆえに17世紀の音楽の殆どはそれのために書かれているのです。 作曲家が低い弦のために書いたときは、特別な響きの効果を意味していました。 それは実際よりもずっと低く感じられ、忘れられない、実に効果的なものなのです!
バロック初期に拡張されたヴァイオリン・テクニックは、楽器を胸よりは肩で支えることを決定付けました。 その姿勢が左手の自由を最大限に引き出せるからです。 結果的として、ネックの設計と駒の場所が影響を受けることになりました。 肩で支える楽器は、ネックが細く駒の位置が高い(現代の位置)方が扱いやすいのです。 しかし研究では、両タイプの姿勢とそれに従ったセットアップをバロック時代に見ることができます。

*図は典型的バロック・ヴァイオリンの一つ。駒はf字孔の刻み目以外の場所にあり得、ネックは太く楽器から真っ直ぐに付けられる。



クラシカル・ヴァイオリン

クラシカル時代のヴァイオリンは、いうまでもなくバロックの前身のなかから現れてきます。 18世紀末頃になると大抵のヴァイオリンはブロックとライニングを持ち、 横板が裏板にほぞを切って入れられることもなくなり、 バス・バーもありました。
バロックの衰退から初期クラシックの時期の音楽美学的要求は、 ヴァイオリンを肩の上で支えることを確かなものとしましたが、 いくらかの『村のヴァイオリン弾き』たちがなお、胸に当てて弾いていたかもしれません。

一般的に、クラシカル楽器のネックはバロックのそれよりも細く、付け根の部分(訳注:楽器に接着している部分)も小さくなっています。このようなネックは左手をもっと自由にしました。これは、武骨でカーヴの短いバロックのものとも、モダンのネックとも同じぐらい異なっています。クラシックのネックはモダンのものよりはがっしりとしているのです。これは、モダンのネックよりも、スタイルに合った古い左手のテクニックを用いるのに適しているのです。  ヴァイオリンのネックは、もともと現在のように後ろに傾いてはいませんでした。傾斜の習慣は18世紀の末に、北ヨーロッパの国々、フランスやドイツで始められました。しかしながら、1772年の遅きにいたってA.バガテッラ(Bagatella)が著したヴァイオリン製作についての知られている最初の書物では、ネックは(訳注:楽器に対して)真っ直ぐにセットされるべきだといっています。  より高くなった弦の張力のためにネックの傾斜は作られたというのが、一般的に信じられ支持されてきた意見の一つです。しかしながら、弦の歴史の研究は、ネックの根元をより細くしたいために傾斜が導入されてきたことを示しています。

*図はクラシカル・ヴァイオリンのあり得る一つのタイプ。ネックはしばしば、しかし僅かに後ろへ傾けられ、バロックのものよりは細く作られる。






弦は明らかに最も大きな影響を音色に与えるものです。 この分野の最近の研究は、一般的に昔の弦―全て裸ガット―が現在用いられているものよりずっと太かったことを示しています。 金属巻きのチェロのC線は17世紀の終わり頃に取り入れられましたが、 18世紀の中頃まで、巻き線のG線はヴァイオリンに取り入れられませんでした。 クラシカル時代のヴァイオリンは全てハイ・トウィスト(high twist)という、 極端に多く捩った(よじった)裸ガット弦と、金属を巻いたG線です。 そのこととは別に、L.モーツァルトが規定しているように全ての弦は均等な張力であるべきです。 これは、予想に反してモダンよりもかなり高いテンションを楽器にもたらします。

18世紀の終わり頃の弦は、16、7世紀、そして18世紀の始め頃よりも全般的に細くなりました。 これは低弦の反応を良くし音に輝きを与えましたが、反面全ての弦の音色を画一的なものとしました。


プログラムの中では説明しきれない多くの問題について

今までに説明した違いの他に、さまざまなタイプのバス・バー、楽器の板の様々な分厚さ、 18世紀末に導入されたほぞ穴を入れたネック、駒の位置などのことがあります。

バスバーの研究などの課題は、証拠となるものがないので困難を極めます。 一般的には、バロックのバス・バーはモダンのそれよりも細く短く、 そしてクラシックのものはモダンに近いと信じられています。 これは想像可能な状況ですが、おそらく実際はいろいろなものが存在したのでしょう。 バガテッラやオットーなど、クラシックからロマン派時代の資料はバス・バーに関してかなり正確な情報を与えてくれますが、 それらは、バス・バーが19世紀になってもまだとても細く短いものだったかもしれないことを裏付けています。 楽器の変遷に関するもっとも重要な歴史的資料は、 サラブーエ伯爵(Cosimo di Salabue)関係の文献に見られます。


楽器の選択

ルネッサンスやバロック、クラシックなど、どのタイプのヴァイオリンもそれぞれ固有の特質を持っています。 それらはみな、音響美学的に、また演奏技術や表現の尺度などにおいて異なっているのです。 様式的により相応しい楽器を用いて音楽することは、過ぎ去った社会の思想や感覚の豊潤な世界に身を沈めるかのような錯覚を引き起こし、 神秘的にも、それが私たち自身の経験と素晴らしく調和するのです。

聴衆の皆様が、ハイドンやモーツァルトのクァルテットなどの熟知された曲のなかから、聴き慣れない、 しかし親密な何かを見つけてくださるならば、 それは私たち『ミト・デラルコ』の無上の喜びでありましょう。


この原稿を翻訳してくれた同僚、鈴木秀美さんにお礼を申し上げます。


(イラストもすべて、ドミトリー・バディアロフ)



Baroque Violin and Viola da braccio research & reconstruction site by Dmitry Badiarov
http://www.violadabraccio.com/



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