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早島万紀子さんインタビュー/
2003年 9月29日(月)早島万紀子オルガン・リサイタル
「オルガンの向こうには未知への扉が開かれているような感覚をもっています」
パリ時代
-- 早島さんは、およそ12年半の間、パリを中心に活動されていたそうですが。
早島: そうです。東京芸術大学のオルガン科を1977年に卒業して、すぐにパリに渡りました。
89年に一度帰国したのですが、90年には再びフランスに行っています。
本格的に日本にいるようになったのは、91年からです。
新宿文化センターのオルガンの設置に立ち会うことになったり、東京芸術大学で、ロジェ氏の退官に伴い、とてもそのような偉い方の後を埋めることはできるとは思っていませんでしたが、フランス・オルガン音楽の講座を代わって担当することになったのが、契機になっています。
-- パリにご滞在されていた頃のお話しを少しお聞かせください。
早島: 当時、芸大にはまだ、せまい練習室にしかオルガンはなく、パリに行って、はじめて大きなオルガンに触れることができました。
シャピュイ先生のクラスでは、サン・セヴラン教会の大オルガンで授業もやっていたし、練習もさせてくれました。
とにかく、最初の頃は、教会でたったひとりでオルガンに向き合うのは、おそろしいことでした。
夜など、練習中に突然鳥が「パタパタパタ」と飛ぶ音がしたりするだけで、びっくりしていました。
しかも教会というのは、誰もいなくても、聖なる何かが宿っている場所ですよね。
神聖で、恐ろしくて、美しくて...... 。オルガンのパイプも、鍵盤も、すべてのものが大きく見えて、そして自分がどうしようもなくちっぽけに見えました。
オルガンの向こうには、未知への扉が開かれているような、喜びともつかない、言葉にあらわせないような感覚をいつも持ちながら、オルガンに接していました。
それは、なにか私にとっての原体験のようなものだったのではないかと思います。
今でもその時のショックから立ち直れていないような気がします。
まだ、旅の途中、暗闇の中を歩いているような気がするのです。
ステンドグラスの光がパイプに当たっていたり、その伴奏でグレゴリオ聖歌が歌われていたりするのを目の当たりにすると、そのオルガンに接するには、何もおろそかにできないと強く感じていました。
ですから、事前に、ピアノで練習をするなどして、曲が仕上がった状態で、いつもオルガンに臨むようにしていました。
-- お話しを伺っていると、早島さんがオルガンに込めた想いというのは、キリスト教というある特定の宗教というものを超えて、さらに広がっていくものであるように感じるのですが。
早島: そうですね。キリスト教に限らず、大いなるもの、超越的な存在を見つめる眼差しというものが、オルガン音楽にはあるのではないでしょうか。そもそもオルガンという楽器は、キリスト教の成立以前からこの世に存在していたのですから。日常の中に非日常が入り込んでくる、その扉を開けるのが、音楽家の務めなのではないかと思っています。
フランス・オルガン音楽の魅力
-- 音色の美しさというのが、フランス・オルガン音楽の魅力の大きな要素であると思うのですが、早島さんからみたフランス・オルガン音楽の魅力についてお話しください。
早島: 音色の美しさといえば、たとえばドイツのオルガン音楽でも言えることでしょう。
フランスのオルガン曲の凄さは、その組み合わせの妙味なのではないでしょうか。
よく引き合いに出されるのがフランス料理です。
古い時代から今日に至るまで、フランスの作曲家たちは、あたかも料理のレシピのように、音色の組み合わせ方の詳細を楽譜に書いているのです。
グリニやクープランなどの古典作品では、例えば<グラン・ジュ>や<プラン・ジュ>といった、音色の組み合わせ方そのものが、曲の題名にもなっています。
そうした組み合わせの妙技によって、音色というのは無限にひろがり、様々な味覚が存在するように、多様で、色彩豊かなひびきをかもし出します。
フランスのオルガンはその倍音構造などを見ても、とてもシンプルで合理的なものなのですが、そうした合理性と人間の持っている感覚が結びついたのがフランスのオルガン音楽です。
その対比は、「数理的/感性的」、「揺らがないもの/揺らぐもの」という言葉に置き換えても良いかも知れません。
フランスのオルガン音楽は、両者の幸せなまでの結婚と言えるでしょう。
ですから宗教音楽であっても、非常に官能的な側面を感じることがしばしばあります。
フランス人は、超自然的なものが好きですね。人工的なものと自然に帰ろうとするもの、それらの狭間に、超自然的なものを見て取ろうとしているような気がします。
それがフラン人のエスプリと言われているものなのかもしれません。
また、少し話しがそれてしまうかもしれませんが、フランス語でオルガンは男性、女性どちらの名詞だと思いますか?
中性というのはフランス語にはありません。実は、単数では男性、複数では女性への変化してしまうへんてこな名詞で、フランス語の数多くある名詞のうちたった3つしかありません。
そのひとつが「Orgue(オルガン)」です。ちなみにあとの2つは、「amour(愛)」と「delice(至上の喜び)」なのです!!!
プログラム
-- 今回のプログラムは、フランスのオルガン音楽の変遷を辿るかのように、古典期のグリニの作品にはじまり、現代作曲家フローレンツの作品にまで至ります。
それぞれの作品について、簡単にコメントをお願いします。
グリニ:オルガン曲集より
早島: グリニは今年没後300年を迎える作曲家です。
J.S.バッハと同じくらい、フランスでは高く評価されています。
フランスの黄金期を飾った巨匠に敬意を表しつつ、演奏をしたいと思います。
-- フランスの古典期のオルガン曲というのは、わが国では、かつてはあまり演奏されていなかったような気がしますが。
早島: 10年位前から、日本に多くフランス製のオルガンが、設置されるようになりました。
それと連動するかのように、クレランボーやクープランやグリニなどの作品が取り上げられる機会が増え、現在ではこれらの作品の演奏は、当り前のように行なわれています。
10年前には考えられなかったことですね。
フランク:カンタービレ
早島: フランスの音楽は、他の地域の影響を受けながら発展してきました。
それはフランスに限らず、あらゆる文化に対して言えることかもしれませんが、とりわけフランスはそうした異質なものを受容し、自らの文化を豊かにしていくことに、寛容で積極的な姿勢をもっているように考えられます。
その典型とも言えるのがフランクです。フランクは、ゲルマン人ですが、フランスに帰化した作曲家で、フランス近代オルガン音楽の創始者のように言われています。
フランク作品の演奏では、そうした文化の受容というところを追っていきたいとも思っています。
ヴィエルヌ:<幻想小曲集>より
早島: ヴィエルヌと言えば、<オルガン交響曲>はよく演奏されますが、この作品の演奏機会はあまり多くありません。
しかし、オルガン音楽において、もっとも「印象主義」と呼ぶに相応しいのが、この作品ではないかと思っています。
そうしたフランスならではのひびきをオルガンで追及した、優れた作品を、今回取り上げようと思いました。
また、この作品は教会での典礼のことを考えずに、純粋に音楽会での演奏のために書かれたのではと思います。
たとえば、曲集の中に「物の怪」というタイトルの曲がありますが、そんな名前の曲は教会に相応しいわけはなく、実際楽譜には「コンサートのみ」という指示があります。
ちなみに、ヴィエルヌは、幸せにも望み通り、ノートルダム・大聖堂でオルガンを弾いている途中で息を引き取ったのだそうです。
日本でいう「大正ロマン」とも重なりそうな、フランスの「ベル・エポック」の甘美な香りに溢れた作品を楽しんでいただきたいと思います。
デュリュフレ:アランの名による前奏曲とフーガ
早島: デュリュフレという作曲家は、カトリックの教会で歌われ続けている旋法和声の洗練の限りを尽くした人です。
この作曲家の色彩というのは、ほんとうにフランス人らしいものです。
デュリュフレは、サンテティエンヌ-デュ-モン教会のオルガニストを務めていました。
この教会は、その佇まいがとても美しいのです。
炎のような形の装飾が印象的なフランボアイヤン様式(*1)による建築物で、内部はアラベスク文様(*2)の装飾が施されています。
白い石と水色のステンドグラスの柔らかな光が印象的です。
私は、初めて訪れた時、扉をあけたとたんに、デュリュフレの<レクイエム>が流れているような気がしました。
そして、デュリュフレは、この教会の中で生まれるべくして生まれた、あたりまえの音楽を書いたのだと思ったのです。
それほどデュリュフレの音とサンテティエンヌ-デュ-モン教会の色彩には一体感を覚えました。
<アランの名による前奏曲とフーガ>は1940年代の作品で、亡き作曲家ジュアン・アランのことを想い、彼の名前から音型を作り、その主題がまさにアラベスク文様のごとく散りばめられているのです。
私がサンテティエンヌ-デュ-モン教会で接したようなアラベスク文様を、皆さんにイメージしていただくような演奏ができればと思っています。
(*1) フランボアイヤン様式:15世紀から16世紀の後期フランス・ゴシック様式。窓などの装飾が、火炎の燃え上がるような形状であることが特徴的。
(*2)アラベスク:フランス語で「アラビア風」の意味。優美な渦巻き曲線が直線や放射状の星形文様とリズミカルに錯綜する、シンメトリカルな装飾文様・蔦草文様を指すことが多い。
メシアン:<聖霊降臨祭のミサ>より
早島: この曲が書かれたのは1950年代で、メシアンの代表的な作品のひとつです。
メシアンは作曲家である前に、オルガニストとしてトリニテ教会などで毎日オルガンを演奏し、神に奉仕していました。
メシアン級のオルガニストになると、ミサの奏楽は即興でやっていたそうです。
そして、この作品は、その即興の集大成と言われています。
この曲では、メシアンの大きな特徴のひとつである、色々な鳥の声が登場します。
かつて私は、20年ほど前、友人のオルガニストのミサの奏楽を手伝いに、パリの18区の教会に行ったことがあります。
そこは、小さなカヴァイエ・コル・オルガンが置いてある小さな教会だったのですが、そこにメシアンさんと奥さんでピアニストのイヴォンヌ・ロリオさんが礼拝に来ていたのです。
わたしは、おふたりの姿を見て、とても感動しました。
おそらくそこが、彼らの近所の教会だったのでしょう。
メシアンにとって、トリニテ教会の大オルガンを弾く時だけが、教会を訪れる機会というのではなく、普段からこうして教会に足を運んでいたんですね。
フローレンツ:<ロード>(エチオピア教会・朝のミサのための7つの小品)
早島: この作品は、ダニエル・ビルストというオルガン・ビルダーがフランス南西部の教会に新しいオルガンを作り、そのお披露目の際に委嘱されたものです。
ビルストはスペインとも縁が深く、この新しいオルガンは、そうしたスペインの音が随分取り入れられたユニークなものでした。
実は、フローレンツは当初、このオルガンのためだけに、<ロード>を書きました。
これはある意味フローレンツが、フランスのオルガン音楽を作る上での伝統を守り通している証しでもあるような気がします。
つまり、彼の音楽は、真の意味で音色や響の具体性をもち続けているのです。
具体的な音色というのは、言ってみれば音楽の肉体です。
それと観念的な世界を一体化させようとするフランスの伝統を、彼は今なお探究しているのです。
ちなみに、<ロード>は、第2版でどこのオルガンでも演奏出来るように、改訂されています(笑)。
フローレンツは、アラビア文学の研究者でもあり、自然科学者でもあります。
また、動物の鳴き声やアフリカ先住民の歌などの調査を行なっています。
そして彼は、自然の中の倍音構造に興味をもっていて、この曲の中にも、面白い倍音の扱い方が見受けられます。
たとえば、音色を決定する基音抜きで倍音管の組み合わせだけで演奏するという手法は、メシアンで試み始められていましたが、フローレンツはそれを更に拡張しています。
アラン、メシアン、ドビュッシー、フォーレなど、近代以降百花繚乱のフランス音楽のすべてを糧にして、しかし誰にも似ていない音楽を作る -- それがフローレンツという作曲家なのだと思います。
<ロード>は、フローレンツが書いた聖母マリアに捧げる3部作の真ん中に位置する作品です。
3部作の中で、聖母マリアの生涯の色々な部分が表現されています。
最初の作品は、<テノールと混声合唱とオーケストラのためのオラトリオ>で、マリアの喜びの神秘を題材としています。
3作目は<聖母のレクイエム>と題されたオペラで、ソプラノ、テノール、バリトン、児童合唱、混声合唱とオーケストラのために書かれた作品で、マリアの栄光の神秘を題材にしています。
そして、2作目にあたる<ロード>には、マリアの苦しみと悲しみの神秘が充てられています。
エチオピアの大地に根付いた、単なる雰囲気では終わらない、祈りの深い意味が表現されている作品です。
アフリカの楽器を模倣した表現に加え、この曲には弔鐘が多く出てきます。
先ほども言ったように<ロード>は、マリアの嘆き、苦しみをテーマにしていますが、作曲家は当時起こったエチオピアの紛争を重ね合わせていたようです。
現代の紛争を嘆く聖母マリアを描こうという想いがあったのではないでしょうか。
-- 最後に、水戸の聴衆に向けてメッセージをお願いします。
早島: 音楽をひびきの中で充分に楽しんでいただきたいと思います。是非、「オルガン浴」をしてください!「森林浴」とか「温泉浴」とかと同じように「オルガン浴」です(笑)。オルガンの色々な音をお聴かせできるプログラムです。お楽しみに!!
聞き手:中村 晃(水戸芸術館音楽部門学芸員)
2003年 9月29日(月) 「早島万紀子オルガンリサイタル」情報はこちらです。
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