水戸芸術館は水戸市制100周年を記念するための施設として生まれました。
水戸というところは、18世紀に水戸学をおこし、
明治22年(1889年)に日本で1番早く市制をとったまちです。
そのまちがそれから100年を経て、こんどは音楽、演劇、美術のための総合的な施設をつくり、
創意に満ちた芸術活動を通じて、水戸市民の精神面での充実に役立ちたいという考えで出発しました。
(これは前市長佐川一信さんのすばらしいアイデアでした。)
その芸術館の出発に当たって運営を任された私は、100年といえば、
日本が西洋の音楽の構造と精神とをとりいれ消化しながら、
従来の日本音楽の基盤の上に、新しい音楽を創り出して、世界に向かって発言しようとして、
さまざまな試行錯誤を重ねながらも、渾身の努力をしてきた期間に当たるわけだから、
水戸芸術館の仕事としては、その経過を集約的で具体的な形で示すものとして、
室内管弦楽団をつくったらどうかと考えたのでした。
この100年の間に、日本からは、世界各地に出かけていって、あるいは独奏家として、
あるいは室内合奏団や交響楽団のメンバ−として、あるいは内外の音楽大学その他の教育施設の教師、
研究員として、めざましい活躍をしている音楽家たちがたくさん出てきています。
その人たちの中から選りすぐって、室内管弦楽団をつくったら、
いったいどんな音楽が響くことになるのか?
これは、私としては、半分本気、半分は夢のようなものでしかない着想でした。
それをある日、小澤征爾さんに話したところ、彼は即座に理解してくれただけでなく、
乗り気になって、全身的積極的協力を惜しまないといってくれました。
そうして、いままでに独奏だけでなく合奏の経験もつんだ、今脂ののりざかりの実力者を、
一人一人慎重に吟味しながらメンバ−に選んでくれました。
楽団の運営は、小澤さんを音楽顧問とする一方、
メンバ−の自発性と合意を尊重しながら進めるという方針で行われる。
年間で春と秋とで4回(それぞれ2日)、
つまり4プログラム8公演の定期演奏会を開くことを基準とする。
その中で、現在までのところでは小澤さんの指揮の演奏会、外部から招いた指揮者によるもの、
ソリストの出演する演奏会、
メンバ−だけによるもので独奏者が必要なときはメンバ−の中から出すのが原則の演奏会と、
全部で4種類の公演を行ってきました。
春と秋のそれぞれ2演目4日の定期演奏会のたびに、
出演者は水戸に一週間滞在してリハ−サルに専心するという状況が、
芸術館創立以来今日まで続けられています。
演奏会の会場は水戸芸術館のコンサ−トホ−ルATMです。
これは水戸芸術館の活動の三本の柱、現代美術センター、ACM劇場とならんで、
磯崎新さんの斬新卓抜な設計に基づいて建てられたもので、
室内管弦楽から室内楽一般の演奏会場として打ってつけの空間となっていて、
演奏者も聴衆も、ここに集って、幸福な一刻を過ごすことができるようになっています。
私は、このホ−ルで室内管弦楽団をはじめとする多種多様な音楽を味わうたびに、
この施設の関係者というだけでなく、芸術を愛し音楽を愛するものとしての幸福をしみじみ思い、
また、はしなくも水戸というまちにゆかりを持った人間の一人としての運命の不思議な導きに思いをめぐらすことがしばしばあります。
水戸室内管弦楽団の評判を聞いた人たちから、
「どうして東京や何かでも演奏を聴けるようにしないのか?」と聞かれることがよくありました。
そのたびに私は「当分は水戸でしか聴けない団体です。
聴きたかったら、どうぞ水戸まで来て下さい。
水戸芸術館は、その建て物を見ただけでも感心するような出来のいい建造物になっていますし、
水戸室内管弦楽団の演奏の醍醐味は、
その芸術館の中のコンサ−トホ−ルで聴いてこそ100%味わえるのですから。」と返事してまいりました。
そんなわけで、水戸室内管弦楽団は発足以来、
水戸芸術館のコンサ−トホ−ルATMでのみ演奏してきたのですが、
94年にマ−ラ−とシュ−ベルトの曲による最初のCDが発売されました。
これが幸い予想以上の好評に迎えられたためか、引き続いて96年5月には小澤征爾指揮による、
ビゼ−の交響曲第1番、ラヴェル作曲の『マ・メ−ル・ロワ』を入れたCDが出、
また10月にはルドルフ・バルシャイがショスタコ−ヴィチの弦楽四重奏を室内楽に編曲したもの3曲をバルシャイ自身の指揮によって録音したもの
−−−以上の3枚はどれも水戸室内管弦楽団の定期演奏会での実演をもとにしたライヴ・レコ−ディングです。
−−−などが次々と発売されるようになるという状況になりました。それと平行して、外部からの出演の要請も、
これまで以上に強くなった結果、1996年の春には大阪のフェスティバルホ−ルで、
また秋には東京のサントリ−ホ−ルに出演するというところまで、活動の範囲が拡がってきました。
これまで理想的なアク−スティックにめぐまれ、それにあわせてもっともよい響きを得るよう努めてきた演奏家たち。
また、その響きに育まれた耳をもって精妙な音楽をきくことになれてきた聴衆。
それをいったん離れて、違った条件の下で演奏をすることになった水戸室内管弦楽団が、
これまでと違った習慣を持つ聴衆と対面して、どういうことになるのでしょうか。
それにしても、はじめに書いたように、これは私の半分は本気、
半分は夢のような望みから生まれた事態です。
現在までの水戸室内管弦楽団の演奏の実体についても、
私としては、当初予想したとおりの高い水準から出発できたという喜びとともに、
聴いている間、「いい演奏だ」「おもしろい演奏だ」「正確緻密なアンサンブルですごく迫力がある」
というだけでなく、その上なお、聴いた後になっても、
「柔らかな響きに包まれた夢のような気持ち」とでもいったものが、
いつまでも残るような演奏になったらどんなにいいだろうと夢想しているのです。
1996年10月
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