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ミト・デラルコ第3回演奏会

プログラム・ノート/モーツァルトの弦楽四重奏曲



「あの子は、あんまり退屈なので四重奏曲を書いています... 。」これは、ヴォルフガング・アマデーウス・モーツァルト(1756-1791)の父レーオポルドが、1772年10月28日、息子とのイタリア旅行の折りに書いた手紙の一節です。 この「四重奏曲」とは現在 <ミラノ四重奏曲集> の名で知られる6曲のセット(K.155-K.160)のひとつ。 16歳のモーツァルトはミラノ宮廷から依頼された自作オペラ <ルーチョ・シッラ> の作曲と上演の合間をぬって、かの地でこれらの四重奏曲を作曲したのでした。 6曲のスタイルはさまざまで、サンマルティーニらイタリアの作曲家の影響を感じさせもしますが、彼にしか思いつかないような旋律がそこかしこにあふれ、緩徐楽章からは繊細な感情のゆらぎが立ち昇ります。 これらは、同じくイタリアで14歳のときに書かれた弦楽四重奏曲K.80(73f)と共に、初期モーツァルト室内楽の忘れられない美しいページだと言えるでしょう。

しかしやがてモーツァルトにとって弦楽四重奏は、「退屈なので」書くどころのものではなくなってゆきます。 先輩ハイドンの偉大な弦楽四重奏曲を知ってしまったからです。 今日「ミト・デラルコ」が演奏する3曲には、ハイドンの四重奏曲から受けた衝撃とその克服、さらにその先に行こうとしたモーツァルトの足どりが記されています。



弦楽四重奏曲 第13番 ニ短調 K.173( <ウィーン四重奏曲集> から)

1773年の <ウィーン四重奏曲集>(K.168-173)は、ハイドンの作品9、17、20のそれぞれ6曲からなる弦楽四重奏曲集(1770年-72年作曲)からの直接的な影響を受けています。 <ミラノ四重奏曲集> の6曲がイタリア風の3楽章であったのに対し、こちらはすべて4楽章。 その構成は、急速楽章で外枠をつくり、中間の2楽章には緩徐楽章とメヌエットを順不同で配するというもの。 第1楽章は5曲までがソナタ形式で書かれ(K.170のみ変奏曲形式)、主題を展開部で緻密に処理してゆくことが重視されている... という具合に、構築的なハイドンの四重奏曲から学んだ数々の要素がモーツァルトの四重奏曲をすっかり違う顔つきに変えてしまいました(また6曲の配列はヘ長調から3度ずつ調が上がってゆくというもので、曲集の統一感が高められています)。 ときどきその影響が未消化なまま現れていたり、イタリア風の四重奏曲に回帰しているような作品もありますが、明らかにここでのモーツァルトは、ハイドンが拓いた新しい世界を、熱心に追いかけています。

本日演奏されるK.173は 鈴木秀美が述べているように、当時流行のシュトルム・ウント・ドラング(疾風怒濤)の気風をト短調交響曲K.183(11月に水戸芸術館でピノック指揮水戸室内管弦楽団が演奏予定)などと共に強く受けた作品です。

第1楽章 アレグロ・マ・モルト・モデラート ニ短調 2/2拍子 ソナタ形式。 第1ヴァイオリンの下行する音型ではじまる第1主題から、ただならぬ気配が漂います。 やがてチェロの8分音符による同音反復が不気味に響き、それは全パートに伝播してトゥッティ(全合奏)で連打されます。 このモティーフが展開部からコーダまで楽章のあちこちに現れ、曲の不安感を高めています。

第2楽章 アンダンティーノ・グラツィオーソ ニ長調 2/4拍子。 緩徐楽章ですが、2/4拍子の古い舞曲ガヴォットの名残をとどめています。 冒頭で繰り返される主題が5回くりかえされ、その間に別のエピソードが挟まれてゆく、というロンドの形式。 3連符の気ぜわしい動きが印象的。

第3楽章 メヌエット ニ短調 3/4拍子。穏やかな第2楽章のあとに、アクセントの強いメヌエットが続きます。 主部の主題は第1楽章の第1主題と、トリオの3連符は第2楽章と、それぞれ関連があります。

第4楽章 アレグロ ニ短調 4/4拍子。チェロが奏でる半音階進行の主題で始まるフーガ。 終楽章にフーガを用いるアイディアはハイドンの作品20をはじめとする当時流行の作法にならったもの(ちなみにK.168の終楽章もフーガ)。 83小節の初期稿も存在し、モーツァルトが苦心して書いたことが推測されます。



弦楽四重奏曲 第18番 イ長調 K.464(<ハイドン四重奏曲集>から)

<ウィーン四重奏曲集> から10年、ふたたびハイドンとモーツァルトの間に弦楽四重奏曲を通じての創造的交流が生まれました。 作品20から10年ぶりに発表した弦楽四重奏曲集・作品33を通じて、ハイドンは彼自身の言によれば「まったく新しい」四重奏の姿を世に問うたのです(ミト・デラルコ第1回演奏会ではこの曲集から第1番が演奏されました)。 簡明で親しみやすく、かつ四つの声部が精緻に対話をかわす... モーツァルトがこれに刺激を受けないはずがありません。 82年から今度は3年かけて6曲の四重奏曲を書き上げ、尊敬する先輩に献呈しました。 これを聴いたハイドンが父レーオポルドに「あなたの息子さんは私が名実ともに知るもっとも偉大な作曲家です」と激賞の言葉を贈った話は有名です。

さて、「長くつらい労苦」(モーツァルトの言)が傾注されたこの曲集 -- たくさんの未完の断片が残されています--の複雑さ、奥の深さをここで論じることなどとても不可能です。 今日は演奏曲であるK.464に話をしぼりましょう。今後他の曲も、ミト・デラルコの演奏会に必ず登場するはずですから... 。 なおベートーヴェンは非常にこの作品が好きで、曲を筆写したり、ツェルニーに「これぞ作品というものだ」と述べたりしています。

第1楽章 アレグロ イ長調 3/4拍子 ソナタ形式。
優美に始まる第1主題。しかしそれは冒頭たった4小節のフレーズから導き出されたもの。 第2主題も第1主題から誕生したもの、さらに各楽章の主題同士関連しあっている、という具合にモーツァルトはここで(ハイドンのように!)限定された素材から豊かな音楽を生み出すことに力を注いでいます。 ダイナミクスと和声の微妙な変化も聴きのがせません。 展開部の対位法的展開もみごとですし、ハイドン流「偽の再現部」の遊びがあります。

第2楽章 メヌエット イ長調 3/4拍子。
第1楽章を主題的にも気分の上でも引き継いだ、対位法的で緊張感の高いメヌエット。

第3楽章 アンダンテ ニ長調 2/4拍子 変奏曲形式。雄大な変奏曲。
モーツァルトは各変奏の順序をどうするか、かなり悩んだようです。 主題に続くのは、第1ヴァイオリンの装飾豊かな第1変奏、第2ヴァイオリンが主題の周りを美しく舞う第2変奏、各声部が歌いかわす第3変奏、短調の第4変奏、対位法的な第5変奏、そしてチェロのギャロップのようなリズムが印象的な第6変奏を経てコーダへ。

第4楽章 アレグロ・ノン・トロッポ 4/4拍子 ソナタ形式。
フーガを取り入れたソナタ形式。同じフーガとはいえ、K.173のやや直線的なフーガと比べると、きわめて複雑な処理がなされています(この楽章の前に、モーツァルトは一度170小節もの初期稿を書いて破棄しています)。 モーツァルトの音楽がもともと持っている、横へ横へとすべるように流れていく旋律の魅力が、対位法によって奥行きと立体感を与えられている...そこに〈ハイドン四重奏曲集〉の底知れぬ深さがあります。



弦楽四重奏曲 第22番 変ロ長調 K.589(<プロイセン王四重奏曲集>から)

最晩年の <プロイセン王四重奏曲集> の第2曲。
作曲状況及びチェロ重視の特徴については鈴木秀美の論にゆずりますが、この曲集に関する評価は論者の間でも一定しない感があります。 各楽章の音楽的方向性がさまざま、チェロのソリスティックな扱いはなぜか楽章を追うごとに減っていく、所々に謎めいた部分がある(第3曲の異常に激した終楽章など)...等々。 <ハイドン四重奏曲集>の後の四重奏曲なのに、あの密度の高さをあえて捨てたかのように歌への指向が強いところから、第1番と第2番は若い頃の作曲素材を再利用したのではないか、という説すら出されたほど。 中断された6曲のセットの計画を通じ、彼はどのような新しい世界を目指していたのか。 それともこれは20世紀のフランスの作家モーリヤック言うところの、モーツァルト晩年の「それは嘆きであるが、しかしもはや人間たちには訴えてはおらず(中略)神に対してしかありえない嘆き(高橋英郎訳)」なのか...それは耳を傾ける私たちに残された永遠の謎なのでしょう。

第1楽章 アレグロ 変ロ長調 3/4拍子 ソナタ形式。
<ハイドン四重奏曲集>の後で聴くと、そのテクスチュアの不思議な透明感が際立つ楽章。 第2主題などでチェロが大活躍します。

第2楽章 ラルゲット 変ホ長調 2/2拍子 展開部のないソナタ形式。
「ソット・ヴォーチェ」と指定されたチェロが憧憬に満ちた主題を歌い、第1ヴァイオリンがそれを表情豊かに引き継いでゆきます。 後半に入る直前にチェロのカデンツァ。

第3楽章 メヌエット(モデラート) 3/4拍子 変ロ長調。
強弱の対比が効果的な主部も印象深いのですが、大規模なトリオに注目です。 後半の冒頭に現れる不安な和声とフェルマータのついた全休止の断絶が、奇妙に印象に残ります。

第4楽章 アレグロ・アッサイ 変ロ長調 6/8拍子 ロンド風ソナタ形式(後半部のくり返しはなし)。
ハイドン的な愉悦があふれる楽章。しかしここでもさりげなくあちこちに対位法の網目が張られています。 展開部の途中で短調に転じた第1ヴァイオリンから立ち昇る3連符のデモーニッシュな表情に注目。


矢沢孝樹(水戸芸術館音楽部門主任学芸員)



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