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『琉球芸能』を楽しむためのキーワード集
−読んだあなたは、きっと琉球舞踊の虜になる!?−
端踊(はおどり)と組踊(くみおどり)
琉球王朝の宮廷芸能として成立した古典舞踊は大きく「端踊(はおどり)」と「組踊(くみおどり)」に分類することができます。
「端踊」はさらに、「老人踊」、元服前の士族による「若衆踊(わかしゅおどり)」、元服した青年男子の「二才踊(にさいおどり)」、「女踊」に分けられます。
「端踊」が純粋な舞踊の形態をもつのに対して、「組踊」は、せりふを中心に歌と踊りで物語の筋をはこぶ沖縄独特の楽劇です。
これら琉球の古典舞踊について、画家の故岡本太郎氏は自著『沖縄文化論』(中公文庫)の中で、
その魅力を次のように語っています。「…(琉球の古典舞踊には)悲しんで見せたり、喜んでみせたり、押しつけがましい表情、そういう卑賎な説明的手段はない。
この絶対感こそ舞踊の本質である。ここには充実した感動だけがうごいている。それがたまたま見るものに歓びとして現われ、悲しみとして打ってくるだけだ。
その点、能の感動に近いともいえる。だがあの重さはない。
そのなまめかしさは開ききって、能のような殺した色気ではない。」
雑踊(ぞうおどり)
明治時代の廃藩置県後、禄を失った古典舞踊の担い手たちが宮廷から市井の舞台に移って成立した舞踊が「雑踊(ぞうおどり)」です。
私達が沖縄音楽でイメージするあのオフビートを強く意識するノリの良い音楽に合わせて踊られます。
執心鐘入(しゅうしんかねいり)
今回の公演のメイン・プログラムで「組踊」に属します。
この作品は18世紀初頭に現れた、「組踊」の開祖でもある踊奉行玉城朝薫(おどりぶぎょうたまぐすくちょうくん)の代表作のひとつです。
本土の能、狂言、歌舞伎、あるいは中国演劇にヒントを得て創作されたのが「組踊」ですが、
<執心鐘入>も歌舞伎などにある「道成寺もの」の物語と筋を同じくするものです。
*あらすじ*評判の美少年である中城若松が首里王府に行く途中、一夜の宿を乞います。
女は親が留守のため、一度は断るが相手が若松と知ると態度を変え、宿を貸します。
夜更けに女は若松の部屋を訪れ、あの手この手で口説きはじめますが、恋を知らない若松は取り合いません。
女の積極的な態度に恐れをなした若松は宿を逃げ出し、寺の鐘に隠れます。
後を追ってきた女は鐘にまとわりつき、やがて鬼女に変身しますが、寺の座主の法力によって調伏させられてしまいます。
このように<執心鐘入>は、親の留守宅に見知らぬ男を入れないような貞淑な女性が、恋心から分別を失い、
最後には相手に冷たくされて鬼と化してしまうという女心の移り変わりが巧みに表現された物語です。
三線(さんしん)
三線は沖縄を代表する楽器のひとつです。
14世紀末ごろに、中国から伝来しました。当初、いわゆる宮廷楽器として定着しましたが、次第に庶民にも普及し、
祭りや民間芸能にも登場して隆盛をきわめていました。そして、永禄年間(1558−70)に沖縄から大阪の堺にもたらされ、本土でも普及し、三味線音楽として発展します。
沖縄の三線の大きな特徴は、大型のニシキヘビの皮が用いられていることです。
沖縄にはヘビが沢山いるから身近なものを使ったのだろうと思ったら大間違い。
この皮は、沖縄では入手できず、今も昔も東南アジアから輸入しているのです。
地謡(じうたい)
琉球舞踊の音楽は、「地謡(じうたい)」と呼ばれています。
三線の奏者が歌方も務め、それを主体として、筝、笛、太鼓、(胡弓)が伴奏します。
琉球舞踊では、この「地謡」が、舞に込められている心象風景や「組踊」の登場人物の言葉や情景描写を歌います。
とりわけ「組踊」でのクライマックスは歌三線に負うところが大きく、優美な舞ばかりではなくこの「地謡」の活躍にも要注目です。
(解説:水戸芸術館音楽部門 学芸員 中村 晃)
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