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ふたりのマスター・ギタリスト 〜タウナーとKAZUMI -- 稲岡邦彌
(
2001年7月15日 ラルフ・タウナー ギター・ソロ&デュオ featuring 渡辺香津美 プログラム掲載。)
「ECM」というレコード・レーベルをご存じだろうか? "Most beautiful sound next to silence"(沈黙に次ぐもっとも美しい音)をライトモチーフに1969年創立以来、ミュンヘンをベースにマンフレート・アイヒャーというひとりのプロデューサーが自らの感性と知性だけをたよりに800枚に及ぶレコード/CDを制作してきた、ジャズ/コンテンポラリー・ミュージックを中心とする音楽工房である。
マンフレート・アイヒャーのプロデュースを得て才能を開花させたアーチストは十指をはるかに超えるが、なかでもピアノのキース・ジャレット、ギターのパット・メセニー、現代音楽の作曲家アルヴォ・ペルトの例はよく知られている。
ラルフ・タウナーとアイヒャーの出合いは古く1971年に遡る。
以来、30年間にわたりふたりは20枚のアルバムを制作してきた。
ECMにおけるタウナーのアルバム制作は彼の成熟の過程を記した軌跡でもある。
ECMでの2作目『ダイアリー』(POCJ2807/1973年)でタウナーの12弦ギターを初めて耳にしたときの鮮烈な記憶は未だにあせることがない。
オクターブ・チューニングされた高音部の倍音がECM独特のリバーブ(余韻)を伴って精妙に響く。
それからほぼ20年後、ECM創立25周年を記念したシリーズ・コンサートを制作した私は、彼の12弦ギターを東京、名古屋、神戸のホールで間近に聴く機会を得たが、このときほど音楽に携わったよろこびに浸ったことはまれであった。
そして去る4月、30周年を記念するアルバムとして感動的な『アンセム』(UCCE-1008)が結実、来日記念盤として国内発売された。タウナーはクラシック・ギターと12弦ギターを駆使、マスター・ギタリストの名に恥じない名作をものしたのだ。このアルバムではタウナーが永年追求してきたクラシックとジャズの結婚、クラシックのゆるぎない技巧と構成力+ジャズのフレキシビリティとインプロヴィゼーションのセンスがひとつの理想的な形として高いベルで実現されているのだ。"ギターは小さなオーケストラ"という形容はよく耳にするフレーズだが、『アンセム』こそまさにその代表例のひとつといえよう。タウナーはデビュー当時こそ表現を全うするためにピアノやトランペット、ホルンなどの助けを借りてはいたが(彼は幼少の頃から手掛けていたこれらの楽器も難無くこなすことができる)、ギターだけですべてを心置きなく語れるようになるのにそれほど時間はかからなかった。
ラルフ・タウナー。1940年3月1日、ワシントン州チェハリスの音楽一家の生まれ。オレゴンで育ち、オレゴン州立大学で理論と作曲を学ぶ。大学院を経て、ウィーンのカール・シャイト教授についてクラシック・ギターを学ぶ。現在、マフィアの影におびえながらも伴侶の故郷シシリー島で半年を過ごす愛妻家でもある。
一方の渡辺香津美は、タウナーよりひとまわり若く、1953年10月14日、東京の生まれ。ベンチャーズに憧れてギターを手にしたものの、暁星高校の頃突如ジャズ・ギターに開眼、母親同伴でジャズ・クラブに出演するようになった。18才の時に発売されたデビュー・アルバム『インフィニット』(東芝)で天才ギタリスト現わる! と大評判をとった。以来、日本のジャズ/フュージョン・ギター・シーンを牽引、第一人者の席を保持しつづけている。なかでも1979年に結成した「KYLYN BAND(キリンバンド)」は、坂本龍一や矢野顕子を擁する突出したバンドとしてシーンを揺るがし、同年秋には「イエロー・マジック・オーケストラー」のワールド・ツアーに参加、日本にKAZUMIあり! を強烈にアピールした。私が一時関わっていたNYのトップ・ギタリスト、ジョン・スコフィールドやマイク・スターンなどは来日するたびに「KAZUMIは何をしてる?」と彼の音楽的動向にひとかたならぬ興味を示したものだ。
1982年、KAZUMI(高校生のデビュー当時のまま未だに親しみを込めてKAZUMIと呼ばれている)はコロムビアを離れ、トリオレコードに移籍、私が担当ディレクターを任じることになった(事実は、彼と仕事をしたかった私が会社を説得して獲得したものだが)。われわれはDOMOというパーソナル・レーベルを彼に提供、演奏家としてのみならず、プロデューサーとしての可能性にも期待した。彼はわれわれの期待にたがわず、第1作の『ガネシア』(POCH-1019)で同一デザイン、色違いのジャケット3種発売、2作目のNY録音『MOBO』(POCH-1067/8)では突然の2枚組アルバム(私自身はこのアルバムこそKAZUMIの最高傑作であると確信しているのだが)への変更などと十分腕白ぶりを発揮してくれたものだ。彼は一作ごとに趣向を凝らすタイプのアーチストで、どのアルバムを聴いても充分刺激的であるが、今夜のコンサートでKAZUMIに興味をもたれた方は、アコースティック・ギターを駆使した『おやつ』(POCH-1426)や『おやつ2/遠足』(POCH-1312)などに手を伸ばしてみるとよいかもしれない。
1995年、音楽を通じて友人と阪神大震災の被災者の心のケアの手助けをしていた私にタウナーとKAZUMIは快く協力を申し出てくれた。
*1タウナーはゲイリー・ピーコック(b)とのデュオ・トラック<ナーディス>のチャリティCD『レインボー・ロータス』(POCP-7070/1)への提供を、
*2KAZUMIは小曽根真(p)とのデュオ演奏を4,500人の被災高校生のためのチャリティ・コンサートで。
即興演奏家は演奏の環境に極めて敏感に反応する。精妙な音づくりには最適な水戸芸術館という環境を得て、タウナーとKAZUMIのギターは冴え渡るに違いない。そして、彼らの超絶的な技巧だけに耳を奪われることなく、音楽の底に潜む彼らの暖かい人間性にまで耳を傾けるなら、みなさんは今夜彼らがつむぎ出す音楽に包まれ至福のひとときを過ごされるに違いない。「文は人なり」というが、「音」もまた「人なり」なのだから。
稲岡邦彌(いなおか・くにや)
音楽プロデューサー。旧トリオ・レコードの創設に参画、ECMと契約し、10年間レーベル・マネージャーを務める。
著書に『ECMの真実』(
河出書房新社)、『ジャズCDの名盤』(共著・
文春新書)、『及川公生のサウンドレシピ』(編著・ユニコム)。
音楽部門注
*1、2 タウナーはその後ピーコックと『ア・クローサー・ビュー』(ECM)、渡辺香津美は小曽根真と『DANDYSM』(DOMO)、とそれぞれデュオ・アルバムを録音した。
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