ご投稿第十五号
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From: KITA Kenichiro
To: nettama@arttowermito.or.jp
Subject: 今更TV東京ネタでもありませんが
Date: Mon, 27 Jan 2003 23:56:27 +0900
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vivo、毎月会社でこっそり読んでいます。とうとう今年度は水戸に行けませんでした。ピケットは心残り...
予算策定の季節、だからというわけでもありませんが、『ジカダンパン』の件からの連想です。直接関係はないです。
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上手なおカネの使い方、って、たとえばどんなこと?
何年か前、愛知県藤前(とうまえ)干潟の「有効利用」に当時の環境庁がストップをかけました。
ゼニカネ=効率を判断の尺度とする人々がその論理を通すことに初めて失敗した、私はこの件をそう受け止めました。
(綿密な調査で干潟の資産価値を数値化できたことが論議の場で重要な役割を果たした、と私は思います)
まあ、つぶすのにおカネをかけて、その後ちょっとだけ再生するのにさらにおカネをかければ経済効果は大したたものですから、そういう考えを通したい人もいて当然です。
『ジカダンパン』の件は外からざっと眺めただけなので、突っ込んだことは言えませんが、きっかけとなった意見は「効率」という点で、上に述べた思想と共通するものがあります。
芸術活動自体はソロバンに乗るような効率的な性質を持たない、という世間の暗黙の了解がありますから、活動ではなく施設という搦め手から攻めてみたのでしょう。
「みんなの税金」を使うならば、「みんなが共有するものさし=おカネに代表される”数字”」で効果を計測できることしかやっちゃいけない。
そうでないと無駄遣いかそうでないのか、納税者全員が納得できないじゃないか。
意見のよりどころはこんなところだろうと類推しています。
(余談ですが、みんなとか総意とかいう表現はうさんくさいですね。いつもそう思います)
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出したおカネはおカネ(数字)の形で取り戻さないとダメ。
なぜならば数字に換算できるものが、そうでないものより「価値」が「ある」から。
彼らの発想を下流から上流に辿ってみると、そんな認識が源となっているように思えます。
わかりやすい=いいこと=価値が上、というすりかえを、彼らはどこかで無意識にやっている気がしてなりません。
ということで、上手なおカネの使い方、って、例えばどんなことだろうか?
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TV局の事後対応について。
問題提起という名の言い逃げがTVというメディアの特性ですし(印刷物は残るけど、人間は映像も発言もすぐ忘れます)、
TV局のお客様はスポンサーであって、視聴者でも、ましてや出演者などではありませんから、会社側の対応は企業の活動原則にごく忠実かつ純粋です。
その意味では経済学会あたりから「理論通りのサンプルを提供した功労」として表彰状をあげてもよろしいかと思います。
お目汚し、失礼いたしました。
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