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2019-12-10 更新

ベートーヴェン・イヤーに、あらためて学ぶ〈第九〉

合唱セミナー2014より

 合唱指揮者・田中信昭氏。1928年生まれ。東京芸術大学で声楽家マルガレーテ・ネトケ=レーヴェ(1884~1971)に師事し、卒業時に同窓生と、戦後日本のプロ合唱団の嚆矢となる東京混声合唱団を結成。以来日本に合唱音楽を広めてきた、人呼んで「合唱の神様」。470曲以上の合唱作品を初演し、90歳を過ぎた今も現役でご活躍です。

 来年2月16日(日)の「合唱セミナー2020」は、田中信昭氏を講師にお招きして開催します(茨城県合唱連盟、茨城県高等学校文化連盟、茨城県高等学校教育研究会音楽部との共催)。今回の講習曲は、ベートーヴェン生誕250年の記念の年にふさわしく、かの「歓喜に寄す」――交響曲第9番第4楽章です。

 日本人で初めて〈第九〉を歌ったのは、幸田露伴の妹で音楽家の幸田延(のぶ)(1870~1946)だったといわれています。彼女は1909(明治42)年12月20日に、留学先のベルリンで合唱団の一員として〈第九〉の演奏に参加しました。そのときの指揮は巨匠アルトゥール・ニキシュ、オーケストラはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団だったのですから、これは大したものです。当時の日本の音楽状況に目を転じれば、日本人には〈第九〉はおろか、ベートーヴェンの交響曲は未だどれも演奏困難な作品でした。日本人の手で〈第九〉が初めて演奏されたのは、15年後の1924(大正13)年。まず九州帝国大学フィルハーモニー会が第4楽章を抜粋で演奏。次いで幸田延の母校である東京音楽学校(現・東京芸術大学)が11月29日に全曲演奏を成し遂げました。

 幸田延が初めて〈第九〉を歌ってから110年。今では〈第九〉が日本の年末の風物詩となり、全国各地で歌われるようになっています。水戸でも毎年末に、野外コンサートの「300人の《第九》」を開催しています。1世紀の間の変化には驚くばかりです。

 〈第九〉は決して簡単な曲ではありません。1924年の東京音楽学校による〈第九〉の合唱に参加し、後に声楽家になった木下保(1903~1982)の回想によると、当時の合唱隊は1年がかりの猛練習を重ね、それでも満足に歌えず、テノールは全然出せない高音域をがなり叫んでどうにか本番を歌い切ったという始末だったようです(「第九の想い出――初演のころ」『音楽之友』1956年12月号、pp. 94-95)。

 しかも〈第九〉の歌詞はドイツ語です。「外国語の歌詞の意味など分からなくてよい」という風潮が当時はあったらしく、それは戦後、プロアマを問わず沢山の人が〈第九〉の合唱に挑戦するようになってからも、なくなってはいないかもしれません。感動的な“Alle Menschen werden Brüder(全人類が兄弟になる)”の詩句が「ああ冷麺支援 ベル出ん 鰤うでる」となっては(これは戦後、合唱団員のために本当に作られた翻案)、これでは台無しなのですが……。

 田中信昭氏はインタビューでこう語っています。

「歌というものは、言葉や詩が作曲家によってどう感じとられて音楽にどう姿を変えたのかが大事です。そこをいい加減にしたまま演奏するようでは、曲の本質に迫ってゆけないし、言葉の意味をわからずに外国語でただ歌うというのでは仕様がない。歌は、音楽と言葉が一体化してこその芸術です。」
(『サライ』2017年2月号, p. 17)

 田中氏は著書『絶対!うまくなる 合唱 100のコツ』(ヤマハミュージックメディア、2014年)のなかで、〈第九〉の「歓喜の歌」の詩の一語一語の意味を踏まえて、それがどんな音の動きに移し変えられているかを解説しています。まるで一音一音の律動が、この詩を読んだベートーヴェンの心の動きを映し出しているかのような、それはじつに生き生きとした解説です(合唱がお好きな方はぜひ読んでみてください)。

「ベートーヴェンの心情に思いを馳せると、演奏者の私たちは何をすべきかがわかってきます。詩の意味をしっかり把握して、いまの世の中に向かってこの曲で何を訴えるのかを、歌う一人ひとりの意思として演奏に表さなければなりません。」
(『絶対!うまくなる 合唱 100のコツ』, p. 101)

 「作品の意味を歌うのが声楽」――徹底してそのように田中氏に教えたのが、大学時代の師、ネトケ=レーヴェだったそうです。彼女は1924年11月に東京音楽学校に着任。〈第九〉が演奏された11月29日の東京音楽学校の演奏会が彼女の日本での初舞台でした。〈第九〉の合唱指導にも携わったはずです。しかし声を張り上げるのに精一杯の合唱隊に、〈第九〉の意味はどこまで伝えられたでしょうか。残念ながら首を傾げざるを得ません。

 翻って、1世紀後の私たちはどうでしょうか。〈第九〉の詩の意味をかみしめ、「合唱セミナー」で田中信昭氏の指導の下、あらためてその音楽の魅力を感じてみませんか?


篠田大基(水戸芸術館音楽紙『vivo』2020年1-3月号より)