Val.2
小佐原孝幸さんインタビュー(前編)
2015年に湊線の駅名標でグッドデザイン賞を受賞され、本公演のタイトルデザインを担当された小佐原孝幸(おさはら・たかゆき)さんにお話を伺いました。
聞き手:本間康太郎(水戸芸術館)
本間:まず、小佐原さんがひたちなか海浜鉄道(湊線)と関わるようになったきっかけを教えてください。
小佐原:私は千葉県の出身で元々茨城に縁はありませんでした。きっかけは湊線が第三セクターとなった頃に「みなとメディアミュージアム(MMM)」というアートイベントの企画が立ち上がり、アーティストとして参加したことがはじまりです。 お互い地域アートプロジェクトなんて初めての試みだったのですが、吉田社長はMMMを快く受け入れてくださって、2009年の夏にまず鉄道車内や沿線各所に作品を展示するところからスタートしました。
本間:MMMが始まった頃は、会社の体制が変わったタイミングで新しいアイデアを受け入れやすかったのかもしれませんね。それにしても、ひたちなか海浜鉄道の吉田社長は度量が大きいですよね。今回の舞台化企画もそのひとつですが、常にいろんな人やアイデアが集まってきます。映像作品のロケ地として使われていることも多いですし、那珂湊の周辺では毎週のようにイベントが行われています。 湊線は今年で三セク化からちょうど10年が経ったわけですが、小佐原さんから見て10年前からの変化を感じる場面はありますか?
小佐原:ここ数年は、県外の方からの関心がよりいっそう高まっているように感じます。実際、延伸や黒字化など注目に値する実績を挙げているわけですが、今のように民営鉄道再生のモデルケースとされる存在になるなんて、10年前には想像もしていませんでした。
本間:節目の年ということで、最近は特にテレビや新聞で目にする機会も多いですよね。吉田社長も頻繁にメディアに出ていますので、地元ではすっかり有名人のようですね。 この10年間で湊線に何があったのか、ということは今回のお芝居を通して知っていただくことが出来ますので、これまで馴染みのなかった方にも関心を持っていただきたいです。
【駅名標について】
終点「阿字ヶ浦駅」の駅名標(撮影:おらが湊鐵道応援団提供)
本間:今や湊線の顔のひとつ、グッドデザイン賞を受賞した駅名標をデザインされたきっかけを教えてください。
小佐原:まずはじめに「鉄道が抱える問題をデザインの力で解決したい」という思いがありました。デザインとはそもそも問題解決のために存在するものです、見にくいマップがあれば、見やすいマップをデザインする。特に問題がなければ、新しいデザインを取り入れる必要はないですよね。湊線の場合は利用者が減ったことで廃線寸前にまで追い込まれた訳ですから課題は明確でした。鉄道の周りに何があるのか、自分の足で調べていくと実はとても豊かな観光資源に恵まれていることがわかりました。この発見は、私が外部の人間だったから気づけた部分もあったと思います。この魅力ある資源をどうアウトプットするのかがポイントになるわけですが、イラストにして駅名と合体させれば駅の個性を表現することができるんじゃないかと考え、オリジナルの各駅のロゴタイプをつくりました。完成した駅名標は観光客はもちろん地元の方達にも好評で、地域アイデンティティの醸成にも一役買っていると思います。
最近では同じ趣向でひたちなか市の観光案内板もデザインさせていただきました。現在は那珂湊地区を中心に案内板が設置さてれていますが、今後は勝田地区にも増える予定です。街は変化していきますから、継続して地域のネタを集め続けています。地域をより良くするために、機会をいただけるのであればさらに更新していきたいと思っています。
本間:勝田から阿字ヶ浦までの10駅分の駅名標を並べてみると、色々な要素が盛り込まれていて驚きます。
例えば「中根駅」の「根」の時は前方後円墳の形そのものだと思いますが、元の文字とかなり離れているような気がします。これはかなり奇抜なデザインですよね。
小佐原さんの駅名標はどれも個性的ですが、デザインをされた時のポイントやこだわりを教えてください。
中根駅の大漁桜と駅名標(撮影:本間)
小佐原:奇抜ですか(笑)
いちおう自分なりにルールは設けていて、その枠の中でデザインしています。駅名標のデザインは、基本的に全て漢字とルビがセットになっていて、ルビを併記することで、デザインしたロゴタイプがギリギリ判読できるような難易度に設定しています。いちおう読めるように意識はしてるんです(笑)もう一つのデザインのポイントは、下の矢印で示されている両隣の駅名です。
湊線の場合、矢印の中に入っている隣駅の名前は全てひら仮名で入れました。これが「次の駅はどんなデザインになっているのだろう」という想像を働かせるきっかけになります。ひら仮名の文字が予告編の役割を果たして、数分後、次の駅に着くと答えがわかるという仕組みです。
本間:なるほど!どこか一か所の駅名標を見ると、すべての駅を確かめたくなる理由がわかったような気がします。
このような手法で表現(デザイン)をされている方は、他にもいるのでしょうか?
小佐原:文字の中にイラストを組み込むという手法自体は特に珍しくないと思います、ただ地域のコンテンツをこれだけのまとまりを持って、文字と組み合わせた例は少ないと思います。
デザインに説得力を持たせるために「統一感」と「量」は、とても重要です。2015年のグッドデザイン賞でも、統一されたデザインが地域に根付いているという点が評価になりました。
実は最近、このデザイン手法に≪リソースグラム(Resourcegram)≫という名前をつけました。「資源(resource)」が「描かれた(-gram)」という意味を込めた造語です。今後もこのリソースグラムで様々な地域資源を掘り起こしていく予定です。
本間:≪リソースグラム≫ですね、よく覚えておきます。
湊線の沿線にはこれからも小佐原さんの標識が増えていくとのことですが、看板以外にもこのデザインを活用したケースはあるのでしょうか?
小佐原:先日、ひたちなかの障害者福祉施設と一緒に「駅名菓トレンシェ」という湊線の駅名標をあしらったフィナンシェのお菓子をつくりました。これは障害者の就労支援対策の一環として開発したもので、トレンシェの売上は就労者の工賃へと反映されます。いままで湊線オリジナルの菓子というのはなかったので、今後はトレンシェが定番になって、地域福祉の問題を解決してくれると嬉しいですね。
本間:5月に行われたイベントで発売された商品ですね。湊線の10駅にちなんで、味が10種類あるのには驚きました。私も試食させていただきましたが、手作りの温もりが感じられて、とても美味しかったです。
トレンシェは、『海辺の鉄道の話』の公演会場で販売する予定です。湊線の一日乗車券とカフェ(サザコーヒー)のドリンクチケットが付いたプランもありますので、是非一緒にお求めいただきたいと思います。
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