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2018-05-13 更新

宮本益光さんインタビュー③ 心に詩を持つこと~歌を子どもたちと分かち合う喜び

6月17日(日)の「ちょっとお昼にクラシック」にご出演のバリトン歌手・宮本益光さんのインタビュー記事第3弾(最終回)!バリトン歌手として、オペラやコンサートの舞台に立つ傍ら、各地の合唱団や児童合唱団で指導・指揮活動も活発にされている宮本さんに、歌を子どもたちと分かち合う喜び、家族に捧げた歌などについて伺いました。


―宮本さんは都内の複数のジュニアコーラスを指導するなど、子どもたちへの音楽指導も活発にされていますね。子どもたちを指導する際に、喜びを感じることはなんですか?

まず、私は子ども好きっていうことが前提としてあるのですが、これだけ趣味の選択肢が多様な時代に、私の周りには歌を、音楽を選んだ子供たちいることに喜びを感じます。そして音楽を選んだ子が、私がやっていることに憧れを持つことがあるんです。私は、子どもたちには積極的に公演の宣伝はしないのですが、子どもたちがだんだん分かってくると私の舞台やコンサートを見に来るようになって、「えっ、先生ってこんなことやってたんだ」「先生、歌上手いなあ」って言うんです。自分が興味を持ってこれだ、と思って信じている道に、子供たちが喜びや感動を持ってくれるというのは、当然嬉しい事です。

合唱団にいると何十曲と学ぶわけですけど、そこで一つ歌を学ぶということは、一つ詩を心に持つということでもあるわけです。そんな文化的な生活はなかなかないですよね。その合唱団を離れても、そこで心に持った歌は、その歌を知っている人がそこにいたら、名前を知らなくても一緒に歌い合うことができるのです。こんなことは、他になかなかないんですね。「あなたたちが学んでいる一つの歌は、世界を広げる扉なんだよ」って日ごろ言っているのですが、それを体現していく子どもたちを目の当たりにするというのも大きな喜びですね。

僕のそばで音楽を学んだからといって、プロの音楽家になる人なんてなかなかいないんですよね。生きていくってことは、いつも右か左か選択を迫られることでもあると思います。そこで一歩踏み出す勇気があるかないかは、これまでの経験によると思うのです。あのときあれだけ頑張れたんだから、って。子どもたちの合唱団は、子どもたちが音楽を通じて人生を豊かにしていくための感覚を間接的に、もしかしたら直接的に、育む場所でもあるんだろうな、と思います。そう思うと何かを一緒に作り上げていくということはすごく深い意味が出てきます。そこには感動を覚えます。

―声楽家、作詞家、教育者、文筆家など多様に活躍されている宮本さんは、なんという肩書でお呼びすればいいのかわからなくなってしまいますね。

 「職業:宮本益光」を目指しています。私は寺山修司が好きで、あの方が映画監督をしたり、台本を書いたり、詩を書いたりして最も多忙だったとき「僕の職業は寺山修司です」と言ったとのことです。それはいいなぁと思ったんです。でも考えてみると親からもらった名前はだれも知らない名前で、その名前が人に認識される時、歌手として認識されたり、詩人として認識されたり、訳詞家、評論家・・いろんな形で認識されていくわけですよね。自分の活動そのものが自分を自分にしていくと考えると「職業:宮本益光」なんていいなぁ、と思います。

最近、いろいろな活動が、うまい具合に緊張感を保って繋がりをもつ「円」になってきたと感じるときがあるんです。子どもを教えないと舞台も成立しないし、舞台に立たないと言葉のことも成立しないという感覚が自分の中にあって、どの時間でどれをやるということではないんです。

 

―偶然ですが、水戸でのコンサートの日、6月17日は父の日にあたりますね。 

僕が書いた歌で、パパの歌っていうのが実はあるんですよ。それは2008年、イタリアで生活した時に書きました。

日本でたくさん仕事をもらえるようになって、次から次へと本番を重ねていく日々が続き、一旦立ち止まらないといけないと感じた時期がありました。言語に関して、オペラの現場で海外の歌手や演出家とのコミュニケーションは英語でしていました。学生の時にはドイツ語とイタリア語を学んでいたのですが、留学はしていなかったんです。語学は文字を読むのと、生活の中で使うのとでは大違いですからね。日本で仕事を入れるのをやめて、単身、現地で生活してみようと思い立ちました。学生時代の試験では、イタリア語よりもドイツ語の方が成績が良かったので、最初はウィーンに行こうと思っていました。でもその頃イタリア・オペラの〈ラ・ボエーム〉に出演しましたし、ライフワークにしているモーツァルトのオペラにもイタリア語のものが多いなと思い、渡航先を急遽ミラノに変更しました。現地では語学学校に通うわけでもなし、オーディションを受けるわけでも、レッスンを受けるわけでもなく、生活することが目的でした。何のつてもなく、ホームステイ先だけ紹介されて行ったのですが、あまりにも今までの生活と違いすぎて、途方に暮れることもありました。日本ではあれだけ忙しくて、分刻みで動いていたのにいきなり何もやることがない状況。あまりにも目的が漠然としていたのですね。

そんな時に、日本にいる娘は1歳になってようやく喋るか喋らないかという時期だったので、とても寂しかった。でも部屋で腐っていても仕方がないので、毎日いろんな演奏会に行って、人になるべく触れようと努めました。ある日、バッハの〈平均律クラヴィーア曲集〉を聴きに行ったらその演奏に感動し、その夜、部屋に帰って作詞作曲しました。長女のことを思いながら書きました。そして、帰国して次女が生まれて、彼女が物心ついたときに、「ねぇねぇ、これおねえちゃんの歌でしょ?わたしの歌がないよ」って言われたんです。確かにないなぁと思って、次女の歌も作った。だから、パパが娘に歌う歌が2曲あるんです。

東京シティバレエ団で台本と演出を担当させてもらっている公演がありまして、次女の歌はその中で使っているんです。私、バレエも大好きなんですよ。初めてバレエを見る人や子どもたちにも楽しめるような台本を書きました。ストーリーの中で、娘にバレエをやりたいと言われたお父さんが、娘を応援する場面で歌い、それに合わせてプロのトップダンサーが踊ってくれる。あれは本当に良かった!親と子の歌という意味では、今回歌う〈貴種流離譚〉も似たところがありますね。

(聞き手:鴻巣俊博 協力:㈱二期会21)


3回に分けてお届けした今回のインタビューでは、舞台に立つ際の役作りについてや、オペラの本場ヨーロッパで感じたこと、未来を担う子どもたちに音楽を教えることについてなど、多方面で活躍する宮本さんならではのお話しを多角的に伺うことができました。「いろいろな活動が、うまい具合に緊張感を保って繋がりをもつ『円』になってきた」と語る宮本さん。水戸でのコンサートではご自身が作詞をした歌、ライフワークとしているモーツァルト・オペラのアリア、日本の歌曲など、彼の魅力をギュッと詰め込んだ1時間のプログラムをお届けします。

お昼下がりのひととき、ぜひお気軽にお越しください!


インタビュー第1弾(ビデオメッセージもあります!)

宮本益光さんインタビュー①  “歌”に生き、“役”に生き、“言葉”を紡ぐ歌手の素顔/topics/article_20295.html

インタビュー第2弾

宮本益光さんインタビュー②  “オペラ”の懐の深さと特異性
/topics/article_20307.html


<公演情報>
ちょっとお昼にクラシック 宮本益光(バリトン) “歌”のときめき “言葉”の煌めき


/hall/lineup/article_1468.html
6/17(日)13:30開演(13:00開場)
会場 水戸芸術館コンサートホールATM
全席指定 1,500円(1ドリンク付き)

宮本益光(バリトン)
髙田恵子(ピアノ)

【曲目】

成田為三(林古渓作詞):浜辺の歌
瀧廉太郎(土井晩翠作詞):荒城の月
山田耕筰(北原白秋作詞):あわて床屋
中田喜直(三好達治作詞):木兎

信長貴富(宮本益光作詞):空の端っこ、うたうたう、貴種流離譚

モーツァルト:
〈フィガロの結婚〉より“もう飛ぶまいぞ、この蝶々”
〈ドン・ジョヴァンニ〉より“窓辺のセレナーデ”
〈魔笛〉より“オイラは鳥刺しパパゲーノ”(日本語訳詞)
ビゼー:〈カルメン〉より“闘牛士の歌”
武満徹:小さな空