2019-10-08 更新

「第29回吉田秀和賞」受賞者決定のおしらせ



平成2年に創設されました吉田秀和賞は、優れた芸術評論を発表した人に対して賞を贈呈し、芸術文化を振興することを目的として当財団が運営しております。
第29回目となりました今回は、昨年に引き続き審査委員に磯崎新氏と片山杜秀氏を迎え、厳正に審査を行ないました結果、候補書籍の総数121点(音楽27点/演劇25点/美術44点/ /映像15点/建築7点/その他3点)の中から、沼野雄司著『エドガー・ヴァレーズ―孤独な射手の肖像』(春秋社 2019年1月刊)に決定致しました。
賞の贈呈式は、令和元年10月27日(日)午後12時30分から1時30分までの予定で、水戸芸術館会議場にて開催致します。

[著者略歴]
沼野雄司(ぬまの・ゆうじ)
1965年東京生まれ。東京藝術大学大学院博士課程修了。博士(音楽学)。現在、桐朋学園大学教授。2008年から2009年にかけてハーヴァード大学客員研究員。
これまでの著書に『リゲティ、ベリオ、ブーレーズ―前衛の終焉と現代音楽のゆくえ』『ファンダメンタルな楽曲分析入門』(音楽之友社)、『光の雅歌―西村朗の音楽』(春秋社、共著)、『日本戦後音楽史 上・下』(平凡社、共著)ほか。

【 審査員選評 】 
 
磯崎 新


 エドガー・ヴァレーズ=まっとうな評伝です。感伏しています。「ミュージック・コンクレート」のテープ音楽会がヤマハホールである(1956)と聞いてかけつけた聴衆のひとりであり、フィリップス・パビリオンの入手可能な資料をさがして、映像にゴジラがあらわれるとき、叫び声がどのような音で流れたのか、それをブリュッセル万博に行った人に聞いて歩いたけど、このパビリオンの中に入った人にはあえなかった。(私はクセナキス、シュトックハウゼンとほぼ同世代です。)ということはヴァレーズを超える若い世代の側に属しているのだけど、ゼロから音を造りだそうとしたヴァレーズのこと、実に細かくしらべられ、分析されています。ジョン・ケージの評伝も多々あるようですが、それぞれちがった思い入れがある。沼野さんのこの仕事は、正確な距離をとりながら、すべての事実を原資料にあたって確認されている。草月アートセンターの招待状の全文が決め手になっている。打楽器・ゴングもコンクレなんだ。
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片山杜秀


 沼野雄司さんは第二次世界大戦後の西側の前衛音楽の「主流」を辿る研究者として多くの実績を挙げてこられました。その沼野さんが次の大きなテーマとしてエドガー・ヴァレーズを選んだと聞いたとき、やや意外にも思いました。時代的に少し古いですし、やや「傍流」ですし、後退した印象を受けたわけです。もちろん、亡くなって久しいということは、資料の整備も行き届いていれば、ヴァレーズは大恐慌後のアメリカ史の様々な領域と連動させて論じやすい人ですから、学際的にも取り扱える。つまり学問的実績をあげやすい対象でもある。若い時に尖った物言いをしていた批評家・研究者が、恰幅を増すとともに一昔前の巨匠を主題とすることは、音楽に限らず、文学でも美術でも演劇でも映画でも、どの畑にもあることで、沼野さんもそうなっていくのかしら。そんなふうに感じたわけです。
しかし、纏まった著作を拝見して、やはり違うと思いました。そもそも「主流」の歴史は、「傍流」から栄養を吸いながら知らぬふりをしているということが、とてもよくあります。歴史の真実とは、どの芸術の畑でもそんなものではないでしょうか。「主流」の形成主体となる「偉大なる芸術家たち」はたくさんおのれを説明しながら、肝心なところは伏せるか軽く流して煙に巻く、「嘘つきぞろい」というのが世の常ですし、それを研究し論じる学者や批評家は、そういう「嘘」を正当化することで、これまた偉くなってゆくことが多い。その割を、20世紀のクラシック音楽史でいちばん食っていると思えるのは、やはりヴァレーズではないでしょうか。その意味で、沼野さんが洗い直しを計った対象が、ドビュッシーやシェーンベルクやストラヴィンスキーやメシアンでなく、「傍流の暗黒星雲」のようなヴァレーズであったことは、流石というほかありません。その沼野さんの「歴史書き換え」の野心が、とても「堅実な装い」をもって、見事にかたちになっています。
今後、沼野さんはこのお仕事を梃にして「主流」にとっての「不都合な真実」を明らかにし、「主流」の歴史を書き換えてゆくのではないでしょうか。つまり本書は沼野さんのお仕事の本当の始まりではないでしょうか。そして、ヴァレーズのしっかり入る前衛音楽史とは、けっきょく「音程」とは違うところに導線のある音楽史です。沼野さんの今後への期待を含めつつ、受賞作に選ばせていただきました。

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公益財団法人水戸市芸術振興財団

吉田秀和賞について
https://www.arttowermito.or.jp/yoshida/