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2019-10-31 更新

音楽、それは生きること
上原ひろみ インタビュー

聴く者の心を深く揺り動かすエネルギッシュなライヴで、世界中の観客を沸かせているジャズピアニスト・上原ひろみさん。10年ぶりに発売されたソロアルバム「SPECTRUM」にあわせて開催される全国ツアーにて、水戸芸術館でも待望の初公演となる。世界を駆け巡る生活の中、一時帰国中の機会にお話を伺うことができた。

「水戸芸術館のホールは響きがいいからと言って、都内の友人も、水戸に聴きに行くと言っている人がいました。素晴らしいホールだからそこで観たいって」と、柔らかく語り始めてくださった。

――2019年9月に、10年ぶりのソロアルバムをリリースされました。「SPECTRUM」というテーマでアルバムを作ろうと思ったいきさつからお話いただけますか?
 ピアノの音だけでアルバムを作るということは、ピアニストとしての定点観測的な記録になるので、10年に1枚は作ろうと思っています。何をテーマに作ろうかと考えたとき、一般的に「音色」という言葉があるように、音と色というのは密接に関係しています。自分の尊敬するピアニストたちは、その表現力の豊かさが音色に現れている。音色がとても多彩である。自分も10年前に比べて、パレット上の色彩が豊かになったという実感もありましたので、「色」をテーマにアルバムを作ってみようと思いました。

――今回のアルバムでは、例えば「青」ひとつとっても、”Once in a Blue Moon”という曲があったり、”Rhapsody in Various Shades of Blue”という曲の中にジョン・コルトレーンの”Blue Train”や、ザ・フーの”Behind the blue eyes”のメロディが登場したりと、無限の「青」の表情を感じさせます。「色」と「音」を密接に感じるようになったきっかけについて、教えていただけますか?
 子どもの頃に習っていたピアノの先生が、例えば情熱的に、力強く弾くところは赤鉛筆で丸をしたり、ロマンチックに、ささやくように弾くところは水色で印をつけたりする方だったんです。色で音を感じるというか、聴覚と視覚をコネクトしてくれたんですよね。そこで音と色というものが関係性のあるものになったという実感はあります。

――上原さんの音楽を聴いていると、世界の様々な場所を旅するような物語性を感じたり、見るもの聴くもの全てを新鮮に感じるような、ヴィヴィッドな感情が湧き上がってきます。そのような音楽を作る力はどのように育まれたのでしょうか?
 小さい頃から、ピアノを習うだけでなく曲を書いてきました。いろんな出来事や景色など、さまざまなことからインスピレーションを受けて曲を書いていたので。音楽と物語を密接に感じるというのは、小さい頃から曲を書いていたことが大きいと思います。

――ご家族も音楽を?
いえ、全然。両親も祖父母も親戚一同誰も音楽はやっていなくて。兄はピアノを習い事としてやっていましたけど、途中でやめましたし(笑)。全然、音楽一家ではないです。私も普通に習い事のひとつとして音楽を始めて、すごく好きだなあと思って、それがずっと続いているという感じです。

――上原さんが音楽の道を志すようになったターニングポイントはありましたか?
 小学6年生の時に、台湾で演奏する機会があったんです。ヤマハの子供のためのコンサートで、日本からも何人か出演していましたが、ほとんどは現地の子で。私はプログラムも読めないし、MCの人やまわりの人が話していることも分からず。唯一分かっていたのは舞台袖で肩を叩かれたらステージに出て行って、2曲弾いて帰ってくるということくらい。でも演奏したとき、お客さんがみんな笑顔になったんです。「音楽は国境を超える」という言葉を知ってはいたけれど、子供ながらに初めてそれを肌で感じた。言葉で会話しようとしてもできない。でも言葉なしでもこうしてつながれるから、「ピアノがあればどこでも行けるんだ」と思ったんです。ピアノで世界中に行きたいと思ったのが一番強い思いで、それがずっと続いている。「ピアノは世界中の人に会えるパスポート」みたいな感じがしたんです。

――そのときのお客さんの笑顔やエネルギーが、子供心に響いたのですね。
「ピアノを弾くと、こんなに人とつながれるんだ」ということを実感できた思い出です。言葉が通じなかったからこそですね。それまでもコンサートや発表会で弾くことはありましたけど、日本国内だったら言葉で交流できるじゃないですか。終わったあと、そこに来ていた人と話すこともできるので、「ピアノしかツールがない」という感じはしなかったんです。でも外国に行って、ピアノ以外では交流できないという状況に陥って初めて、よりピアノという存在の力強さを知りました。

――その後、アメリカのバークリー音楽大学に進学され、ジャズの名門「TELARC」レーベルから世界デビューを果たされた上原さん。今のご自分を作り上げるうえで、これは良い教育・環境だったと感じているものは何かありますか?
 うーん、これというものがないというか、逆に言うとこれというものがありすぎるというか。その最初のピアノの先生に出会わなければ今はないだろうし、子供の頃の海外公演の体験もそうですし、バークリー音大に行って、音楽漬けの生活をしたこともそうですし。いろんなことの積み重ねですね。

――ご家庭はどんな雰囲気だったのでしょうか?きっと自由でのびのびとした雰囲気だったのではないかな、という印象がありますが…
 のびのびと育っています(笑)。うちは結構のんびりした家庭で、静岡県民をいっしょくたにするわけではないですが、一番分かりやすい例えは、ちびまるこちゃんみたいな感じです(笑)。「まるちゃん、ピアノに出会う」っていう感じ。音楽一家ではない。でもピアノを弾くとすごい喜んでくれるおじいちゃんはいる、みたいな(笑)。自分が弾くと喜んでくれる人はたくさんいました。家族も正直、私がプロになることは誰も想像していなかったんです。ただ「楽しくやっていればいい」みたいな感じで。ピアノが好きそうだというのはみんな感じていたと思うんですけど。ただ私が発表会などで演奏して生き生きしていると、家族も喜んでくれて。そういう環境は良かったのかなと思います。

――水戸も、音楽をやっている若い方がたくさんいます。これから音楽を志そうとする方たちに、世界で活躍する上原さんから伝えたいことはありますか?
 自分の好きな音楽のルーツがある国には、留学までは強制しないですけど、行った方がいいです。クラシックが好きならヨーロッパに行って、その音楽がどうしてそこで芽生えたかということを感じるべきだし、UKロックが好きならイギリスに行くとか。私は好きな音楽がアメリカ生まれのものが多かったので、アメリカを選びました。
 今は確かに、ネットで何でも見られますよね。ライヴも見られるし、Googleマップで住所を入れれば、その道を歩いているかのように体験できる。そういうのはこれからもっと進化して、VRなどでもその国にいるような感覚を味わえると思います。でもやっぱり、匂いとか、ライヴでいう振動みたいなものとか、その場でしか起こらないことって絶対あって。私は即興演奏をするので、それとすごく似ていると思うんですけど、人生って即興の連続なんですね。Googleマップで現地を歩いたような体験をしても、即興的なことは起こらないんですよ。人との出会いもないし、珍道中みたいなことにはならない(笑)。だから現地に行って、「あ、ここのベーグル屋のおじさん面白いな」とか思ったり、2日3日通ったら話すようになったり…。小さいことかもしれないけど、異文化を肌で感じるってことがすごく大事で。自分の固定概念が覆される体験というか。世界にはこんなにいろんな人がいて、日本では正しいとされていることが他の国では正しくなかったり、違う世界があるんだなということを、若いうちに肌で感じること。私はアメリカに行って、「なぜそんなに簡単に謝るんだ?」と言われたんです。日本人ってすぐ、すみませんとかごめんなさいとか言ってしまう。とりあえず謝る、みたいな文化なので。アメリカ人は、I’m sorryという言葉を、本当の謝罪でもない限りあまり言わないんです。Excuse meくらいは言いますけど。日本人は道でちょっと人にぶつかっても、「ごめんなさい」って言ったりしますよね。小さいことをとっても全然違う。そういう場所で、自分の好きな音楽のルーツを感じる。ミュージシャンとしてもそうだけど、人間としていろんな経験をするというのは、絶対に音楽家の糧になると思うんです。経験が音になるので。だから本当に、若いうちにいろんな経験をしてほしいです。

――バークリー音大に行かれる前にも、渡米のご経験は?
 旅行とかで行ったことはありますが、旅行で行くのと住むのとは全然違うことなので。旅行で行ってみて、住んでみたいと思えば住んでいいと思いますしね。自分の価値観を根本から覆される経験はすごく大事なことです。生まれ育った日本では当然なことが、他の国では当然でないということはたくさんありますし、その繰り返しです。またアメリカで当然なことは、イギリスでは当然ってわけではなく、また「海外」と一口に言っても一緒くたにはできない。そういうのを肌で感じる経験を、若いうちにどんどんしてほしいなと思います。ま、大変なこともあるけれど、思い返してみると面白いなと思います。

――異文化での生活の中で、時には挫折しそうになったこともあるのでしょうか?
 大変なことはありますけど、必ず解決できるように努力をしますし、やり続けることで打破するしかないので。トラブルにあったら、それをどうやったら打破できるか考えるエネルギーの方が大きいです。そこに立ち止まって、ずっとしょんぼりしているってことは基本的にないですね。

――上原さんにとって一番幸せなことは?
 人が自分のピアノを聴きに来てくれるってことですね。シンプルに。だって、人生みんなそれぞれ忙しいと思うんですよ。「暇を持て余してどうしようもないからコンサート来たよ」って人よりも(笑)、「時間を作って聴きに来たよ」という方がおそらく9割以上を占めると思うので。そう考えると、忙しい生活の中、一生懸命、2時間とか、移動も考えたら3時間近くかけて、「コンサートに行くんだ」と決めて来てくださることが、こんなにいろんな町で起こるというのは、毎日奇跡だと思っています。「私は初めて来た町なのに、なぜこんなに人が来てくれるんだろう?」と思ったり、もし再び訪れる場所であれば「前来てくれたお客さんが今回も来てくれた」という喜びがあったりします。「ありがたい」という言葉だと足りないくらい、自分のために時間を使おうと思ってくださることが本当に奇跡だなと。だからすごく責任を感じます。人の時間をお預かりすることに。

――毎年、世界中でたくさんのライヴを行っている上原さん。そのエネルギーの源や、健康面で気をつけていらっしゃることはありますか?
 よく食べる。あと隙間に時間があったらとにかく寝ることですね。この生活をしているとまとまった睡眠がとりづらいので、細切れであっても寝られるときに寝る。食と睡眠はエネルギーの基本だと思うので、食べ物もなるべくローカルのもので、栄養バランスを考えて食べるようにしています。20代よりも30代の方が気をつけるようになりましたし、これからもっと気をつけなきゃいけないと思います。自分の食べるものが身体を作っていることもわかるので。昔は、ちょっとお腹が空いたらポテトチップスとか食べていましたけど、そこをバナナにしようとか。やはりコンサートを今のペースでやっていくためには、ちゃんと体調管理ができないと音楽に集中できる状態にならないので。集中するために、いろいろなバランスを大事にしています。

――10年後、こういう自分になっていたいという未来のイメージはありますか?
ピアノを世界中で弾いていたいです。継続するということが何より難しく大変なことなので。今のように世界のいろんな場所でコンサートをするという生活は、決して当たり前ではないと思うし、それを継続させるためには、日々の努力の積み重ねだと思います。10年後も私のピアノを聴きたいと言ってくれる人がいる状況が続くように、今がんばるという感じです。

――上原さんにとって、「音楽」という存在を一言で表すなら…?
 「生きている」という感じですね。生きるということ=音楽というか。私が一番、生きていると感じる場所がステージであるし、音楽をしている瞬間です。ライヴって、LIVEと書きますよね。まさに、私にとって音楽は生きることそのものです。


2019年9月17日(火)
聞き手:高巣真樹(水戸芸術館音楽部門)