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2020-01-07 更新

J.S.バッハとは、そしてコンサートマスターの仕事とは ~ ヴァイオリニスト・豊嶋泰嗣さん インタビュー

水戸室内管弦楽団(MCO)は、2020年2月に、創立30周年を記念する第105回定期演奏会を開催します!プログラムは、記念すべき第1回公演に演奏された、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」、吉田秀和初代館長とMCOに捧げられたバルシャイ編曲の「アイネ・クライネ・シンフォニー」、指揮者なしでの限界を突破したメンデルスゾーンの「イタリア交響曲」など、30年の歩みを彩る選りすぐりのレパートリーをお贈りします。

そして今回は、J.S.バッハの「ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲」でソリストを務める豊嶋泰嗣さん(ヴァイオリン)、フィリップ・トーンドゥルさん(オーボエ)にインタビューをおこないました。まずは豊嶋さんに、J.S.バッハへの想いや、MCOでのコンサートマスターの仕事についてお伺いしました。

――豊嶋さんにとって、J.S.バッハはどのような存在でしょうか?
 ヴァイオリニストにとって、J.S.バッハが書いた6つの〈無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ〉は避けて通れないレパートリーですし、一生付き合う作曲家という感じですね。やってもやってもゴールがない。僕も5歳でヴァイオリンを始めたとき、最初に弾いたのはバッハのメヌエットでした。自分の中ではもう好き嫌いという基準は越えていて、さらに言うと、バロックとか古典派とか、そういう枠組みも越えた存在だと思います。例えばジャズの人もバッハをやりますし、その楽器のために書かれたわけではない曲も演奏でき、かつ、その音楽の素晴らしさは損なわれない。極端な話、駅のホームの音楽や着信音にも使える。世界中のあらゆるところに溶け込んでいる唯一の音楽家なんじゃないかな。

――J.S.バッハの音楽の魅力は、どんなところにあると感じていらっしゃいますか?
 ヴァイオリンのために書かれたソナタや、無伴奏の作品、ブランデンブルク協奏曲など、器楽曲の傑作はバッハがケーテンの宮廷楽長を務めていた時代に集中して書かれています。その頃、バッハのまわりにはたくさんの名手がいて、バッハ自身も楽器が弾けたことから傑作が量産されたと思います。僕らはカンタータばかり書かれた初期の音楽に関わる機会は少ないですが、ケーテン時代の音楽はすごく魅力的。毎週のようにコンチェルトや器楽曲を書いていたんですよね。バッハは30代。すごく脂がのっていただろうしね。
当時は今と違って演奏家と作曲家の間にはっきりした区別がなく、音楽家は演奏も作曲もするのが普通だった。だからバッハの音楽には「自分も演奏する人だったんだ」と感じられる部分があり、そこが魅力かなと思います。あとバロック時代のほとんどの作曲家は、楽譜に全てを書くわけではなかったんです。通奏低音や旋律をどう音にするかは演奏家の自由に委ねられている部分があった。そんな時代にあってやはり、バッハの音楽は革新的だし、時代の先を走っていたと思います。

――〈ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲〉について、少しご紹介いただけますか?
 この作品も、ケーテンの時代かと思います。チェンバロ協奏曲はもう少し後に書かれたけれど、ヴァイオリン協奏曲はその時代だし、たぶん今回の曲もその頃。調性はハ短調とニ短調という2つの説があって、どちらかがオリジナル、どちらかが編曲なんですよね。元はチェンバロのために書かれたとか、いろいろと推察されています。ヴァイオリン弾きとしてはニ短調の方が弾きやすいですが、オーボエ的には両方ありのようで、僕も両方やったことがあります。今回はニ短調でやると聞いています。

――ご共演いただくフィリップ・トーンドゥルさんの印象は…?
 本当に才能溢れる世代のトップの演奏家だと思いますし、日本的なものも理解してくれている。非常にフレンドリーで、みんなに愛されるキャラクターですね。

――豊嶋さんは、MCOには創立当初からご参加くださっていますね。
 僕は水戸芸術館が開館してから、主にATMアンサンブルや水戸カルテットという専属のアンサンブルで20年くらいやってきました。だからMCOに来たのは意外にそれほど昔じゃないんです。第1回定期演奏会は参加しましたけどね。

――MCOでは小澤征爾総監督やメンバーからの信頼厚く、楽団の大黒柱のような存在です。
 困るんだけどなぁ、柱にされると…(笑)。

――様々なオーケストラのコンサートマスターを務めていらっしゃいますが、その役割をMCOで担う時の感覚は、他とどんな違いがありますか?
 これはオフレコかもしれないけど、ここのコンサートマスターは本当に仕事が多いです(笑)。メンバーは国内外で活躍していて、いろんな考えの人が集まるわけですから、意見がぶつかることがある。それはいいことでもあるけど、時には収拾がつかなくなることもあって。例えば6人くらいで室内楽をやるなら、意見をぶつからせて6通りのやり方を試すこともできるけど、限られた時間で20人20通りを試すことは不可能です。そういう面で、指揮者なしで音楽を作るのはいつもチャレンジングです。でも意見を言い合うのはここの良い特徴でもあるから、そのスタイルは保ちつつ、それを若い世代へとうまくつないでいけたらと思いますね。ベテランがいる良さと、若い人に参加してもらうことでの活性化。そのバランスをうまくとることが大切かなと思います。

――あるゲストメンバーの方が、「普通のオーケストラなら指揮者の意図をその通りにやることが大事だけど、MCOは自由な雰囲気だし、意見を言い合えるところが面白いですよね」とおっしゃっていました。豊嶋さんご自身はどんな意識でご参加くださっていますか?
 音楽家にはいろんなタイプがいて、ぺちゃくちゃ喋らないで弾くタイプもいるんです。僕はどちらかというとそういうタイプ(苦笑)。もちろん考えていることは言わなきゃいけないけど、基本的には、音の方向性とか、お互いのやっていることを感じとるのが音楽家同士の対話だと思うので、言葉を戦わせるつもりは全くないんです。端から見ていると丁々発止言い合っている方が「やっている」ように見えるかもしれないけど、そういう表面的なところはどうでもいいかなと思う。もちろん、そのプロセスなしにひとつの方向に突き進むのは危険な部分もあるし、いろんな人がいてこそ面白いんですけどね。多様な意見がありつつも、バランスがとれている状態を保っていければ、楽団として末永く続くと思います。

――MCOを演奏面で引っ張るという難しいお仕事をしてくださり、いつもありがとうございます。
 引っ張っている意識はないですけどね。「なるべく頼らないで」って、小さくなっている…(笑)。コンサートマスターの仕事は、基本的には指揮者がいてこそであって、指揮者なしの団体におけるコンサートマスターの役割は、また別なんです。音楽以外のことも考えなきゃいけない。ちょっと煮詰まってきたから休憩しようとか、ひとつの曲を仕上げるのに一か所ばかりやっていると時間がなくなるから、どこかをばっさり切り捨てようとか。リハーサルの進め方、仕切り方まで考える必要がある。そんなふうに、普通なら指揮者が決める部分もふまえつつ、やりがいと難しさの両方を感じながらこの仕事に取り組んでいます。


 
文・聞き手:高巣真樹