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2020-06-14 更新

【学芸員コラム】ウミガメとベートーヴェン
~パンデミックの2020年に~

新型コロナウイルスの感染が拡大したことで人が出歩かなくなり、結果、何百万というウミガメの赤ちゃんがインドの浜辺を大行進している、というニュースを見ました。ものごとには、いい面も悪い面もある。できるだけポジティブなことにも目を向けたいと、個人的には思っています。

しかし、音楽業界について言えば、真っ先に自粛要請がなされ、そしてもっとも遅い部類でそれが解除される業種であろうことはわかり切っています。明るい気持ちになろうと思っても、そう簡単ではありませんね…。

そんなパンデミックの2020年に、ベートーヴェン(1770~1827)は生誕250年を迎えました。存命中から「大作曲家」と見なされ、死後急速に神格化され、その後も一度も評価を落とさず、聴かれ続けているベートーヴェン。コロナ後も“楽聖”の時代は永く続くことでしょう。

私も、ベートーヴェンを聴いています。もともと、あれこれと広範囲に手を出すというより、ある限られた範囲でじっくり時間と音とに向かうことを好む私ですが、特に今年はベートーヴェンに専心するかのように聴いています。

昨夜は、作品111のピアノ・ソナタと作品130の弦楽四重奏曲を聴きました。約1時間の貴い時間。ひねくれた見方をすれば、その時間は他の「音楽」を聴かなくてすんだ。私には、そのこともとても大事なのです。

世の中には「音楽」が溢れています。楽音であろうが噪音であろうが、音は空気の振動をともなった物理的エネルギーであり、その波動は主に耳によって受け取られ、脳に伝達されます。耳という器官は基本的にはいつもオープンな状態なので、BGMやコマーシャル音楽の「目に見えない攻撃」に対し私たちは無防備であり、知らないうちに心理的な「感染」をさせられている可能性も否定できません。

これはおそろしいことに思えます。大量に繰り返し流され、相当の「感染力」を持ち、表層的な流行が終わればすぐに捨て去られてしまう「音楽」など、もうたくさんです。

ウミガメの産卵ではないのですが、自然の静かな環境が尊ばれ、人間の感性がみずみずしさを回復し、必要な時だけベートーヴェンがずしりと鳴り響くような世界に、この際戻ることが出来れば嬉しく思います。
 

関根哲也(水戸芸術館音楽部門主任学芸員)
2020年6月14日


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