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2021-04-03 更新

【インタビュー掲載!】国内外で活躍し続けるピアニスト、小曽根真が新譜『OZONE 60』に込めた感謝と誓い

Interview with Makoto Ozone

 
日本を代表するジャズピアニストの一人であり、クラシックの演奏も幅広く手掛けている小曽根真さん。この3月に60歳になった節目を記念して、ピアノソロアルバムとしては13年ぶりとなる新譜『OZONE 60』をリリースされました。このCDが生まれたのは、水戸芸術館コンサートホールATM。昨年11月末、ホールの舞台上にはYAMAHAのCFXと自宅から運び込まれたスタインウェイD型が並べられ、4日間にわたるレコーディングがおこなわれました。この記念すべき「ニューアルバム誕生の地」での公演に向けて、アルバム誕生の秘話や、還暦を迎えたいま、音楽家として大切にしていることを伺いました。

 


 ©noriyukisoga (2020年12月に当館でレコーディングをおこなった直後の小曽根さん)


【目次】

自分が行きたい場所に連れていってもらえる響き

Borderless~音楽の海を自由に渡る

時空を越えて、コンポーザーに会いにゆく

"For Someone"に込めた想い

演劇や映画から学んだ「日常のかけがえのなさ」

ショパンとブルースの間に響きあうもの


自分が行きたい場所に連れていってもらえる響き
 
――コンサートホールでの録音は初めてだったそうですね。まずは水戸芸術館のホールの響きについて、ご感想をお聞かせください。
 
小曽根 僕は基本的にジャズミュージシャンなので、マイクを使ってコンサートをやることが多いんです。だからホールの生音の響きに関して「ここがいい、悪い」と言うことは難しいのですが、僕にとって理想なのは、あえて言葉で表現するなら「一番オーガニックに自分が行きたい場所に連れていってもらえる響きであること」です。あのとき僕は、ホールで弾いていることを忘れるくらいの感覚で弾いていました。それをあとからCDとして聴いたら、すごく幸せな音が出ていた。だから「演奏している人を幸せにしてくれる響き」と言えばいいのかな。いい響きのホールは、弾いている人や聴いている人が結果として満たされる。気がついたら音楽にぐーっと集中して聴けたというのが、最高の状態だと思います。あの4日間、ホールの響きを意識したのはヘッドフォンでプレイバックを聴くときだけ。それくらい助けていただいた。楽器も、調律も、ホールの響きも素晴らしい。ピアニストにとっては、言い訳できない厳しい状況ですけど(笑)。だから最高の響きとは「その存在を忘れてしまうほど、アーティストが自分の音楽に入っていこうとするときのお手伝いをしてくださるもの」だと思います。
 
Borderless~音楽の海を自由に渡る
 

――今回のアルバムは、1枚目にラヴェルやモーツァルト、プロコフィエフなどのクラシック曲など、2枚目にジャズのオリジナル曲が収録された、まさに小曽根さんの演奏活動の集大成ともいうべき内容ですね。そのコンセプトについて改めてお聞かせください。
 
小曽根 クラシックの方は「CLASSICS+IMPROMPTU」、ジャズの方は「SONGS」とタイトルをつけました。そして、そこにある隠れたテーマは「ボーダーレス」。僕がずっとやりたいと思っていることです。例えばラヴェルの〈ピアノ協奏曲 ト長調〉の第2楽章は、アルペジオのところで初めてアドリブを入れているんですが、ジャズにしているわけではなく、だけどラヴェルの書いたものでもない。ラヴェルが表現しようとしたものを、僕の言葉で話しているのです。そもそも時代をさかのぼれば、クラシックのミュージシャンも即興で遊んでいましたよね。ハイドンやバロック音楽とかね。リピートがある曲は、2回目のときは必ず即興で弾いていた。つまり「楽譜通りに弾く=クラシック」というわけではないのです。どんな音楽も、その土地ごとに異なる言語や文化から生まれてきています。ジャズは黒人のブルース。標準語とは違う黒人の英語があって、それが音楽になったのがジャズ。日本語の中にも関西弁、東北弁といろいろありますよね。それが音楽のジャンルの違いみたいなものです。根本的には「音楽にボーダーはない」というのがこのアルバムのコンセプトです。

僕がクラシックを弾くときは、まずきちんとその楽曲を自分の中に落とし込みます。芝居でも、シェイクスピアの物語の表面的な部分だけを変えて前衛的なことをやろうとしたって、うまくいかないですよね。やはりその物語をきちんと理解していないと。でも今回は初めて、楽譜の一部を変えて弾きました。それはこれまでクラシックの音楽を17、8年弾かせていただいて、自分なりに感じることがあったから。今の僕なら、自分がこうだと思うことを表現していいのではないかなと。だから今回あえて即興を入れました。

それから世の中には、「ジャズって雑に弾くことでしょ?」と勘違いしている人や、ちょっとぶっきらぼうな表現をすることがジャズだと思っている人もいる。それは表現方法ですが、クラシックでも現代音楽ではそう表現する音楽もあるし、そこにはジャンルは関係ないと思います。2枚目のアルバムの1曲目「Gotta Be Happy」から最後に入れた「For Someone」まで、全然違うバリエーションがある。「O’berek」はほとんど楽譜に書き起こして弾いた曲。大変でしたよ、録音に8時間くらいかかりました。ピアノ2台を使った多重録音で。あの曲を聴いて「これもジャズなの?」と思われた方もいるかもしれませんが、あえてジャズサイドに入れました。いろんな曲をジャズとクラシックに分けながら、しかし実はそこにボーダーはないということを表現したかった。

その録音のために今回は、ヤマハからお借りしたCFXと、自宅にあるスタインウェイD型という2台のピアノを水戸に運び込んで、曲によって弾き分けたり多重録音しながら弾きました。「スタインウェイはクラシックで、ヤマハはジャズ」という一般的なイメージにとらわれるのではなく、ラヴェルはヤマハで弾いたけど、本当に素晴らしい音がしていました。ヤマハの曽我紀之さんによる調律と、外山洋司さんによるスタインウェイの調律、そこにあの両方の楽器のあのクオリティーがあれば、メーカーがどことか関係ないのです。あとはピアニストがどう弾きたいか。楽器が良くなればなるほど、全部アーティストにかかってきますから。そういう深い部分で、とても挑戦的なアルバム作りだったと思います。


レコーディング中の様子 ©noriyukisoga
 
時空を越えて、コンポーザーに会いにゆく
 
――クラシックの曲では、ジャズ風に弾くということではなく、小曽根さんが時空を越えて作曲家と対話しながらセッションされているような印象を受けました。
 

小曽根 まさにそれが、音楽はuniversal languageと言われる一番大事な部分だと思います。音楽って、手と頭だけで弾いてしまうとだめで、弾いている人自身が観客としても楽しんでいるような境地にいかないと。音楽という言語を使ってお客さんと会話はできない。ここで3の指を使って…という次元にいるとだめ。V₇の和音があるから I に行くと言ったら終わり。僕なんかは「あ、そう。じゃあこれは?」っていたずらしたくなっちゃう。モーツァルトがそういう人でした。モーツァルトっていたずら好きだから、お決まりのことを言われると「じゃあこれは?」という感じで皇帝の前で弾いてしまう。だから皇帝からの仕事がどんどんなくなる(笑)。自分が知っているものを聴いて安心したい人も多いですから。でも弾いている人間がわくわくしながら弾いたら、知らないことが嫌な人もわくわくすると思うんです。

「クラシックのコンポーザーのスピリットと僕が対話しているみたいでした」と言っていただけるのはとても嬉しいです。それをしたくて譜面通りに弾くんです。コンポーザーに会いたいから。今ちょうどラフマニノフの〈ピアノ協奏曲 第2番〉を練習しているのですが、もうたまらないですね。この人、日本人ならきっと浪花節が好きなんですよ。「ここにいくとみんな泣くよ」という人間心理をよくわかっている(笑)。ラフマニノフ本人が、そういうハーモニーの流れが大好きなのがよく伝わってきます。僕もコンポーザーとして、そのボキャブラリーの多さに舌を巻いています。こんな人が百年くらい前にいたなんて、僕なんか太刀打ちできないと思っちゃう。それくらい素晴らしい。だから一個一個のハーモニーを全部自分の中に落とし込んでいく。2番を弾くと、へろへろになります。3時間くらいかかるものすごいドラマを見たような旅ができるから。


レコーディングの様子 ©noriyukisoga 


――幼少の頃からジャズを、そして40代に入られてからクラシックも積極的に演奏されている小曽根さん。長年第一線で活躍される中で、特に大きな影響を受けた音楽家は?
 
小曽根 僕の人生の大きなターニングポイントになったのは、オスカー・ピーターソン、ゲイリー・バートン、それにチック・コリアとの出会いですね。クラシックではプロコフィエフが大きいです。あとは、ドラムのバディ・リッチ。あんなドラマーはいまだに出てきていないし、彼を追いかけているドラマーがまだいます。あんなにスイングするし、バカテクなのに素晴らしい音楽が鳴っている。聴いているだけで泣けてしまうようなリズムを叩く人です。でもテレビに出て「俺のタイムはメトロノームより正確だ」と言ってしまうおやじですから、どういう人か想像つきますよね(笑)。僕は大ファンだったので、一生に一回は一緒にやりたかった。彼がゲイリー・バートンと一緒にツアーしていたとき、彼に「いつか一緒にやらせてほしい」と言ったら、「俺のアレンジを知っているのか?」と。それで「あなたの曲はほとんど譜面なしで弾けます」とこたえたら、「じゃあ今度ボストンに行くから、そのときお前もステージにあがって、一緒に一曲やれ」と言ってくれたんです。でも実現する前に、彼は脳溢血で倒れてしまった。左手麻痺になり、ドラムが叩けなくなった瞬間、生きる力がなくなってしまったのでしょうか、半年くらいで亡くなってしまいました。バディ・リッチのリズム、大好きでしたね。ジャズは基本的にリズムの音楽だから。

 プロコフィエフは、最初に人から勧められて聴いたときに衝撃を受けました。特に僕がデビューアルバムを出す直前によく聴いていて、作曲する上で大きな影響を受けています。具体的にどこがというわけではないのですが、例えば今回のアルバムのジャズサイドに収録している「Struttin’ In Kitano」はラグタイムのようで、ハーモニーはプロコフィエフみたい。ロシアの匂いがする。


レコーディングの様子 ©noriyukisoga
 
“For Someone”に込めた想い
 
小曽根 「ボーダーレス」の他にもうひとつ、僕が大事にしている言葉があるんです。それが「共存」。融合してはだめなのです。夫婦でいうと、結婚すると最初はどちらかの王国に入ることが多い。そうすると絶対にどちらかのストレスがたまる。理想は、二つの王国が共存できること。お互いの素晴らしいところをリスペクトしあえたら一番素敵だと思うんです。僕は最初それができなかったので、相棒には随分苦労をかけました。今は共存を目指しているからwin-winの関係になる。自分が生きているのは相手のため、というのが大事。それが、アルバムの最後に入れた〈For Someone〉という曲にもつながる。僕がこれから大切にしたいテーマでもあります。「誰かのために弾きますよ」ではなく、「自分がここで弾くことが、結果として誰かのためになっていたらいいな」という思いです。
 
――「融合ではなく共存を」というのは、現代を生きる私たちにとって大事なメッセージですね。
 
小曽根 これは平和のテーマでもあります。例えば今も世界中で大変な状況になっていますよね。どちらにも正義はあるかもしれないけど、justice(正義)だけだと絶対にぶつかります。だから大事なのは相手に対するリスペクトや興味を持つこと。そして知らないことに対する恐怖を自分で払拭すること。そのために必要なのは知性です。知らないことを知ろうとする。知れば怖くない。でも知らないから怖い。怖いから潰そうとするのが戦争の原理。世界には光と闇があって両方でバランスが取れているから、何が正解で何が不正解かは簡単には言えない。けれど少なくとも僕は、まわりにいる人たちと、人として豊かなものを共有していければいいなと思っています。
 
演劇や映画から学んだ「日常のかけがえのなさ」
 
――小曽根さんは演劇や映画の世界でも音楽を手掛けていますが、普段もそうしたジャンルからインスピレーションを受けることはありますか。
 
小曽根 それはすごく大きいです。僕は相棒の三鈴〔註:女優の神野三鈴さん〕と出会っていろんな作品と関わるまでは、僕にとって映画は殆ど娯楽でしかありませんでした。だから楽しいアクションものとか、たまに恋愛ものとかを見るくらい。社会的なテーマの作品とか映画や演劇にしか作れない世界観の作品を見るのって、自分の人生とも向き合うことにあるので正直面倒じゃないですか。僕はもっと楽なところで生きていた気がします。もちろんそれもひとつの生き方だし、若いうちはそれで良かったのかもしれない。まずは人に認められたり、成長して作品を作り続けることが大事ですから。でもどこかの時点から、「誰かのために」ということが大切になってくる。演奏するということは、皆さんに何らかの影響を与える存在であるわけですから。

多くの人にとっての非日常って、コンサートに行ったり旅したりすることですよね。エネルギーの転換というか命の洗濯というか。でも僕ら音楽家にとっては、非日常が日常。水戸芸術館でレコーディングして喜びを共有して、また違う場所に行って新しいお客さんに拍手をいただいて…というように、毎日が新しいことの連続。それが日常です。ただこういう生き方は、自分がしっかりしていないとどんどんスパイラルが浮いてしまう。三鈴は僕に「ちゃんと根っこを生やすことが大事だ」と言い続けてくれました。

毎日会社に行って、仕事して帰ってきて、子どもとお風呂に入って…というのは、「何でもないこと」と言うのがもったいないくらい実はかけがえのないこと。日常の大切さというものを芝居や映画から学びました。限られた範囲でも、自分の人生をクリエイトしている皆さんの生きる力や時間、思いが尊いなと思うんです。僕なんか毎日刺激がある生活を送っているから、「それだけ世界中をまわって、よく元気でいられるね」と言われたりしますが、逆です。「まわっているから元気なんだよ」と。「明日は東京行くぞ。明日はアメリカだ。明日はパリだ」という感じで次があるから。これで元気でなかったら罰が当たる。ミュージシャンは元気で当たり前、元気にしていただいているんです。毎日の繰り返しの中で日々前進している皆さんの「営み」。その言葉が今、いい意味で重く響いています。それを教えてくれたのが演劇であり映画であり、役者や戯曲や文学。井上ひさしさんの芝居なんかまさにそうで、台詞が素晴らしいじゃないですか。あんな言葉書ける人いないですよね。


©noriyukisoga
 
ショパンとブルースの間に響きあうもの

小曽根 音楽も技術の方に傾いてしまうと危ない。僕は最初、ショパンの音楽が好きではありませんでした。美しく弾かれようとするショパンが嫌で。ミスタッチなしで完璧に弾かれても、僕には響かない。でもショパンの生い立ちを知って、考えが変わりました。彼が生まれたポーランドは元々、第1次世界大戦が終わるまで国名が地図に載っていなかったんですよね。ずっと侵略されていた歴史があるから。独立するための運動家でもあったショパンは、ポーランドにいると危ないからフランスに移り住んで。そこで祖国を思って書き続けた音楽がマズルカでありポロネーズだった。スラヴ系のダンス音楽。ちなみに今回僕が書いた「O’berek」という曲も、ポーランドのダンス音楽です。そういう背景を知ったときに初めて、「それなら僕も弾けるかも」と思えたんです。それでショパンのアルバムを作った。それを携えてポーランドでショパンを弾いたときは本当に怖かったけど、現地のおばちゃんたちに「あんた日本人なのに、なんでスラヴの人間の気持ちが分かるの?」と言われたのがとても嬉しくて。

 不条理な思いをしたり、明日も頑張ろうって自分を奮い立たせたり、やるせない気持ちを味わったりというのは、ブルースと同じ。奴隷として連れてこられた黒人たちが、怒りや悲しみ、苦しみを昇華させるために生まれた音楽。だから「ショパンはブルースと繋がる」と思いました。優れた芸術や文学は、苦しんでいたり頑張っている人たちから生まれることが多いですよね。それなのに音楽が独り歩きして、ただ美しく洗練されたものとして扱われるのは「ちょっと待って」と思っちゃう。「この音楽は元々はね」というルーツが腑に落ちていないと僕は弾けない。そこがつながっていることが自分にとっては大事です。

――小曽根さんの音楽家としての姿勢やお考えについて、今日は貴重なお話をありがとうございました。最後に、水戸芸術館に来てくださるお客様へメッセージをお願いできますか。
 
小曽根 それはね、「僕がレコーディングしたときのあの幸せな感覚を、今度は皆さんも僕と一緒に味わってください」という一言に尽きます!


©Kazuyoshi Shimomura
 
 
2021年3月19日
聞き手:高巣真樹(水戸芸術館音楽部門学芸員)
協力:(株)ヒラサ・オフィス


小曽根真 60th BIRTHDAY SOLO
OZONE 60  CLASSIC×JAZZ

2021年4月30日(金)19:00
    5月1日(土)17:00(予定枚数終了)

水戸芸術館コンサートホールATM
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