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2019-04-03 更新

特別寄稿 作曲家・伊左治直さん
わたしが感じる雅楽の魅力と《紫御殿物語・鳥瞰絵巻》のことなど

「今昔雅楽集 二、舞の絵巻」チラシ 雅楽は世界最古のオーケストラと言われます。しかし、その源流を辿ると、中国、朝鮮半島、更にはインド、ペルシャはじめ多様な国の文化が入り交じり、沸騰するような熱い血の交わりから生まれる“日本”の姿が見えてきます。たとえば今回のチラシの、舞楽の装束や面の容貌をじっくり見ていると、これが本当に“日本”なのか、そのイメージが揺らいでこないでしょうか。そして時代も本当に古いのか、逆に現代アートではないのか、とも。千年も歴史を越えると、パラレルワールドのような別の“日本”が存在する錯覚さえ感じてきます。

 こういった思いから2013 年に《紫御殿物語》が作曲されました。今回演奏される《紫御殿物語・鳥瞰絵巻》は、《紫御殿物語》を俯瞰する(=鳥瞰)絵巻という意味で、50 分ちかい原曲から約半分の長さに編曲されたものです。しかしダイジェストである一方で、新たに副題もつけられ、原曲とまた違った魅力が生まれています。

 オリジナルの《紫御殿物語》は〈紫御殿〉に始まり〈紫ノ舞〉に至る全10 曲の組曲でした。これらの副題は全て花の名前から取られていて、まるで平安王朝文学に出てきそうな、いかにも“日本らしい”雅やかな名前が多く見受けられます。ですが実は、どの花も元を辿ると中南米、東南アジア、アフリカなどの熱帯原産です。
 雅楽には、人前でみだりに演奏してはならず、ごく一部の人にのみ伝わる「秘曲」が存在しました。あるいは和歌には「歌枕」という、多く詠み込まれる名所旧跡がありますが、その中には架空の場所もあったそうです。そこから想を得て、場所も時代も様々に出現する「紫御殿」という架空の御殿をイメージし、「紫御殿」でしか聴かれない幻の音楽という設定で作曲し、各曲に小さい物語を付しました。その物語は、たとえば在原業平と藤原高子の逢い引き先が紫御殿であった(〈珠簾〉)、安土桃山時代には南蛮音曲の技法を秘かに修得し、人知れず紫御殿で奏でた楽人がいたのではないか(〈紫紺野牡丹〉)等々。歴史にif(もしも)は禁物と言われますが、この、「もしかしたら、こんな雅楽がかつてあった……かも知れない」という想像は、作曲家としても、そして日本史愛好家としても、刺激的なものです。

 これらの考えを確信させてくれたのが、この「今昔雅楽集」で聴かれる数々の曲です。前回公演の《露台乱舞》の宴会芸としてのユニークな雅楽や歌、そして本公演の伎楽の、パレード音楽としての楽しさは未知の雅楽で、いわば雅楽の“自由”を感じさせるものでした。そこからイメージが拡がり、たとえば《行道乱声》は、終曲〈紫ノ舞〉のアイデアの元になっています。私自身、これらが一緒のプログラムで演奏されることが、とても楽しみです。

 紫御殿ワールド、どうぞご期待下さい。

紫御殿物語・鳥瞰絵巻
第一曲:あやかしの御殿のことなど(「紫御殿」「珠簾」)
第二曲:甘き朝と色香の吐息漏れる夕べのことなど(「蓮霧」「夕化粧」)
第三曲:虎の尾の煌めきと龍の火を吹きたることなど(「金虎ノ尾」「噴火龍」)
第四曲:南蛮渡来の秘曲とねじれる時間の秘法のことなど(「紫紺野牡丹」「果物時計」)
終 曲:天空の遊びと地上の舞のことなど(「極楽鳥花」「紫ノ舞」)

水戸芸術館音楽紙『vivo』5-7月号より)

文:伊左治 直(いさじ すなお)
現代音楽系の作曲からブラジル音楽のライブなど、様々な活動を展開。芥川作曲賞、出光音楽賞、2018年「南蛮劇場―伊左治直 個展」で佐治敬三賞を受賞。