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2020-01-15 更新

音楽を通してコミュニケーションの重要性を伝える~トリオ・インク インタビュー


 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン生誕250周年を記念して、1月24日の「ゆったりお昼にクラシック」(「ちょっとお昼にクラシック」の拡大版)ではトリオ・インクによるオール・ベートーヴェン・プログラムをお届けします。トリオ・インクは水戸室内管弦楽団のメンバーでヴァイオリニストの川崎洋介さんを中心に結成されたピアノ三重奏団で、クリエイティブなプログラムやユニークなステージに定評があります。水戸芸術館には今回が4度目の登場となる彼らにメールインタビューを行いました。
 


まずは川崎洋介さんに伺いました。
――「トリオ・インク」とは珍しい名前ですね。どのように名づけられたのでしょうか?また、ヴァディムさん、ヴォルフラムさんとトリオを結成したきっかけは何だったのでしょうか。
 
 もともと、ヴァディムとはジュリアード音楽院時代からの学友で、ヴォルフラムとは一緒に仕事をする間柄でした。ヴォルフラムは私より10歳年上で、ニューヨークの音楽シーンで活躍する有名人でした。彼はあちこちで単発の演奏の仕事に私を誘ってくれました。ちなみに、私とヴァディムは、彼が私たちよりずっと年上であることをよくからかっているんですよ(笑)。ヴォルフラムとは2002年にとても親しくなりましたね。彼は枠にとらわれず世界中で活躍する団体として著名なマーク・モリス・ダンス・グループで仕事をしていて、私にも所属の話を持ち掛けてくれました。その頃、彼は定期的に共演してくれるピアニストを探していたので、私はヴァディムを紹介し、そこでこのトリオの原型ができたというわけです。私たちはシドニー・フェスティヴァルで演奏するためにオーストラリアへの旅を共にし、そこですぐに素晴らしい友達になりました。このおよそ18年間にわたる友情がこのトリオを素晴らしいものにしていると思います。

 私たちのトリオはもともと他のアーティストと共演することを想定していたので、「トリオ+(プラス)」と名付けました。例えば「トリオ+川崎雅夫」というように、だれかの名前をプラスしてコラボレーションをする公演をしたいと思っていたのですが、それはなかなか実現しませんでした。実はトリオよりもデュオのコンサートをすることが多い時期があって、その時は「トリオ-(マイナス)だね」などと冗談を言っていました。
 
 時代は流れ、インターネットが主な情報源になるにつれ、私たちのトリオ名は問題を抱えることとなりました。「トリオ+」と検索しても私たちの情報にはたどり着かず、「トリオ」と付く単語が出てくるのです。そうしてトリオ名を「トリオ・インク」と改めることにしました。そんなにいい名前ではないように見えるかもしれませんが、これは私たちがリハーサルでよく使う「インクを演奏しろ!(Just play the INK!)」というフレーズからとりました。文字通り、作曲家がインクで記した音符から逸脱しないような演奏をしよう、という意味です。
 
――トリオ・インクは2017年に続いて、水戸市内の全公立中学1年生を対象とした「中学生のための音楽鑑賞会」で演奏をされます。今回はベートーヴェンの生涯を演奏とナレーションで綴るステージ「ベートーヴェン:人間、音楽家、伝説」で劇団ACMの塩谷亮さんとの共演がありますね。水戸に限らず様々な場所で子供どもたちに向けて公演し、俳優やアニメーションとのコラボレーションも行っています。このような活動を積極的にされている理由は?
 
 世の中の移り変わりの中で、クラシック音楽のような伝統的なものを保存すべきだというプレッシャーを前にも増して感じるようになっていますが、私たちはそれよりも基本的なことがあると思います。どの世代も、指先で簡単に操作できるテクノロジーによって社会性が失われつつあるため、「コミュニケーション」こそが私たちみんなが保存すべきものなのではないかと思っています。そういうわけで、トリオ・インクは音楽を通してコミュニケーションをしています。音楽にほんの少しの言葉や視覚を加えることで音楽への理解を深め、子どもたち(つまりは私たちの未来)にコミュニケーションをとることの重要性を忘れずにいてほしいと願っています。人と人とのコミュニケーションは、スマートフォンやコンピューターでは学べないことを教えてくれます。――同じ空間を共有し、同じ空気を吸う。目の前で繰り広げられている生のものを見て、聴く――そのようなことが今重要なのではないでしょうか。
 
――今回の一般向け公演は「ちょっとお昼にクラシック」の拡大版、約2時間の「ゆったりお昼にクラシック」としてお届けします。この公演の後半では〈大公トリオ〉を演奏してくださいますね。この曲は、川崎さんにとってどのような作品でしょうか。
 
 〈大公トリオ〉を愛さない人がいましょうか! これは難しい質問ですね。ベートーヴェンの作品は全てが傑作です。彼は常にハーモニーと形式の境界線を広げ続けてきました。〈大公トリオ〉はベートーヴェンの実験的な試みとして確実に最高ランクにあるといえるでしょう。彼はこの作品で楽器の使い方、そして楽器間のコミュニケーションの取り方も再定義しています。これほどのスケールをもつピアノ三重奏曲はかつて生み出されたことはないので、当時の聴衆はさぞ度肝を抜かれたことでしょう。この作品が特別な理由は、今も人々に感動を与え続け、さらにその感動の理由が何であるかが分からないという点にあります。これが、ベートーヴェンがレジェンド(伝説)であるゆえんです。彼は時代を超えるのです。
 
――続いて、チェロのヴォルフラム・ケッセルさんとピアノのヴァディム・セレブリャーニさんにそれぞれ伺いました。あなたにとってベートーヴェンはどんな存在ですか?


 ヴォルフラム:ベートーヴェンは私が音楽家になった大きな理由の1つです。これほど後世に広く影響を与えた作曲家はいません。彼は革新的で、ルールを壊し、音楽の形式を広げ、音楽をロマン派の時代へと導きました。弦楽四重奏曲に関していうと、古典的な初期作品から記念碑的で力強い中期作品、そして時代を切り開き、奇跡的なまでの完成度を誇る後期作品までを順に演奏し、彼の足跡をたどることは音楽家として一番満たされる経験です。彼の音楽は感情、人生、精神、全ての面に語りかけてくるのです。
 


ヴァディム:私が子どもの頃、ピアノの先生に最初にしたお願いは「僕にベートーヴェンの曲を弾かせて」ということでした。その頃は彼の音楽を熟知しているわけではありませんでしたが、そのエネルギーと刺激はすでに私の心を捕えて離しませんでした。長年、私は彼の音楽に魅了され続けています。ジュリアード音楽院でピアノを学ぶ間、ブレンデル、バレンボイム、ゼルキンといった私の最も尊敬するピアニストたちはベートーヴェン作品に深く関わっている演奏家ばかりでした。

 ベートーヴェンが作曲した32曲のピアノ・ソナタを演奏できたことは、私がピアニストとして達成しうる最も重要な業績だったように思います。何年も前、洋介と一緒に10曲あるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタを1週間で演奏した時は、私の人生で最も誇らしい時間の1つでした。ベートーヴェンに対するイメージは、私が子どものころから大きく変わりました。昔は、気性が荒くて型破りで、極端に刺激的で暴力的ですらある音楽を書く人物だと思っていましたが、今はそれだけでなく、計り知れない創造性と焦燥感を持ち合わせた非常に複雑な人間であったと感じています。それは、彼が音楽の真理を求め続けて、作曲のスタイルを幾度も完全に変えていることからも分かります。

 私は、交響曲第9番に心を奪われ、弦楽四重奏曲第15番やピアノ・ソナタ第32番の緩徐楽章に涙し、交響曲第7番を聴けば、150年前のヴァーグナーも言っているように、踊りたい気分になってしまいます。たとえ、何度聴いたとしても。なぜだか分かりませんが、これからもそうであり続けるであろうことは確信しています。

(文・聞き手:鴻巣俊博)