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2022-07-28 更新

進化し続ける歌姫 森谷真理 インタビュー


8月17日の「ちょっとお昼にクラシック」には、国際的に活躍するソプラノ歌手・森谷真理さんをお迎えします。5月初旬、ドレスデン州立歌劇場(通称・ゼンパーオーパー)に招かれて〈蝶々夫人〉の主役を歌うため渡欧中の森谷さんに、オンラインでインタビューをしました。この日は公演の中日、滞在先のウィーンからの通信。アメリカとヨーロッパの両方で活躍を続けてきた森谷さんならではのお話や、今回のプログラムのことなどをうかがいました。


森谷真理さん ©タクミジュン

―森谷さんは栃木県小山市出身。水戸へは水戸線1本で来られるという立地ですが、今までいらっしゃったことはありますか?

子どもの頃、家族や友人の両親に連れられてよく梅を見に行った記憶があります。おそらく偕楽園だったのでしょうね。あと知り合いが水戸にいたのか、家によく納豆が届いていました。

―子どもの頃にいらっしゃっていたのですね! お母様は声楽家という環境で過ごされた子ども時代、初めて観たオペラは覚えていますか?

母が出演している市民オペラを観たのが最初のオペラ体験でした。まだ小さいときだったので演目までは覚えていないのですが、人魚の衣装を着ている人がでていたのを覚えています。その他にも母が出ているオペラは私の意志とは関係なく半強制的に連れていかれていました(笑)。

あとはオペラではないのですが、私が中学生の時、母がミュージカル〈キャッツ〉を観に東京に連れて行ってくれたことはよく覚えています。「オペラって面白いな」と初めて感じたのは、東京でオペラ映画の〈カルメン〉を観たときでした。それまでいろいろ生の舞台を見ていて、それはそれなりに楽しんでいた、という感じですが少なくとも飽きたことはありません。

―今年7月には新国立劇場の高校生のためのオペラ鑑賞教室〈蝶々夫人〉のタイトルロールを歌うなど、学生さんや子どもたちのための公演にも出演されていらっしゃいますね。そのような公演で、子どもたちからどのようなこと感じられますか?

大人は「内容を理解しないと」、という気持ちが先に来てしまいがちですが、子どもはどんなに小さくても「わからない」と感じるのではなく、それなりに楽しんでいると思うんです。だから私は子ども向けの公演に出るのは大好きです。演奏中に泣いている子は見たことないし、みんな舞台に食いついている。逆に大人がお疲れになって寝ているということが多いぐらいです(笑)。

海外でも子どもの反応は同じですね。10歳の子でも〈ばらの騎士〉を観ていました。おそらく全部理解することはできないのでしょうけども、それは大人だって全部は理解できていない。分からなくていいんですよ。分からなくてもその場の雰囲気を感じたり、音楽を浴びたりすることが、彼らにとって楽しいことなのではないかなと思います。子どもって感受性が強いので、演じる側が真剣に表現をしていると、それをまるでテレパシーのように素直に受け取ってくれていると感じます。今までの学生向け公演で一番反応が良かったのは〈ルチア〉でしたね。

―それは意外な演目ですね。でも確かに「狂乱の場」などは普通じゃないですよね。

あのオペラの独特の狂気感はすごいですよね。こんなこと言ったら怒られるかもしれないですけど、奇声のような高い声を出したりして、初めて聴いたらおののきますよね(笑)。でもおののきながらも、きっとこれが表現の1つなのだと思って楽しんでるように感じました。

―アメリカのマネス音楽院で学び、世界五大歌劇場の1つであるニューヨーク・メトロポリタン歌劇場に〈魔笛〉夜の女王役でデビュー、その後アメリカ各地の歌劇場で活躍をされた森谷さん。ヨーロッパでもオーストリアのリンツ州立劇場の専属歌手を務めるなど、アメリカとヨーロッパの両方で活躍を続けてきました。そんな森谷さんが感じる、アメリカとヨーロッパのオペラの違いはどんなことでしょうか?


メトロポリタン歌劇場。4000席近くの客席数を誇る巨大な劇場(他の五大歌劇場の席数は2000席前後)。
Professorcornbread, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

まず、アメリカのオペラはスポンサーから資金を集めて公演をします。そして劇場の専属歌手というシステムはなく、皆フリーランスの歌手です。中にはこの歌劇場でどの役を歌う、という年間契約をしている歌手もいるかもしれませんが、ドイツ語圏の専属歌手の形態とは全然違います。

一方ヨーロッパはというと、イタリアなどは違うかもしれませんが、ドイツ語圏は街ごとに歌劇場があって、市や州といった自治体から助成を受けて運営しています。私が所属していたリンツ市にある歌劇場はオーバーエースタライヒ州から助成を受けている州立の歌劇場でした。アメリカはプロダクション(演目)ごとに出資するスポンサーもいますが、ドイツ語圏の自治体の助成は歌劇場全体に対する助成です。ドイツ語圏の歌劇場では奇抜で実験的な演出の舞台も多いのですが、それは演目ごとではなく1年間通しての予算が組まれているから実現できているのではないかなと思います。

国によって歌手の仕事の選択肢も変わってきます。ドイツでは15年間専属歌手を務めると、その劇場で終身雇用が認められる制度がありますが、オーストリアはそうではありません。支配人が変わると専属歌手は総入れ替え、というケースもあります。専属歌手は月に何回舞台に立とうと、固定の月給制。そんなドイツ語圏でも大きな劇場になると主役はフリーランスの歌手がゲストとして歌うことが多いです。

―今回、森谷さんがドレスデン州立歌劇場に招かれて蝶々夫人役を歌っているのは、フリーランスでゲストという形ですね。

はい、ピンカートンやシャープレスといった他の主役級歌手も専属歌手ではなくフリーの歌手たちです。彼らは、私が今回ドレスデンで初めて出演した5月1日の公演の午前10時にドレスデンに着いたので彼らとはほとんどリハーサルしていません。

女中のスズキ役は専属歌手だったので3~4日リハーサルができたのですが、彼女もその期間〈蝶々夫人〉だけではなくて〈エレクトラ〉に出ていました。また他の専属歌手はケート役をやりながら〈ルサルカ〉に出ていました。私もリンツ時代はそうでしたが、専属歌手は毎日朝と晩では違う演目のリハと本番が入っているものなので、主役の私が一番暇といえば暇なんです(笑)。


2022年5月 ドレスデン州立歌劇場〈蝶々夫人〉
©Semperoper Dresden/Lukas Kober

今回の宮本亞門さんの演出は3年前に東京二期会さんの公演で出演させていただいたものではあるのですが、ドレスデンの公演は欧米の歌手を想定して4月に幕を開けた公演なので、初日を歌った歌手の動きが前提とされますし、身体のサイズも全然違います。その辺りのアジャストの作業もありました。

ピンカートン役の歌手とは公演当日に1幕の二重唱の出ハケと立ち位置をおおまかに確認して、本番で合わせていくという感じでした。相手の歌手の体形や声によって立ちたい場所も変わってくるわけですし、お互いの反応を見ながら創り上げていくのが舞台というものだと思います。これはドイツ語圏の歌劇場特有のレパートリー制の成せる技だと思います。

一方アメリカでは、急病や事故で突然出演ができなくなった歌手が出た場合を除いて、本番当日初対面の人と舞台に立つということはないですね。

私がリンツの専属歌手だった時、〈ばらの騎士〉の主役にとても有名な歌手が出演したことがありました。とても素晴らしい歌手なんです。とても素晴らしいのですけど、私がその人に押される演技をする場面で、毎回逆の方向に押してくるんです(笑)。右に押されなくてはいけないところを左に押されたら、どうやっても左に行くしかないじゃないですか。でも後々の演技の立ち位置を考えると、右に行っていなくてはならない。だから毎回どうやって右の方に行こうかな、と考えていたなんてこともありましたね。

蝶々さんの息子の子役に関して、日本とヨーロッパの違いを感じました。日本の子役は言われたことをきちっと守って演技しますが、こちらの子役は何かがあった時に自分の意志で動いてしまうんです。

今回の舞台では母親役である私が舞台袖に下がった後に、子役は舞台上に残って演技をする場面があるのですが、母親役から離れてはいけないという意識があるのか私についてきちゃうんですよ(笑)。可愛いと言えば可愛いのですが大変です。日本の子どもにはない考えの振れ幅があって、自由なお国柄を感じますね。それに稽古の時には10分ぐらいで「帰りたい」って言っていました。日本の子役は絶対に言わないですよね(笑)。



―森谷さんは近年、オペラのみならず歌曲にも力を入れていらっしゃいます。今回のようなリサイタル形式の公演で歌曲とオペラ・アリアの両方を歌う際、どのような違いを感じますか?

歌曲の方がより複雑で深い世界観であることが多いと感じます。ピアニストの方とのリハーサルにかける時間は、歌曲の方が断然長いですね。オペラ・アリアは大体1回合わせて本番を迎えることが多いですが、歌曲はそうはいかない。お互いの世界観をすり合わせていって2人の世界を作るというプロセスが必要です。音楽家としての仕事をしているな、と感じる時間ですね。

海外で声楽のコンサートといったら歌曲が基本。オーケストラ伴奏ではオペラ・アリアも歌いますが、ピアニストと2人でのコンサートでオペラ・アリアというのはほとんどないです。そしてオペラの公演はたくさんあっても、コンサートホールでのソロ・リサイタルというのはよほどのスター歌手じゃないとないですね。

―今回のピアニスト、河原忠之さんとは最近よく共演を重ねていますね。歌手の方にとって河原さんはどのようなピアニストでしょうか?

歌手にとってかけがえのない宝物のような存在の人だと思います。あの方から音楽的にいただけるものが多すぎて…なかなかこういう方はいないですね。オペラ作品のピアニストとして日本における第一人者で、文句なしに日本のトップを走る方ですが、私は河原さんと歌曲を演奏するのも好きです。とにかく楽しいんですよ!「ここはこうしてみたらどうでしょう」といろいろ話しながら、楽譜に書いてあることから自分たちに何ができるかを納得ゆくまで試してみる。その中から解釈を発見した時に感じる喜びは、他に代えがたいものですね。「そうか、正解がここにあった」って。

でもそれはホールに響きによっても、自分のコンディションによっても変わってきます。そのような違いがより音に出やすいのも歌曲ですね。同じ曲を歌っても毎回同じようには仕上がらないし、時間が経つと違った解釈になっている可能性もあります。


河原忠之さんと共演した紀尾井ホールでのリサイタル(2022年6月22日)
©ヒダキトモコ

―後半は一転して、プッチーニのアリアをたっぷり聴けるのも楽しみです。

今回はお昼のコンサートということもあり、皆さんどこかで聴いたことがあって、そんなに長くないプッチーニのアリアを集めました。やっぱり一番有名な“私のお父様”から初めて、次に〈ラ・ボエーム〉の準主役級のムゼッタが歌う“私が街を歩くと”。私、この曲大好きなんですよ! 考えてみたらプッチーニばっかり歌ったことってそんなにないですね。

〈トスカ〉は全曲を歌ったことはないし、プッチーニは私のレパートリーの中で最後の方に来た作曲家でした。〈トゥーランドット〉のリューは舞台で歌ってきましたが、〈ラ・ボエーム〉のミミを歌い始めたのは30代になってからでした。私の中でプッチーニはメインストリームではなかったのです。だけど最近変わってきて、自分の声というものに向き合っていろいろ試行錯誤、四苦八苦する中でプッチーニはもっと歌ってみようと思い始めてきました。

―最後に、水戸の皆さんにメッセージをお願いします。

私はコンサートのプログラムを考えるとき、いつでも同じ曲ということはなく、その場所ごとにそれぞれ考えています。今回はお昼のコンサートということもあって後半は有名なプッチーニのアリアを選択しましたし、水戸芸術館でのこのコンサートのために組んだプログラムになっていますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。水戸へは梅を観に来たことがあってとても親近感がある街ですが、水戸で歌うのは初めて。この場所で自分という歌手を知ってもらえることの嬉しさは大きいです。良き昼の時間になるように頑張るので、皆さんも目一杯楽しんでいただけたらな、と思っております。


同上 ©ヒダキトモコ

(聞き手・鴻巣俊博)