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2022-09-28 更新

人生そのものがインスピレーションの源――セバスチャン・ジャコー(フルート)インタビュー【水戸室内管弦楽団 第110回定期演奏会】

10/28,29の水戸室内管弦楽団(MCO)第110回定期演奏会には、今回からMCOの正メンバーに加わってくださるフルート奏者のセバスチャン・ジャコーさんがソリストとして登場します。ジャコーさんはこの公演後、すぐにベルリンに直行し、ベルリン・フィルでも首席奏者の仕事が始まるというご活躍ぶり。またプライベートではこの夏に結婚されたとのこと。公私ともに新生活を迎えられる中、8月のセイジオザワ松本フェスティバルで来日された際、貴重なお話を伺いました。


 
――今回はMCOの定期演奏会にソリスト、そして新楽団員としてお迎えできることを嬉しく思っております。そして今年はベルリン・フィルの首席奏者にも就任されました。おめでとうございます!

ベルリン・フィルでの仕事はまだ始まっていませんが、新しいスタートが楽しみです。彼らと演奏したことはまだ数回しかないのですが、首席のポジションに合格してとても嬉しいです。水戸室内管弦楽団の定期のあと、すぐベルリンに飛んで、翌日からベルリン・フィルでの仕事が始まります。
 
――心躍る新シーズンの始まりですね!

そうですね、今年はずっとそんな感じで忙しく過ごしていました。実は3月にサンフランシスコ響の首席ポジションに合格したのですが、ベルリン・フィルのオーディションを控えていたので、結果が出るまで待ってほしいと頼んだのです。それで快く待ってもらっていたのですが、ベルリンでの仕事が決まったので、ベルリンに行くことを決めました。そしてベルリン・フィルからは「いつから来られますか?」と聞かれたので、「水戸のコンサートが終わるまで待ってほしい」と頼んだのです。またプライベートではこの夏、2週間くらい前に結婚しました。
 
――公私ともにおめでとうございます!さて最初に、セバスチャンさんのバックグラウンドについてお聞きします。まずはフルートとの出会いについて教えていただけますか。

私は5人兄弟の長男なんですが、兄弟全員が音楽家です。弟は3歳の頃にヴァイオリンを、そして妹はハープを弾きたがったのですが、まだ小さかったので、チェロを始めました。私は、何か難しすぎない楽器がいいと思い、リコーダーを始めることにしました。もともと何か、息を使う管楽器がいいと思っていたんです。というのは幼い頃、呼吸機能に問題があって、呼吸が止まることが頻繁にあったんです。母はそのたびに私を助けようとしてくれました。ですので、自分にとっては呼吸を積極的に使う楽器が大事ではないかと思っていました。リコーダーはとても楽しかったですね、最初に習ったのがとてもいい先生だったんです。バロック音楽をいろいろと吹くなかで、リコーダーは自然とフィットするというか、とても合うと感じていました。でもリコーダーではどうしても限りがあるようにも感じ始めたとき、隣に住んでいた人がフルートを吹いていて、それでどうしてもフルートがやりたくなり、8歳のときに始めました。
 
子どもの頃から培われたフレージングの感覚 

――ご両親も音楽家の方ですか?

母はピアノを弾きますし、音楽も教えていて、学校の先生でもあります。父は若い頃はギターを少し嗜んでいましたが、本格的にやっていたわけではありません。でも家族が演奏するのを楽しんで聴いてくれていました。私たち兄弟を音楽の道に導いてくれたのは母ですね。兄弟で小さなオーケストラを組んで、そのために母は300曲くらいアレンジしてくれました。今でもときどき一緒にアンサンブルしていますよ、ヴァイオリニストが2人もいますし、トランペットやハープ、チェロもいますから。それにサクソフォンも!私はフルートを始めて2年後から、サクソフォンも習い始めたんです。サクソフォン演奏での学位も持っていますよ。いつか私たちのアンサンブルも披露できたらいいですね。
 
――少年時代に特に影響を受けた先生はいらっしゃいますか?

最初に習った先生には、フルートの吹き方だけでなく、音楽全般について学びました。音楽のルールなども、初めて知ることばかりでした。さらにその先生は、楽譜上の全ての音符に、その音がどう演奏されるべきかを細かく書き示してくれていたんです。例えばアクセントがあったら、それは長めなのか短めなのか。あるいはデクレッシェンドであれば、音の減衰は緩やかなのか、素早くなのか。当時は、そのことの貴重さをあまり認識していなかったのですが、彼が数年前に亡くなり、彼がくれたスコアを改めて見返してみたんです。そうしたら、先生は私の楽譜に全てのフレージングを書き込んで教えてくれていたことに気付いたのです。ブレスは小さめなのか、大きくとるべきか、などを含めて詳細に。私たちはバッハやパーセル、ヘンデル、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ、テレマンなど、バロック音楽の基本的なレパートリーを全て網羅しました。その4年間が、その後の学びへの基礎となりました。

12歳のときにイザベル・ジロー先生に出会い、そのときフルート奏者になろうと決意しました。いろんなスポーツもやっていたのですが、何よりフルートが大好きでしたし、自分の演奏は悪くないと思っていましたから。でも真剣にやりたいなら、ただ楽しんで吹くだけではなく、きちんと学ぶ必要がありました。彼女からは、「私は全てを教えます。でもそのためには、これまであなたが身につけたテクニックは全て変える必要があるわね。それに今はそういう吹き方はしないから、アンブシュアも直さないと」と言われたので、ゼロから学び直しました。彼女は本当に、自分の持っているもの全てを教えてくれました。そして2年たつと、「私からあなたに教えることはもうないから、次の先生のところに行きなさい。ジャック・ズーンのクラスのオーディションを受けるべきよ」と言ってくれたんです。
 
――15歳という若さで入学されたジュネーヴ音楽院では、ジャック・ズーン氏に師事されました。ズーン氏からはどのようなことを学びましたか?

彼に初めて会ったとき、私はまだ若かったので、父親のような存在と感じていました。それにジャックもジュネーヴに住み始めて2年くらいで、日が浅かったので、まだフランス語を完璧には話せない時期でした。でも、多くを語り合う必要はありませんでした。彼が吹くのを見れば、言葉がなくても、彼の伝えたいことは理解できましたから。当時も今も、いい関係です。ジャックはこれまで本当にたくさんの学生を教えていて、卒業生はみんな違った個性の持ち主です。彼は、生徒の一番いいところを引き出そうとするんです。ジャックが自分のアイディアを生徒に押しつけるのではなく、生徒のアイディアをうまく引き出して、それを表現するための道具を与えようとしてくれます。だから自分が何を言いたいか分からないような生徒にとっては、ジャックのような先生から学ぶのは難しいかもしれません。私には言いたいことがあり、でもその表現の仕方をいつも把握しているわけではなかったので、彼はそのための道具をくれたんです。大きな学びがありました。ジャックはその人が持つパーソナリティや愛、音楽、アイディアを求めていました。それに本当にオープンマインドな人なので、大好きですね。

 
マエストロオザワとの初共演~忘れられない思い出

――サイトウ・キネン・オーケストラに初参加されたのは19歳の頃だそうですね。そのときから現在までで、マエストロオザワとの共演で特に印象深かったことを教えていただけますか?

セイジとはたくさんの思い出があります。サイトウ・キネン・フェスティバルに初めて参加したのは2001年。オペラ「利口な女狐の物語」が上演されたときです。私にとっては、オペラは初参加。香港フィルにいたときに演奏していたのは主に交響曲と、バレエ音楽を何曲か程度でしたから。それに奇遇なことに、私の母は作曲家のヤナーチェクと同様、チェコ人。なので私もチェコ語を少し知っていたんです。セイジと出会ってまず驚いたのが、彼がオペラの歌詞全てをチェコ語で歌っていたこと。リハーサルで、セイジが歌手全員に要所要所で合図を出すのですが、そのとき歌手と一緒に彼もチェコ語で歌っていたのです!これには心底驚いたことを覚えています。セイジは音楽の作り方が本当に素晴らしいのですが、それだけでなく、オペラの歌詞を原語のまま学ぶ時間も捻出しているということに、ショックを受けたといっても過言ではありません。ちなみにリハーサルは日本語で行われ、英語は一言も使っていませんでした。私は今でこそ、レストランで注文できるくらいのカタカナは分かりますが、19歳の時は日本語が全く分からなかった。でもセイジが話す日本語は、なぜか理解できる気がしました。彼には伝えたいことを表現する天性の才能と、純粋で率直で、とにかく圧倒的な人柄の持ち主なので、演奏家たちは言語を超えて、彼の意図を理解するのです。そんなセイジのことが最初から大好きでしたし、ジャックと少し似たところがあるかもしれません。だからすぐに心が通じ合ったような気がしています。セイジとまた演奏したいですね。水戸でも松本でも、皆がセイジとの思い出を大切にしています。彼がどんな演奏を望み、どんな言葉を使って、どう指揮するか。みんな分かっているのです。それが、水戸室内やサイトウキネンの演奏を特別なものにしています。


右からセバスチャン・ジャコーさん、小澤征爾総監督、そして同じくMCOメンバーのフィリップ・トーンドゥルさん
 

――セバスチャンさんは2018年以降、MCOには2度参加してくださっています。MCOについて、どんな印象をお持ちですか?

まずは水戸というまちが好きですね。それに日本で演奏活動をすることも大好きです。サイトウキネンには2008年から参加していますし、ソリストとして関西フィルと共演したり、東京や神戸でも演奏したことがあります。日本での演奏の仕事はいつも楽しいのですが、中でもMCOはベストです!大好きな、素晴らしい演奏家が集まる水戸での1週間は、いつもエキサイティングです。並外れたエネルギーがあって、そんな場所は他にはありません。心から音楽をしたい、一緒にコラボレーションしたいと望んでいる人が集まっている。それは本当に特別なことです。
 
――今回演奏していただくモーツァルトのフルート協奏曲第1番について、今もセバスチャンさんを魅了するのはどんなところでしょうか?

フルートにはそもそも、協奏曲のレパートリーがそれほど多くありません。モーツァルトには、フルート協奏曲が2つと、フルートとハープのための協奏曲、それにアンダンテやロンドといった作品があるくらい。あとはイベールやニールセン、ジョリヴェ、それにカール=フィリップ・エマニュエル・バッハの作品が少しある程度ですね。ですので、オーケストラと共演する曲は、それほど興味深いレパートリーがあるわけではないんです。それにモーツァルトのフルート協奏曲は、たいていのフルート奏者はまず、オーディションで演奏する曲です。審査員を喜ばせるように吹くので、この曲にあまりいい思い出がない奏者も多いかもしれません。でも今の私には、この曲の純粋さや魔法のようなところが感じとれて、お気に入りのコンチェルトの一つです。モーツァルトならではの美しさに満ちていますし、とても洗練された個性を持つフレーズがたくさん登場します。それに子どもから大人まで、誰の心にも響くものがあると思います。それがモーツァルトの音楽の魔法。言葉では説明できないものです。ここ数年は、コンサート自体が少なかったこともあり、この曲を私自身が演奏するよりも生徒に教える機会の方が多かったのですが、今ではこの作品を通して表現したいものをたくさん発見しています。それを聴衆の皆さんと共有できるのが楽しみです。

モーツァルトはあなたや私と同じ、一人の人間でした。彼はただ仕事だからとか、何か理論を身につけなければという必要に迫られて作曲したのではなく、心の中にたくさん表現したいことや人生があって、それを表現できるのが音楽だったのだと思います。そうして後世に残された音楽は、私たちにとって宝物ですよね。私はモーツァルトの音楽の中に、彼の人生のさまざまな側面が反映されているように感じます。モーツァルトはとても賢く、洗練された形で音楽を書いたので、彼自身がいかに人生を築いていったかということを誰もが音楽から感じることができるのです。私が皆さんと分かち合いたいのは、モーツァルトの音楽の中に込められている Life(人生)です。
 
今この瞬間を生きること
 
――これまでに素晴らしいキャリアを築いてきたセバスチャンさんにとって、音楽を作るうえでのインスピレーションの源は?

その答えはとてもシンプルで、今お話しした通り、life(人生)だと思っています。音楽はいわばひとつの言語。私はフランス語、ドイツ語、英語、イタリア語を話しますが、音楽もそうした言語のひとつです。そして、もしその人が今、この瞬間を生きていなければ、いい音楽を作ることは難しいのではないでしょうか。私はある曲を演奏するときに、よく具体的なストーリーを想像します。作曲家も人間ですから、彼らも自分の人生観や様々な経験を音楽に反映しています。もちろんバッハやモーツァルト、あるいはヴァーグナーやマーラーが生きた時代に、人々がどんな生活を送っていたかを直接知っているわけではありませんが、本を読んだりして想像することはできます。ネットも、暖房もエアコンも、Wi-FiもBluetoothも、ヨーロッパからアジアまで運んでくれるANAもなかった時代。人々の生活はもっと不便で、自然に近いものでした。2人に1人の子どもは病気で早死にしたりしていた。昔は現在より治療が難しい病気が多く、何かを手に入れるにはかなりの労力がいりました。今ほど物が簡単に手に入る時代でもなかったのです。私は、人がクラシック音楽について批判するとき、いつもこの時代背景の違いに思いを馳せるようにしています。

でも同時に、今私たちが生きているのは2022年で、1700年代ではない。だから当時の作曲家が抱いた感情や感覚を、演奏を通じて表現するには、今の聴衆の心にも通じる何かを見つけなければいけないと思うんです。例えば「嬉しさ」を表現したいとき、具体的にはどんな風なのか。長調のフレーズは「嬉しい感じ」、短調は「悲しげ」といったレベルの捉え方だと、赤ちゃんであればそのくらい単純でよいでしょうけれど。人間が抱く最初の感情ですからね。でも悲しげに表現したいとき、なぜそういう感情を抱くに至ったのかまでを具体的に想像することが大事だと思います。例えば、何か幸せな思い出を失って悲しいのか。自分の誕生日がまだ来なくて、でも待ちきれなくて辛いのか。失恋したのか。お気に入りのコインを失くしたのか。コンクールに落ちたのか‥。一口で「悲しい」といっても、それは千もの物語になりうるわけです。そしてそれは演奏者の想像力次第。あなたの思い描いているストーリーが明確であればあるほど、その演奏を聴く人は、音楽から何かを感じとりやすくなると思います。だから私も生徒に、「ある曲をどう表現したらいいか分からないなら、楽器をしまって散歩に出なさい」とよく言うんです。言うべきことは、フルートの中にはありません。楽器の中はただの空洞です。だから私は、自分の人生を思いきり生きて、よく観察して、人生のささやかな瞬間や、細やかなアイディアをたくさん心に蓄えていくことを大切にしています。

 

◆セバスチャン・ジャコー Sébastian Jacot/ PROFILE
2022年秋よりベルリン・フィル首席奏者に就任予定。現在はライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の首席奏者を務めており、その演奏は「フルート界のロックスター」とも評されている。1987年スイス・ジュネーヴ生まれ。ジュネーヴ音楽院でジャック・ズーンに師事。2013年神戸国際フルート・コンクール、14年カール・ニールセン国際フルート・コンクール、15年ミュンヘン国際音楽コンクールの全てで優勝を飾っている。日本では小澤征爾の招きにより、2008年からサイトウ・キネン・オーケストラに首席奏者として参加。またソリストとして、バイエルン放送交響楽団やミュンヘン室内管弦楽団をはじめ、多くの楽団と共演を重ねている。ラインガウ音楽祭など著名な音楽祭でソロリサイタルを開催しており、室内楽の幅広いレパートリーには定評がある。またブレーメン芸術大学にて後進の指導にも情熱を注いでいる。
公式ウェブサイト 
https://www.sebastianjacot.com/ 


2022年8月13日
聞き手:高巣真樹(水戸芸術館音楽部門学芸員)



水戸室内管弦楽団 第110回定期演奏会
10/28[金]19:00、29[土]15:00 予定枚数終了
会場:水戸芸術館コンサートホールATM

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