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2022-10-14 更新

秋の深まりと、ヴィオラの音と、ブラームスの室内楽と――店村眞積(ヴィオラ)インタビュー【店村眞積 ヴィオラ・リサイタル】

 日本を代表するヴィオラ奏者であり、水戸室内管弦楽団メンバーとしてもおなじみの店村眞積さんがこの秋、リサイタルを開きます。店村さんのヴィオラと言えば、あの音。あの深い情感を湛えた音。ここにしかないという音楽の核心にあたたかな眼差しをそそぐ音。ソリストとして、室内楽奏者として、あの音に刻み込まれたすべてを表現できるようなリサイタルをと店村さんにお願いし、提案されたのがこのオール・ブラームス・プログラムです。
 前半は、これまでに店村さんと多くの時間を共有してきた練達のピアニスト練木繁夫さんと、枯淡の味わいをもつ晩年のソナタ2曲。後半は、店村さんが心からの信頼を寄せる弦楽器奏者たちと、若々しい情熱がほとばしる弦楽六重奏曲。秋の深まりが、店村さんのヴィオラの音と、ブラームスの室内楽を、実り豊かに演出してくれることでしょう。




Interview with Mazumi Tanamura

――いよいよリサイタルが近づいてきましたね。
 今までリサイタルはたくさん行ってきましたけれども、室内楽を入れた形でのリサイタルというのは初めてなんですね。昨年、関根さんから「室内楽も入れたらどうですか」という話をいただいた時に、ああそういうこともできるのかと思って、メンバーを考えました。前半にブラームスのソナタ2曲を弾きます。練木さんは素晴らしいピアニストで、彼と組んでいればもう安心です。レコーディングも一緒にしていますしね。後半はやはりブラームスの第1番の弦楽六重奏曲にして、素晴らしいメンバー、それも全員水戸室内管弦楽団にも関わりのある人たちが集まってくれることになりました。フェデリコさんは、彼が20代の頃からの付き合い。1980年代には一緒に日本でコンサートのツアーもやりました。最近、彼は会うたびに11月のコンサートのことばかり話しています。中村静香さんは、サイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団、桐五重奏団で30年来の仲間であるし。上村さんは、僕がフィレンツェのテアトロ・コムナーレのオーケストラにいた時に、カサド国際チェロ・コンクールを受けにきて(1979年)、そこで1位をとって、僕の家でお祝いしたりして、それからの付き合いです。山本さんも長いです。一緒にサイトウ・キネン・オーケストラで弾いたり、室内楽をやったり。淳君(村上淳一郎さん)は彼が中学2年の時、僕の友人が教えてやって欲しいと連れてきましてね。その時はおかっぱ頭の坊やで可愛かったの。それが今は1m90cmくらいの長身でしょ。
 
――村上さんは、水戸室内管弦楽団のフィレンツェ公演の時(2008年)にちょうど向こうにいらして、ヴィオラの有望株とのことで私たちもお話を伺ったりしました。
 その頃にはもう活躍してましたよね。トリエステとかヴィットリオ・グイのコンクールで優勝して、その後ケルン放送交響楽団のソロ奏者になった。あそこのオーケストラでずっとソロ奏者をやっていられたっていうのは相当すごいですよ。昨年秋からN響の首席になりましたね。彼にもずっとヴァイオリンを教えていて、大学3年でヴィオラに転向させました。
 
――店村さんもヴァイオリンからヴィオラに転向なさっていますが、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
 もう一度ヴァイオリンを一から勉強しなければこの上には行けないと感じた時に、楽器を変えて勉強しなおした方がいいと思って、それでヴィオラへ転向しました。22歳頃に、齋藤秀雄先生から「ヴィオラを弾きなさい」と言われ、反発して「あんな楽器、大嫌いだ」とか言い返していたんだけど、結局はそうなっちゃって。人生どうなるかわかりません。ヴィオラのイメージを覆してくれたのは1972年にイタリア弦楽四重奏団が初来日した時。東京文化会館に演奏会を聴きに行って、ドビュッシーとラヴェルのカルテットでしたが、あまりにも素晴らしくてびっくりして。またそのヴィオラの音にもびっくりして。音の通り方、響き方がもう全然違って、ヴィオラってこんなに素晴らしい楽器なのかと。その奏者がピエロ・ファルッリ先生。ですから僕がヴィオラに転向しようと考えた時、ファルッリ先生に教わることしか頭になかったですね。まったくの偶然なんですけど、当時、僕の妹がフィレンツェでピアノを原智恵子先生に習っていたので、探して欲しいと頼んだら、ファルッリ先生は原先生の親友でフィレンツェにいるというので、すぐに話がまとまりました。ヴィオラ転向を決めて1週間後にはフィレンツェにいたなんて、今でも信じられないくらいです。
 
――ファルッリ先生のレッスンで、特に印象に残っていることはありますか。
僕はテクニック的にどうこうと言うより、ヴィオラというものを教えてほしいと思っていました。ファルッリ先生は、ヴィオラは音色だとおっしゃり、それは納得するんだけど、彼は180か190cmもある大男で、彼の小指は僕の人差し指より大きいし、中指は僕の親指くらいの太さがあるの。その人が柔らかく弾いてごらんと言っても、僕とは条件が違いすぎる。おまけに、僕より小さい楽器を使ってるのね。そうすると、根本的に音をどう集中して作るかということが違ってくるんですね。そういうことで先生とぶつかったことはいっぱいあります。でも、僕はヴィオラにかけていて、年がら年中楽器しか持たず、1日に10時間、11時間と練習していました。先生もびっくりして、少しは休めと家に招待してくれて、ごちそうをふるまってくれたこともありました。すごく優しい先生でもありましたね。その時、自分は演奏会が近いからちょっと練習するねと言って上の練習部屋に行かれたのですが、僕はそれをずっと見ていました。3時間、伴奏の刻みだけ。イタリア弦楽四重奏団は暗譜で演奏会をやっていて、60曲くらいは全て頭に入っている。それで、楽譜は見ずに伴奏の刻みのところだけずっと練習していました。あんな忍耐力、見たことがありません。僕にとっては、先生というより、すごい生き様を見せてくれた親父みたいな存在でしたね。イタリア弦楽四重奏団は本当に素晴らしかったけれど、もう少し使う楽器にこだわってくれたらいいのにな、と思うことはよくありました。楽器が傷んで、普通の演奏家なら真っ青になるくらいのひどい状況でも、まったく気にしない人たちでしたから。
 
――店村さんは、楽器にどのようなこだわりをお持ちでいらっしゃいますか。
弦楽器は音色だと思っています。ただ作った音ではなく、「声として聞こえるような音」でなければなりません。特にヴィオラの場合は身体に豊かに響いてくる音が欲しいですね。だから、楽器選びは重要だと考えています。僕が使っている楽器はアレッサンドロ・ガリアーノが1723年にナポリで製作したもので、もう30年くらい弾いています。1911年にロンドンで解体した履歴があって、体格の小さな人が弾いていたのか、サイズを小さく改造してあったんですね。それを日本にいたフランス人の製作家がもう一度楽器をバラバラにして、オリジナルのサイズに戻してくれました。ものすごい腕を持つ職人です。修理が完了して、初めて弾いた時はびっくりしましたよ。僕が一番欲しかったような音が出たので。写真にも写っている楽器ですけど、ものすごくいい楽器です。たまには浮気もしますけど(笑)、楽器を変えるつもりはありません。弓にもこだわっていて、あまりそこまでやる人はいないけど、毛替えも自分でやっています。例えば〈ドン・キホーテ〉のソロの時は、この毛で、この分量で、このバランスでという自分なりのこだわりがあるんです。お馬さんからいい毛が取れて、それを手に入れても、縮毛があったり、枝毛があったりするから、1本ずつ選んで、1本ずつ捨てて。普通だったらそのまま使う毛のうち、3分の1くらいは捨ててしまう。そのくらいやると、張った時にわかります。これは絶対いい音が出ると。それは自分の音、自分の声につながりますから。ただ単に出てくる音で済ましていたら、音楽自体聴こえてこないでしょう。
 
――室内楽でヴィオラはどんな役割を担っていますか。
ヴィオラはフランス語で言うとalto。声のアルトと同じ。中間で一番沈みやすい。しかし、高音域と低音域を両方支えているんですよね。その魅力というのがヴィオラの音なのです。ヴァイオリンの一番上のE線は全然ヴィオラには関係ないけど、2番目のA線は僕らの1番上の線。ですからヴァイオリンの中音域がヴィオラの高音域になり、ヴァイオリンと一緒に同じ音を弾いた時には、ヴィオラの方がacuto(高声音)になる。逆に、ヴィオラの中音域はチェロの高音域になるので、ヴィオラの方が低く厚い響きになる。こういう感じで、ヴィオラの音というのは共有している音域で作っていかないと駄目なんですね。上のヴァイオリンにも下のチェロにも自由にお弾きなさいと言いながら、真ん中をヴィオラ独特の音色で締めていく。アンサンブルには、そういう面白さがありますね。今度のリサイタルでは、ヴィオラの音とともに、アンサンブルでのヴィオラの役割にも注目していただければ嬉しいです。
 

9月27日
聞き手:関根哲也(水戸芸術館音楽部門主任学芸員)
協力:KAJIMOTO


◆店村眞積 Mazumi Tanamura/ PROFILE
桐朋学園大学を経て、イタリアに渡り、P.ファルッリに師事。その後指揮者R.ムーティに認められ、フィレンツェ市立歌劇場首席ヴィオラ奏者となる。ジュネーヴ国際音楽コンクールヴィオラ部門第2位入賞。 
 これまでに読売日本交響楽団ソロ・ヴィオリスト、NHK交響楽団ソロ首席ヴィオラ奏者を歴任。ソリストとして読響、N響、東フィル、札響、パイヤール室内管などと共演。小澤征爾の信頼も厚くサイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団のメンバーでもある。「ヴィオラ・スペース」への出演はもとより、日本を代表するヴィオラ奏者として、室内楽やソロの分野でも幅広い活躍を展開し、CD録音も多数。また2021年3月マイスター・ミュージックより新譜「アート・オブ・ヴィオラ」をリリース。
 現在、京都市交響楽団ソロ首席ヴィオラ奏者、東京都交響楽団特任首席ヴィオラ奏者。東京音楽大学教授、桐朋学園大学非常勤講師として後進の育成にも力を注いでいる。第30回有馬賞、令和2年度京都市文化功労者受賞。



店村眞積 ヴィオラ・リサイタル
11/12[土]16:00
会場:水戸芸術館コンサートホールATM

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