チケット

【重要なお知らせ】

  • コラム
  • 音楽
  • 公演

2023-08-24 更新

【茨城新聞・ATM便り】8月24日付の記事を掲載しました~中田喜直の“うた”の世界~


茨城新聞で水戸芸術館音楽部門が月1本のペースで連載しているコーナー「ATM便り」。8月24日掲載の記事を転載します。今回は9月18日に開催する「中田喜直の“うた”の世界 ~生誕100年に寄せて~」に関する記事です。


生誕100年 命見つめ

 〈めだかの学校〉〈夏の思い出〉〈ちいさい秋みつけた〉など子どもから大人まで広く親しまれている童謡・唱歌や歌曲など、“うた”の作品を中心に3000近くの曲を世に送り出した中田喜直(ルビ なかだよしなお)(1923-2000)。生誕100年を記念して、水戸芸術館では9月18日に中田作品を集めた演奏会を開催します。
 
 中田が作曲家としてデビューしたのは戦後間もない1946(昭和21)年のこと。その数年前、学生時代には徴兵され、戦闘機の操縦士としてフィリピンに赴任しました。彼が所属する飛行戦隊がフィリピンを発った1か月後、米軍がレイテ島に上陸し、残っていた操縦士は全員特攻隊員として命を落としました。たった1か月の差が明暗を分ける恐ろしい戦争で、中田は「命の大切さ」を心底感じたといいます。そんな経験からか、中田作品には、生けとし生きるものやさしさや、温かな眼差しが根底にある歌が多いように感じられます。

 代表作〈夏の思い出〉は戦後のラジオ放送のために作られた歌でした。まだまだ戦争の爪痕が残る1949(昭和24)年、詩人の江間章子は内幸町のNHKに呼ばれ、「荒廃した国土に暮らす日本国民に夢と希望を与える歌を流したい」と、番組で放送する歌の作詞を依頼されます。この歌に登場する尾瀬は当時、一般の人にはほとんど知られていない土地でした。尾瀬の名が全国的に知られるようになったのは、まさにこの歌の力によるところなのです。

 中田も尾瀬には行ったことはなかったのですが、みるみるうちに楽想が湧き上がり、時間をかけずに1曲できました。しかし、ピアノの前で作曲する中田の脇から「ちょっとお粗末なんじゃあないの?」という母の声が聞こえてきます。母からの忠告は後にも先にもこの1度きり。彼はその忠告を聞き、言葉と音楽の繋がりを丁寧に見直してこの名曲が生まれました。「僕にとっては『母の思い出』とも言える作品」と語る中田は、この曲の印税を母が亡くなるまで渡し続けたそうです。

 9月の演奏会では、日本歌曲演奏・解釈の第一人者、塚田佳男さんを曲目構成・お話・ピアノで迎え、茨城県出身の小泉惠子さん(ソプラノ)、清水良一さん(バリトン)をはじめとする日本歌曲のスペシャリストたちの演奏をお届けします。生誕100年の記念にふさわしい演奏家たちによる、心に響く中田喜直の“うた”の世界をじっくりとご堪能ください。

水戸芸術館音楽部門学芸員・鴻巣俊博