チケット

【重要なお知らせ】

2024-04-17 更新

水戸芸術館現代美術センターよみものアーカイブ#2-1 「視覚に障害がある人との鑑賞ツアー session!」とは?

 水戸芸術館現代美術センターでは、現代美術との出会いに触発されて始まった活動が、当館ならではのユニークな展開をみせています。2022年に当センターの教育プログラムコーディネーターに着任した中川佳洋がそれらの活動を紹介し、ゆかりのみなさんとのお話の中からカタログや記録集には載っていない当センターの魅力に迫ります!

 第二弾として取り上げるのは、「視覚に障害がある人との鑑賞ツアー session!」(以下、session!)。作品を前にして居合わせた人が語り合う、シンプルな鑑賞の時間。この周辺に起こってきたさまざまな出来事を掘り起こしていきます。まずは、そもそも「session!」とは何か、そこからご紹介です。
 

●じつはもうすぐ15年
 「session!」とは、白鳥建二さんと当センターで2010年から続けてきた、鑑賞プログラムのこと。全盲(光を感じない状態)の白鳥さんと一緒に数人の参加者が、展示室で作品を前に、作品のことやそこから派生するさまざまなことを、あれこれと話しながら進んでいきます。最後に、参加者それぞれが感想や参加の動機などを話し、その日の鑑賞を振り返ります。




session!の様子 上より2023,2018,2010年
 
 私はスタッフとして数回のsession!につかず離れずで見守ってきましたが、毎度、全然違う展開で進んでいきます。タイトルにもあるように、セッションなのであって、そこに居合わせたメンバー、タイミング、展示された作品……すべてのものがその時にしかない組み合わせ。それぞれが関係しあって、その場がつくられていく場面を見てきました。
 

●始まりは一本の電話から

 白鳥さんが美術館を楽しむようになったのは、生まれ育った千葉県を離れて、愛知県で大学生活を送っていた頃のよう。当時の彼女との人生初・美術館デートが思いのほか楽しかったことから、目が見えなくても美術鑑賞ができるのではと思い、他の美術館にもアプローチを開始。そうした取り組みを、千葉の盲学校時代の美術の先生で、アーティストでもある西村陽平さんに話すと、先生から「現代美術もおもしろいよ」と当館をお勧めされ、では行ってみよう、とアポイントを取ることからはじまったようです。その時(1997年)、主任学芸員だった逢坂恵理子氏や当センター教育プログラムコーディネーターの森山と一緒に鑑賞したことから、白鳥さんと当館のかかわりが始まります。特に、森山とは、その後も長い付き合いになっていきます。


session!振り返りの時の白鳥さんと森山 2023年



「小中学生のための学校訪問アートプログラム」にて質問に答える白鳥さん(上・中央)と森山(下・左) 2023年
 

●この体験は誰のもの

 森山にとって、初めての白鳥さんのアテンドは、「何を伝えればよいのか」「何を求めているのだろうか」と悩みつつも、白鳥さんはにこやかに相槌を打ったり、質問をしてくれたりし、楽しい時間になったといいます。しかし、終わってみれば混乱と反省ばかりが残ったとも。「これでよかったんだろうか」「白鳥さんは作品を鑑賞できただろうか」「鑑賞ってどういうことなんだろう」……考えれば考えるほど、次々と沸き起こる疑問。
 こうした疑問を抱えながら、約1年後の1999年、東京都美術館で開催された「このアートで元気になる―エイブル・アート‘99」関連企画の視覚障害者と展覧会を鑑賞するツアーに参加してみると、そこには、あの白鳥さんが講師として参加。見えない人との2度目の鑑賞は、最初気づかなかったことにどんどん目が向き、自分とは違う同行者の視点に共感や驚き……リラックスした鑑賞になったといいます。
 この2度の白鳥さんとの出会いを経て、こうした経験をもっとたくさんの人に味わってもらいたいと、水戸での鑑賞会を白鳥さんに依頼。最初は、当センターでギャラリートークを担うボランティアさんたちに向けた研修のナビゲーターとしてお招きすることになりました。

 
●白鳥さんが水戸へ

 当時、千葉にお住まいだった白鳥さんが当センターでの活動のために、水戸へ来てくださっているうちに、行きつけの散髪屋さん、飲み仲間、現在のパートナーでいらっしゃるゆうこさんなど、さまざまな縁がむすばれてゆき、ついに白鳥さんは水戸へ転居。水戸でマッサージ店を開業します。お住まいがお近くになったこともあり、ますます当館での鑑賞は盛り上がり、それまでは関係者の研修だった白鳥さんとの鑑賞会が、一般に参加者を募る「視覚に障害のある人との鑑賞ツアー session!」として出発することになりました。途中、近隣在住の視覚障害者コミュニティの協力も得ての実施や、コロナ対策としてギャラリー外でお話しする特別バージョンの実施など、その状況に合わせながら実施。これまでの試行錯誤は白鳥さんの発案があってこそ。しかし、本人はあくまでも「楽しいからやっているだけ」と語ります。

 
白鳥さん以外のナビゲーターを迎えたsession! 2006年


●水戸から全国へそして

 当センターのプログラムの中で、ご長寿プログラムであり、じわじわファンを広げてきたsession!ですが、近年特にさまざまな方からの応援、書籍や映画、道徳の教科書への掲載、ラジオ番組、ネットニュースなど(一例を下記リンクにて紹介)によって、押しも押されもせぬ大人気企画になりました。今や白鳥さんをナビゲーターにした鑑賞会は全国に広がり、白鳥さんに会ったときに「今度は、どちらへ行かれるんですか?」と次の予定を聞くのが私の楽しみになっています。そしてついに2023年にはヨーロッパ、2024年には韓国でも開催され、ますますご活躍です。
 また、「全盲の人らしくないことをするのが楽しいから」と写真を撮り始め、今では写真家としてもご活躍中の白鳥さん。本人は意図せずとも、白鳥さんのありようは「●●は●●らしく」と社会の中でのしがらみにつかれた人たちのマインドをほぐしてくれているようにも思えます。
 

●見えない人も 見える人も

 この鑑賞会は、見えない人が、作品を見られる機会を増やそう、ということが主たる目的ではありません。正直なところ、そう思っていらした方にこそ、ぜひご参加いただきたい。見えると思っている自分は何を見ているのだろう、と、これまで何の疑問も持たず立っていた地面がぐらぐらと揺らぐ経験をしていただけるはずです。

 
 次回は、session!草創期を知るゲストと白鳥さん、森山の3人に、当時のこと、現在、そして今後について伺います。


伊藤亜紗著『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)
https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334038540
 
川内有緒著『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(集英社インターナショナル)
https://www.shueisha-int.co.jp/mienaiart
 
三好大輔/川内有緒監督 映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』
https://shiratoriart.jp/
 
写真家・しらとりけんじ note
https://note.com/shiratorikenji/


文=中川佳洋(水戸芸術館現代美術センター教育プログラムコーディネーター)
構成協力=笠井峰子(笠井編集室)

#2-2 「session!」座談会 前編「3人の出会いとsession!が始まるまで。」ページはこちら
水戸芸術館現代美術センターよみものアーカイブ トップページは こちら