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2025-10-08 更新

水戸芸術館音楽紙vivo273号[2025年11-12月号]「室住素子(オルガン)インタビュー」全文


心に深く残る曲、そして生涯の課題
室住素子(オルガン)インタビュー

聞き手:中村 晃

 ――室住さんは、1990年の開館当初から1997年まで、水戸芸術館音楽部門の主任学芸員を務め、「プロムナード・コンサート」や「幼児のためのオルガン見学会」や「市民のためのオルガン講座」など、現在も続いているオルガン事業の礎を築いてくださいました。その中の「市民のためのオルガン講座」は、2013年から再び室住さんに講師をお願いして再開して、今日に至っています。この講座について、ご紹介いただけましたらと思います。
 
 せっかくオルガンを設置したからには、遠方からプロの方をお呼びするだけでなく、やはり地元にその楽器を喜んで弾いてくださる人たちが多くいらっしゃった方が良いだろうという発想から、「市民のためのオルガン講座」を立ち上げました。それから30数年が経ち、現在どのような状況にあるかと申しますと、広く門戸を開くという方針は変わらず、多くの方が応募してくださっていると思います。そして、この講座で弾く喜びを感じた方々がなるべく長く続けられるように、中級や上級といった様々なレベルの講座も設けてきました。さらに、専門家を目指す方々も現れ、1人は東京藝術大学に進学しました。また、演奏だけでなくオルガン製作そのものに興味を持つという面白い若者も出てきて、講座に応募してくれています。これは、未来の芸術館を考えると非常に明るいことではないでしょうか。その人たちが、将来芸術館と協力してオルガン文化を盛り上げてくれるのではないかと期待しています。一方で、少し難しくなってきたのは、門戸を広く開けることと、専門性を追求する道を長く設けることのバランスをどう取るかという点です。これからそのバランスを考えていかなければならない時期に来ているのだと思います。どちらも非常に大切なことですから。幸い、この講座を卒業された後も演奏を続ける人が多く、ご自身で楽器を手配して自宅で練習を続けていらっしゃいます。そして、この人たちは、再びオルガンを弾ける機会を待ちながら、じわじわと力を蓄えているところです。ですから、次にまた講座に応募してくださった時には、さらに大きな曲が弾けるようになり、成長した姿を見せてくれることと思います。
 
――水戸芸術館のオルガンは、設置されてから35年の歳月が経ちました。室住さんは、このオルガンを誰よりも深く知るオルガニストだと思います。このオルガンの特徴をお教えください。
 
 まず、他のホールにはない特徴として、残響の豊かさが挙げられます。聴衆がいない状態で4秒近い残響があるというのは、他のホールではなかなか味わえないことです。ただ、お客様が入られると急激にその響きが変わってしまうため、それが演奏上の難しさにもなっています。また、私はオーケストラとの共演が多いため、国内の様々なオルガンを弾いてきましたが、水戸のオルガンの演奏台に座りますと、パイプとの距離の近さを感じます。そのため、時として強烈な響きを耳にする事もありますが、お客様の所まで音がしっかり届くという利点があります。それほど広くない空間にその音が満ち渡る事で、独特の迫力が生まれるのではないかと思います。
  
――室住さんが水戸芸術館の職を離れられた後は、プロのオルガニストとして、ソロの活動に加えて、東京都交響楽団、NHK交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、読売日本交響楽団など、オーケストラとの共演を精力的に行われています。その中には、サイトウ・キネン・オーケストラとの共演もあり、2010年の水戸芸術館前館長の小澤征爾さん指揮のカーネギーホール公演をはじめ、今年のセイジオザワ松本フェスティバルではエッシェンバッハさん指揮のマーラー〈交響曲 第2番 ハ短調「復活」〉の演奏にも参加されました。今年のサイトウ・キネン・オーケストラとの共演はいかがでしたでしょうか。
 
 メンバーの世代交代が大きく進んでいると感じます。水戸室内管弦楽団にもいらした潮田益子さんや安芸晶子さん、渡辺實和子さんといった方々にお会いできなくなりましたし、もちろん小澤征爾さんが先頭にいらっしゃらないことも大きいですね。宮本文昭さんや工藤重典さんもそうです。
 今回は85歳のエッシェンバッハさんが指揮を務められましたが、指揮台に登られる際も人の手を借りておられました。そのようなご様子で、あの壮大な曲を指揮されたのは本当に素晴らしいことだと思います。そして、サイトウ・キネン・オーケストラのメンバー個々の実力はやはり凄まじいものがありました。どなたもご自身の所属オーケストラでマーラーの〈復活〉を何度も演奏されてきたのだと思います。その一人一人が全力で互いの音を聴き合い、まるで巨大な室内楽のように音楽を進めていったことが、あの迫力に繋がったのだと感じます。私自身にとっても、この曲の演奏は27回目と28回目でした。この曲では、オーケストラと合唱が最高潮に盛り上がったところでオルガンが同じ和音で「カーン」と入ってきます。サントリーホールのような大きなパイプオルガンで演奏した時でさえ、音がかき消されてしまうことが常でした。ところが今回は、非常に嬉しかったことに、オルガンの設置場所が良かったのです。少し手前の花道にオルガンが置かれ、さらに8個のスピーカーがそれより客席側に設置されました。そのおかげで、お客様にもオルガンの音がはっきりと届き、「オルガンが聴こえた」と言っていただけました。 この経験から、Facebookにも書いたのですが、マーラーのような曲を電子オルガンで演奏する際は、スピーカーの配置が非常に重要だとあらためて感じました。これまでは、音を混ぜたいという意図から合唱団の足元などにスピーカーを置いてしまいがちでしたが、それでは本当の意味でオルガンの音は届きません。オルガンを活かし、マーラーが意図した響きに少しでも近づけるためには、今回のようにスピーカーを思い切って前に出すべきだと、28年間この曲を演奏してきて、ようやく結論に至りました。やっと、聴こえた、という思いです。
  
――「ちょっとお昼にクラシック」シリーズには、2015年の公演に続いて、およそ10年ぶりにご出演いただきます。今回のプログラムについて、お教えください。
 
  今回のプログラムを組むにあたり、3つほどの柱を考えました。1つ目は、何曲か演奏する中で、オルガンの仕組みやオルガン音楽の特性を少しでもお伝えできればということです。2つ目は、時代です。古い時代のものから現代曲まで、幅広く楽しんでいただきたいと思いました。3つ目は地理的な広がりです。ドイツ、フランス、イギリスなど、ヨーロッパをぐるっと巡るような構成にできたらと考えました。これらが選定の基準でしたが、一番大切にしたのは、やはり私自身が好きな曲であり、かつ、お客様にも楽しんでいただけるだろうと思える曲を選ぶことでした。
 最初のジャーマン作曲〈祝祭のトランペット〉は、パイプオルガンが「管楽器」であることをお伝えしたくて選びました。オルガンには「トランペット」という名前のストップ(音色)がありますし、音の出る仕組みは完全に管楽器です。この曲では、水戸のオルガンが持つ最強の音である「トゥッティ」も使い、オルガンの規模の大きさを感じていただきたいと思います。次にヘンデルの作品を選んだのは、音量の大小だけでなく、ストップの選び方次第で様々な音色が生み出せることを知っていただきたかったからです。オルガンの「記憶装置」についても少しご説明しながら、多彩な音色を楽しんでいただければと思います。 そして、バッハの〈幻想曲〉を選んだ理由ですが、オルガニストの宿命として、5声や6声といった非常に多くの声部から成る多声音楽を奏でなければならないことがあります。この曲の中間部がまさにそれで、楽譜を音にするだけでも大変な難しさです。さらに、演奏者はその一本一本の旋律を全て理解し、歌い分けなければなりません。これは私にとって、一生の課題となりました。この曲のクライマックスでは、最終的に6声にまで声部が増えます。そして、バッハがこの作品で本当に表現したかったのは、全音符で奏でられる旋律が、和声を崩すことなく、全ての声部が歌いながら14小節にわたって上昇していく部分だと思います。これは、まさにオルガンならではの音楽と言えるでしょう。この曲は私自身の挑戦でもあり、お客様には「6つの声部が聴こえるか」という問いかけのような気持ちで演奏します。

 前回の「室住素子オルガン・ファンタジー」公演(2015年)より


――プログラムはバッハ作品の後、フランス音楽に移りますね。
 
 はい。ドイツ、イギリスときましたので、次はフランスに行かなければなりません。フランクの〈コラール 第1番〉です。ここで奏法が全く変わります。それまでのバロック音楽が、レンガを一つ一つ積み上げるように音を明確に区切って並べていく奏法だったのに対し、こちらは、私はよく「うどん」に例えるのですが、音と音の境目が分からないほど滑らかにつなげる「モルト・レガート」で音楽が作られています。このレガート奏法を、5本しかない指で実現するのは非常に難しく、特に注意が必要な箇所の楽譜には毎回カラフルな書き込みをして、どうにか滑らかにつなげようと工夫しています。この曲は、私がオルガンを始める前に出会った、非常に思い入れの深い曲です。当時、合唱団の伴奏をお願いしていたオルガン科の学生さんのお宅で聴かせてもらったこの曲が、私の心に深く残りました。何十年経っても、やはりこういう機会には弾きたいと思う大切な曲です。
 
――そして、フォスターの名旋律に続き、最後は現代曲ですね。
 
 お客様に楽しんでいただくことも大切なので、〈フォスターの「故郷の人々」によるオルガン変奏曲〉を入れました。うまくいけば、芸術館が東日本大震災後にオルガンに付け加えた「水笛」や「ツィンベルシュテルン」といった特殊なストップも使ってみたいと思っています。その「水笛」の音色が、このフォスターの曲に合うような気がするのです。そして、プログラムの締めくくりには、自分自身の限界を突破したいという思いから、現代曲を探しました。今、何が流行っているのだろうかと色々探す中で出会ったのが、ラターの「7拍子のトッカータ」です。ラター氏はイギリスで今も元気に活躍されています。この楽譜を入手した時、ちょうど彼が勲章を授与されたというニュースを目にしました。7拍子と聞くと少し身構えてしまうかもしれませんが、練習しているうちに面白いことに気づいたのです。「むろずみ・もとこ」は7拍子なんです。4拍と3拍、あるいは3拍と4拍の組み合わせで、「もとこ・むろずみ」とも言えます。探してみると、日本語の「あんた馬鹿よね」も7拍子でした。日本の詩歌には「五七五七七」というリズムがありますし、7という音数は日本人にとって馴染み深いのかもしれません。 現代曲は、取り寄せて弾いてみても「なんだこれは」とすぐに弾かなくなってしまう曲も多いのですが、1曲目のジャーマンと最後のラターの2曲は、弾く価値があると感じて、最終的に残りました。
 
――最後に、水戸のお客様にメッセージをお願いいたします。
 
 いらしてくださるお客様の中には、開館当初からの友の会の方や、オルガン講座で一度体験された方が興味を持って来てくださるなど、これまで芸術館と関わってきた中で生まれた繋がりがあります。その方々が、今もこうして聴きに来てくださることが、私の何よりの喜びです。本当にありがとうございますとお伝えしたいです。もちろん、講座の生徒さんや、その生徒さんが連れてきてくださったご知人の方もいらっしゃいます。私が関わっていないオルガンの企画もたくさんありますが、おそらく全てに関心を持って足を運んでくださる方々もいるのだと思います。それを考えると、本当に嬉しいですね。皆様のご来場をお待ちしております。
 
――ありがとうございました。コンサートを楽しみにしております。
 
2025年9月3日
水戸芸術館にて