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2026-03-03 更新
聲明公演「四箇法要 花びらは散っても花は散らない 附 宮内康乃作曲〈海霧讃歎〉〈海霧廻向〉」祈りの声、響きの波――新しい聲明を作る 作曲家・宮内康乃インタビュー(ロング・バージョン)
3月14日(土)の聲明(声明=しょうみょう)の公演「四箇法要 花びらは散っても花は散らない 附 宮内康乃作曲〈海霧讃歎〉〈海霧廻向〉」に向けて、このコンサートで上演される新作聲明を作曲された宮内康乃さんに、創作の背景や聲明の魅力をインタビューさせていただきました。『vivo』vol. 275(2026年3-4月号)掲載のインタビューのロング・バージョンです。この記事を通して、コンサートをさらに深くお楽しみいただけましたら幸いです(聞き手:篠田大基)。

2021年、やまぎん県民ホールにおける宮内康乃作曲〈海霧讃歎〉上演の様子
――まず宮内さんが聲明に関心を持たれたきっかけを教えてください。
最初は大学院の時ですね。IAMAS(情報科学芸術大学院大学)というテクノロジー・アートの学校にいて、最先端の技術を使った表現と自分がそれまでやってきた身体を通して演奏する音楽との間で、どう折り合いをつければいいのか、かなり悩みました。それで、なぜ音楽が生まれたのかと考えるようになって、世界のいろいろな民族音楽を聴く中で聲明を見つけたんです。聴いてみて、声の倍音の豊かな響きに本当に驚きました。
それまで私は、現代音楽という枠組みで新しい表現を見聴きしていたけれど、全然聴いたことのない響きが民族音楽の中に沢山あることを実感したんです。しかもそれが楽譜なしで、口伝で受け継がれていく。それなら私も人間の体に合った誰でも参加できる表現を探りたい、生きて変化していく楽譜のない音楽を探りたい、と考えて今の表現に至りました。聲明の響きの衝撃はその入口の一つでしたね。
――大学院ではどんな作品を作られていたのでしょうか?
卒業制作で作ったのは、〈breath strati ブレス・ストラーティ〉という、女性が輪になってそれぞれ左の人の呼吸をきっかけに発声を変えていく作品でした。発声には倍音を発生しやすい発音3パターンがあって、左の人が息継ぎをしたら、たとえばそれまで“うー”と歌っていたら“うぉあうぉあ”に変える。自分の呼吸では変えない。でも自分の呼吸は自分の右の人に影響するという、円環構造になっています。アウトプットは人間の声だけれど、ルールにもとづいた動作をプログラミングするような発想ですね。このルールで歌っていると、だんだん呼吸がシンクロしてくるんです。シンクロしたら今度は、左の人が息を吸ったら自分も吸って発声も変える、というルールに切り替えます。すると徐々に呼吸が連なっていき、息が旋回するようになるんです。この作品では、女性の頭声発声の高い声を使うので、倍音による霧の蠢きような、人間の声と思えない響きがフワーっと浮かび上がってきます。
宮内康乃:breath strati
この作品のあたりから、太古から変わらない人間の声で、シンプルなルールで音楽を紡ぎ出す、どこでも誰でも紡ぎ出せる音楽というところに辿り着いたんです。IAMASでの経験を通して、最先端のテクノロジーとは真逆の、声とか民族音楽とかに関心が向かっていったんですね。
でも当時、将来聲明を作曲することになるとは、まったく思わず……。
――それがどんな経緯で聲明を作曲することになったのでしょう?
大学院を出てすぐの2009年に、トーキョーワンダーサイト(TWS。現・トーキョーアーツアンドスペース)のコンペティションに応募したのがきっかけでした。音をベースにした表現であれば音楽やダンスなどジャンルにとらわれない、いろんな表現を受け入れてくれるコンペで、審査員に作曲家の一柳慧(いちやなぎ とし)さんやジャズ・ピアニストの山下洋輔さんや、錚々たる方々がいらっしゃったんです。その頃はちょうど今活動している「つむぎね」の活動が始まったばかりだったので、「つむぎね」で何かパフォーマンスをするために応募してみようと考えました。そのとき上演した作品は、私としては少し課題が残る内容だったのですが、それが思いがけず最優秀賞をいただいてしまったんですね。一柳さんが、楽譜から作られるのではない、そしてパフォーマンスと融合した音楽表現の在り方に興味を持ってくださったと聞きました。2012年に神奈川県立音楽堂で聲明作品の新作委嘱の話が出たとき、一柳さんが、聲明は五線譜で書かれない声の音楽だから、と私の名前を挙げてくださったそうです。
その委嘱の話の直前に、同じTWSから「つむぎね」にパフォーマンスのご依頼をいただきました。そのリハーサルでTWSに行ったのはちょうど震災から半年の頃でしたが、会場で映像の展示をやっていまして、それが東日本大震災の体験を記録した映像作品だったんです。作者の佐藤晃(こう)さんが津波で行方不明になられたお母さまの佐藤淳子さんを探し、ご遺体と対面し、お見送りするまでを記録されたドキュメンタリーでした。葬儀の場で、お母さまが生前に詠んでいた「海霧にとけて我が身もただよはむ 川面をのぼり大地を包み」という、まるで一見すると自身の運命を予見していたかのような短歌を家族が初めて知る、というシーンがありました。
その場に晃さんご本人もいらして、何と声をかけていいか最初は迷ったんですが、「どうしてお母さまはこういう歌を詠んだんでしょうね」とお聞きしたら、「母は生前、人は自然から生まれていつか自然に帰っていくという考えを持っていたから、きっとその考えを詠んだんじゃないかと思ってるんです。だから今回のことはすごく悲しいけれど、でも母はきっと自然に帰っていったんだと僕は思っています」とおっしゃって、その捉え方に強く心を打たれたんです。
その後、私たちのリハーサルのために恐縮ながら一旦展示を止めていただいたんですけど、晃さんはずっとそこに残ってリハーサルを聴いてくださいました。それで「声の力ってすごいですね。何だか救われた気がします」と声をかけていただいて、はっとしたんです。自分たちがやっているこの声の響きが、苦しい経験をされた方にとって心の救いになり得るとは思っていませんでした。では、この本番は祈りの想いを持って歌おう、と強く思ったのです。
神奈川県立音楽堂の方から「聲明の作曲をしませんか、一柳さんからお名前が挙がったので」とお電話をいただいたのは、その2、3週間後ぐらいだったんです。ちょうど、声のもつ可能性を改めて感じて、祈りの声の音楽に取り組みたいと思っていた矢先だったので、「ぜひやりたいです」と即答しました。
その時点では、自分が今までやってきた延長線上で、聲明の声の倍音を活かした音楽を作りたいと考えていて、言葉のことはあまり意識にありませんでした。でも考えてみると、聲明はお経、つまり祈りのメッセージを伝える音楽なので、言葉がとても大事なわけですね。純粋な声の響きだけでは、聲明としては成り立たないのではないかと思い始めて、そこで何か作品の象徴となる言葉を、と探す中で、あのお母さまが残された短歌が、ふっと浮かんだんです。
それから佐藤晃さん、そしてお兄さまでフォトジャーナリストの佐藤慧(けい)さんに想いを丁寧に伝えて許可をいただき、作曲に取り掛かりました。こんな大事な言葉をお預かりした以上、それに応えられるように真摯に向き合わないといけないと胸に刻んで、〈海霧讃歎(うみぎりさんだん)〉を書き上げました。
宮内康乃:海霧讃歎(ダイジェスト映像)
――聲明の作曲をするときは、どんな記譜法をお使いになるのでしょうか。
お坊さんたちは五線譜を渡されても困ってしまうと思ったので、まずは天台宗の回旋譜(かいせんふ)という比較的新しい書き方を参考にして書きました。旋律の流れを線で描く、音高が視覚的にわかる譜面です。真言宗のお坊さんたちにも見ていただいたら、その譜面でも問題なく唱えられました。ただ「これが真言の博士(はかせ=伝統的な聲明の記譜法)だったら、みんなもっと簡単に唱えられるよ」と言われて、後日、お坊さんの一人が真言聲明の博士で書いてくださったんです。なんてありがたい!と思いながら、それを使わせていただいています。

宮内康乃:海霧讃歎 左:天台聲明の回旋譜 右:真言聲明の博士(新仮博士)
――同じ短歌を天台聲明と真言聲明それぞれで唱えることになりますが、旋律も両派で同じですか?
違うんです。天台宗と真言宗では同じ言葉を唱えるのでも、旋律や唱え方が違うので、私もそれぞれの特徴を作品に反映させるようにしました。古典の中にある表現の豊かさを作品に生かしたかったんです。
両派がそれぞれの譜を見てそれぞれの旋律を繰り返し唱え、少しずつずれたり重なったりしていきます。稽古では、互いの呼吸や重なりをすり合わせるのに、一番時間をかけています。会場の大きさや形状によっても、距離が違ったり、響きが違ったりするので、毎回空間に合わせて並びや動きを変えなくてはならなくて、再演といっても毎回違うんです。
――今回の最後に位置する〈海霧廻向(うみぎりえこう)〉についてもお聞かせください。
〈海霧讃歎〉は、ありがたいことに毎年1回ぐらいのペースで再演が続いてきました。2021年に、やまぎん県民ホール(山形県山形市)のこけら落とし公演の一環で聲明をやりたい、というお話をいただいたときに、それまでこの演目では、ラストに今一度〈海霧讃歎〉を短く唱えて締めくくってきたんですが、この部分を、新しい曲にできたら、という話になったんです。公演がある2021年3月は、震災からちょうど10年という節目でもあったので、未来に向かっていくラストにしたい、ということで作曲させていただくことになりました。
〈海霧讃歎〉に応答する作品にするなら、テキストになる言葉は佐藤淳子さんの息子さんに書いてもらうのが一番いいなと思って、晃さんと慧さんのお二人にお声掛けしたんです。慧さんが代表して書きます、と言ってくださって、私はキーワードでも詩でもどんな形でもよいので、とお伝えしたんですけど、届いたのは短歌の形式の返歌(かえしうた)でした。「彼岸に渡り銀河の砂塵と散りゆきて なおもあまねく命のほとり」という歌です。
それを読んだとき、慧さんが被災地で撮られた写真の中にあった一枚が、ぱっと浮かんだんです。何もなくなってしまった広い平原一面にシロツメクサが咲いている写真でした。何もなくなっても、大地からは変わらず生命力が上がってくる、命はちゃんと巡っている、というエネルギーの強さを感じました。
ラストでは、真言が〈海霧讃歎〉を唱え、天台が〈海霧廻向〉を唱えて、親子の短歌が重なり合う、時空を越えて彼岸と此岸で響き合うような構成にしました。響きは会場ごとに本当に変わるので、毎回その空間に合わせて作っていく感覚です。

©KENJI KAGAWA
――今回の上演に向けては水戸芸術館に下見にも来ていただいて、準備をしてくださっていますね。コンサートにいらしてくださるお客様にメッセージをお願いします。
水戸芸術館のホールは、客席が円形に包まれるような作りなので、今回の演出にはとても理想的だと感じています。26人のお坊さんの声の響きを、空間のなかで、耳だけでなく全身で体感していただく作品なので、その空間で生でしか伝わらない響きの魅力を体験してほしいですね。震災の弔いという背景はありますが、難しく考えずに、ただ響きの波に身を浸して、心が軽くなるような、心地よい時間を過ごしてもらえたらと思います。