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    2026-03-15 更新

    連載「シューベルトの歌曲の楽しみ方」第3回
    「成熟、諦め、後期ということ」

    成熟、諦め、後期ということ
     
    堀 朋平(美学・音楽学)

    青春の未完成

     連載もあっという間に最終回になりました。プレガルディエン&渡邊順生のプログラムは後期のシューベルトに照準していますので、今回は三大歌曲集に触れながら、でもそこにとどまることなく、広い視野から「後期」ということを考えてみたいと思います。
     ということで、まずは《未完成交響曲》の話から。
     この作品の謎はいまだに解かれていません。それどころか近年の研究は、自筆譜の扉ページにみられる達筆「交響曲ロ短調 フランツ・シューベルト自筆」「ウィーン、1822年10月30日」が、アンゼルム・ヒュッテンブレンナーの筆跡だと“証明”するところまでいっています。自筆譜を43年間も死蔵した友人です。となると、シューベルトは本作をほんとうに「献呈」したのだろうか? くだんの友人がひそかに持ち逃げしたのでは? そこまで現代の探偵たちは推理を広げている……。解決どころか、怪は深まるばかりです。
     それでも確かなのは、第3楽章の途中まで進んだシューベルトが、「ちょっと休憩」と筆を休め、そのまま棚上げになったこと。他の事例も考えあわせるに、第2楽章を仕上げることで表現欲求は満たされたのでしょう。この時点でシューベルトには交響曲を出版するつもりがありませんでした。「ベートーヴェンみたいな」堂々たる器楽を世に問おうと一念発起するのは2年後。この野望はただちに《大ハ長調交響曲》(1825)に結実します。
     つまり《未完成交響曲》(1822)は、立派な器楽をたずさえて歩きだす直前の作であり、成熟へとむかう前夜の、少し大げさに言えば「青春の終焉」を告げる里程標なのです。


    異端的な救済

     《未完成交響曲》をつらぬく闇(第1楽章)と光(第2楽章)のドラマには、多くの方が心打たれるのではないでしょうか。光あふれる彼方へ導かれるラストは、救済のオーラに満ちています。クラリネットがとっておきの変イ長調で冒頭テーマを奏でる箇所には、同じ調によるミサ曲第5番(D678)の「われらに平安を(ドナ・ノービス・パーチェム)」の反響が聴こえます。救いなき砂漠が広がるからこそ、オアシスの光が強烈に射してくる瞬間を、旅人は夢見るのかもしれません。
     この世を穢れたものとみなし、まったくちがう彼岸を夢みること。《未完成交響曲》を支えるこの美学は、キリスト教の王道からだいぶ逸れています。魚豊の漫画『チ。』(2022年完結)が描いたような異端審問の時代にこんな望みをもし公言したら、ちょっとした問題になっていたはず。じっさいこの発想は、キリスト教がもっとも厳しく排除してきた「グノーシス」と多くを共有しています。
     グノーシスとは、救済の根拠を個人の「悟り」(これをギリシア語でグノーシスといいます)に求める思想。だから神さまは重要でない。彼らは「邪悪な神」をさえ想定しますから、キリスト教に敵対視されたのはむしろ当然といえます。
     けれども啓蒙の世紀はこういう思潮にも寛容でした。ちょうどモーツァルトがウィーンにやってきた年に、グノーシスの主要文書である『三倍に偉大なるヘルメス』(通称ヘルメス選書)がはじめてギリシア語からドイツ語に訳され、当時のプロイセン王国(ドイツ)にしっかり認可されているのです(図1)。


    図1:『三倍に偉大なるヘルメス ポイマンドレース あるいは神的な力と知恵について』ディートリヒ・ティーデマン独訳。下段には「プロイセン王室の大いなる恵みある自由をもって」(1781)。


    異界への憧れ

     じつはこの書物、ヨハン・マイアホーファーの愛読書でした。この人を知ることは畢竟シューベルトを知ること。10歳上の親友で天才詩人ですが、ちょっと鬱ぎみで「自己閉鎖的」な本の虫。ある親友が後年に描きとったシューベルティアーデの集いでも、右端に(かろうじて)映りこんでいるだけ(図2)。暗い性格がしのばれますが、作曲家がこの人と約2年も一緒に住めたのは――そんな相手は他にいません――賢者のペシミズムに惹かれるところが多かったからでしょう。


    図2:M.v.シュヴィント『シューベルティアーデ』(1868)

     じっさいマイアホーファーとの共作から生まれた歌曲の数は、ゲーテ&シラーに次ぐ第3位をほこる。その詩には、強い言葉の力が宿っています。たとえばこんな詩句。「太陽よ去れ 歓喜の炎がこの身を焼いてくれるから 世界よ沈め!」(《溶解》D807)。「わが望みは この世のむなしき喧噪をはなれ しずかな青い星となって はるかにこの世を照らすこと」(《メムノン》D541)。日本語で読んでも凄みがありませんか?
     こうした厭世的な言葉は、先ほど触れた『ヘルメス選書』と、語彙や発想の点で驚くほど似ています。シューベルトの付曲も傑出したものばかり。ここではない何処かへのあこがれがロマン主義のエッセンスだとすれば、19世紀ウィーンのロマン主義は、古代の異端宗教にひとつの起源をもっていたのです。


    諦めと成熟

     なぜこんな話をしているのか? この世を離れて清らかな世界に向かうベクトルが、ジャンルを超えたシューベルトの美学だからです。それは《未完成交響曲》(1822)だけでなく翌年の歌曲集《美しき水車小屋の娘》(1823)にも通じています。主人公である粉ひきの少年は、腕力がなくて現実をうまく生きられず、母なる小川のささやきに乗って、その「青きクリスタルの小部屋」(終曲)でついに憩う。つまり「現実→彼岸」。この「→」の欲動に、シューベルトの青春は詰まっているのではないでしょうか。
     けれども、その欲動はやがて忘れられ、青年は成熟に向かいました。冒頭に触れたように、《大ハ長調交響曲》(1825)へと向かうことによって。4楽章構成では「オチ」をつけなくてはいけませんから、ぽうっと彼岸に惹かれてゆく人をふたたび着地させなくてはならない。つまりは、ここではない何処かを諦めること。言い換えれば「ロマン的な愛を卒業すること」。ここに後期の鍵のひとつがひそんでいると言えそうです。
     愛と諦めの両極は、シューベルトに限られません。たとえばヴァーグナーの場合、死ぬことで恋人と一緒になろうとする《トリスタンとイゾルデ》の「愛」と、その少しあと、あえて身を引いて若い世代に未来を託す《ニュルンベルクのマイスタージンガー》や《ヴァルキューレ》に歌われる「諦め」(ハンス・ザックスとヴォータン)は大きく違います(図3)。人の成長を写し取るような変化に思えませんか? そうした類型を探求した心理学者カール・グスタフ・ユングの研究者たちがこの点に注目してきたのも、当然といえます。


    図3:オペラ《ヴァルキューレ》の終幕で、自らの限界を悟った神ヴォータンは、愛する娘ブリュンヒルデを断腸の思いで死の眠りにつかせる。F.リーケ『ブリュンヒルデに別れを告げるヴォータン』(1908)。

    愛と妄念

     愛をあきらめて、「ここではない何処かなどない」という世界観を生きること。それはシューベルトにあっては《冬の旅》の果てなき雪原につながります。この閉域をさまよう若者は、しかしヴォータンのような諦念とは逆の衝動にもたびたび見舞われる。どうやら人は、やっぱり諦めだけでは生きられないのかもしれません。
     最後の歌曲集に移りましょう。《白鳥の歌》をめぐって、今回プレガルディエン&渡邊順生は、きわめて自由なプログラムを作りだしました。おもえばこの歌曲集こそ、“愛”と“妄念”のシーソーゲーム。第1部と第2部の違いにあたりますが、第1部にも暗い衝動が吹きあがっていて、6番目のナンバー《遠い地にて》ではその振り子が極端にまで振れます。
     ここではキリスト教徒への「祝福あれ」ではなく、異教的さすらい人への「呪いあれ」が連呼される。その呪いを伝える和声には、ぎょっとさせられます。当時の人もびっくりしたのでしょう。出版後まもなく、「あらゆる知性を嘲るがごとく挑戦的に用いられた和声の歪曲」、音楽における「ひきつけ=痙攣」とまで評されました(図4)。
     こういう身体レベルの発作的な音づかいに、後期の醍醐味がひそんでいます。おだやかな心情とそこから逸れる負の情念。シューベルトも憑かれた両世界の往還に、じっくり浸りたいものです。


    図4:ライプツィヒの『一般音楽新聞』(1829年10月7日)より、G.W.フィンク執筆。


    堀 朋平(ほり・ともへい)
    1979年生まれ。国立音楽大学大学院修士課程修了。東京大学大学院博士課程修了(文学博士)。主著に『わが友、シューベルト』(アルテスパブリッシング、令和5年度芸術選奨文部科学大臣新人賞・評論部門)。住友生命いずみホール音楽アドバイザー。九州大学ほか非常勤講師。