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    2026-08-20 更新

    今昔雅楽集 四、秋庭歌一具 ―武満徹没後30年記念企画―秋の記憶――武満徹の雅楽体験から〈秋庭歌〉へ

    左:武満徹《秋庭歌》 伶楽舎による演奏 Photo: Jun Tazawa 右:武満徹 Photo: Schott Music Co. Ltd., Tokyo
    左:武満徹《秋庭歌》 伶楽舎による演奏 Photo: Jun Tazawa  右:武満徹 Photo: Schott Music Co. Ltd., Tokyo

    文:篠田大基

    「10月6日 宮内庁にて雅楽を聴く
     まさに音がたちのぼるという印象をうけた。それは、樹のように、天へ向って起ったのである。」1
     

     1961年の秋、武満徹は宮内庁の演奏会で初めて雅楽の生演奏に接し、その印象を日記にこう記した。しょうの切れ目なく伸びる和音。テンポを刻まない打楽器。武満の耳に雅楽は、日常の時間とは別次元を流れる音楽として響いた。

     雅楽の影響は、彼が5年後に完成した〈地平線のドーリア〉に顕著に表れる。ノンヴィブラートの弦楽器群の持続音は笙を、時折打たれるピツィカートは鞨鼓かっこを思わせる、と音楽評論家の秋山邦晴は指摘した2。武満自身も雅楽を念頭に作曲したことを認めている3。国立劇場演出室の木戸敏郎(文右衛門)は、この作品を聴いて武満への新作雅楽の委嘱を決めたという4。それが1973年の雅楽〈秋庭歌しゅうていが〉に結実した。

     〈地平線のドーリア〉の両端部分は、E♭を主音とするドリア旋法とその派生音階で作られている5。武満は、「〈秋庭歌〉は〈地平線のドーリア〉と完全に同じ素材で書いた」と述べ6、木戸敏郎は〈秋庭歌〉を「まるで〈地平線のドーリア〉の雅楽ヴァージョン」と評した7。実際、〈秋庭歌〉の冒頭は、〈地平線のドーリア〉の旋法を半音上げたEを主音とするドリア旋法で書かれている。Eを主音とするドリア旋法は、雅楽における唐楽とうがくの六調子の一つ、平調ひょうじょうに相当する。この作品の初演に参加した芝祐靖が指摘したように、平調は陰陽五行説で秋を象徴し、それはつまり、〈秋庭歌〉の「秋」である8

     ここで疑問が生じる。そもそもなぜ、武満は〈地平線のドーリア〉においてドリア旋法を選んだのか。彼はドリア旋法が「われわれの音楽にとって起源的な意味のあるもの」と語ったのみで、詳しくは説明していない9

     答えの手がかりとなるのが、武満が宮内庁で聴いた1961年の雅楽演奏会である。その曲目は、これまで明らかではなかった。今回、宮内庁に問い合わせたところ、以下の曲目であったことが判明した。来る10月の演奏会の第一部は、ここから抜粋している(曲名と調名を示す。下線が今回の演奏曲)。

    管絃:太食調音取たいしきちょうのねとり合歓塩がっかえん(太食調)、 朗詠ろうえい 嘉辰かしん(平調)、抜頭ばとう(太食調)
    舞楽:甘州かんしゅう(平調)、右方うほう 還城楽げんじょうらく(太食調)、仁和楽にんならく高麗壱越調こまいちこつちょう10
     

     太食調は平調の枝調子えだちょうし(主音が同じ旋法)であり、高麗楽こまがくの高麗壱越調は音階構成としては唐楽の平調と同じである。つまりこの演奏会は全体を通してEの主音が通底し、ドリア旋法とその類縁旋法で構成されていたのである。武満が宮内庁で体験したその響きが、〈地平線のドーリア〉に、そして〈秋庭歌〉に、こだましていたのではないだろうか。

    譜例

     1961年の秋、武満は宮内庁で雅楽を聴いた。その記憶は〈地平線のドーリア〉を経て〈秋庭歌〉へ、さらに6年後の〈秋庭歌一具〉へとつながっていく。今回の「今昔雅楽集 四」は、古典雅楽の響きから武満の音楽世界へと、「秋」の記憶をたどる試みである。演奏会の第一部と第二部は、Eの主音で地続きになっている。古典から新たな創造へ。受け継がれる音の地平を、ぜひ体験していただければ幸いである。

    『vivo』2026年9月号より。転載にあたり、注を加えました。)
     


    1 武満徹「自然と音楽――作曲家の日記」『音、沈黙と測りあえるほどに』(新潮社、1971)所収、38頁。武満が宮内庁で雅楽を聴いた年を1962年とする文献もあるが、立花隆は「自然と音楽――作曲家の日記」の後続する文章との関係から、この演奏会が1961年であったとしている(立花隆『武満徹・音楽創造への旅』(文藝春秋、2016)、636頁)。筆者が宮内庁に問い合わせたところ、1962年10月6日(土)に演奏会は開催されておらず、1961年の秋季雅楽演奏会が10月6~8日(金~日)の開催であったと判明した。
    2 秋山邦晴「地平線のドーリア」『最新名曲解説全集』第13巻「室内楽III」(音楽之友社、1981)所収、457頁。秋山邦晴『武満徹 現代日本の音楽名盤選7』[CD]ライナーノーツ(Victor VDC-5507、1987)、6-7頁。
    3 立花、前掲書、630頁。武満は次のように述べた。「『地平線のドーリア』を書いたときは、完全にぼくの頭の中には、雅楽とか、舞楽とか、そういうものがあったんです。あの曲は、変な編成で十七人なんですけれど、前のほうと後ろのほうと二組にわけて、同じ弦楽器なんですが、ちがう演奏の仕方をする。前のほうの組はほとんどヴィブラートをかけない。それは雅楽の影響なんです。そういう奏法で雅楽のような音を出すわけです」。
    4 同前、629頁。木戸文右衛門「或る音楽運動の発端と航跡」『今昔雅楽集 七夕の宴』[演奏会プログラム](水戸芸術館、2018年7月7日)所収、15頁。 https://www.arttowermito.or.jp/topics/article_20519.html
    5 ピーター・バート『武満徹の音楽』小野光子訳(音楽之友社、2006)、110頁。宮川渉「武満徹作品における雅楽の要素――《ランドスケープ》《地平線のドーリア》《秋庭歌一具》の共通性」『音楽表現学』第16号(2018)、9-10頁。
    6 立花、前掲書、630頁。
    7 木戸、前掲書、15頁。
    8 芝祐靖「《秋庭歌》に魅せられて」『武満徹 秋庭歌一具』[CD]ライナーノーツ(Sony SICC85, 2001)所収、3頁。芝祐靖「雅楽、1200年と《秋庭歌一具》」『武満徹全集』第1巻(小学館、2002)所収、250-251頁。
     
    音律事象対象図(芝「雅楽、1200年と《秋庭歌一具》」より抜粋、編集)
    日本音名 西洋音名 季節 五宮 方角 色彩 五行
    壱越 全季 黄龍 中央
    平調 白虎 西
    双調 蒼龍
    黄鐘 朱雀
    盤渉 B[H] 玄武

    9 武満徹、諸井誠「対談 武満徹の世界」『音楽芸術』1967年3月号、27頁。併せて長木誠司『武満徹 地平線のドーリア』[楽譜]所収解説(音楽之友社、2000)、5-6頁参照。長木氏は、武満が当時、ジョージ・ラッセル著『調性組織におけるリディアン・クロマティック・コンセプト The Lydian Chromatic Concept of Tonal Organization』に影響を受けていたことを挙げつつ、「ラッセルがリディア旋法に固執する背景には〔中略〕合理的な説明があったし、またその旋法がジャズのブルー・ノートと密接な関係を保ちうるからでもあったが、ドーリア旋法を用いることに対してはそうした説明付けはできない」と指摘している。
    10 宮内庁式部職楽部庶務係 山崎敦子氏より筆者宛ての電子メール、2025年7月10日発信。