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2016-07-01 更新

通崎睦美さんインタビュー① ~ 吉田秀和賞受賞作が生まれた意外なキッカケ、古今東西の粋を自然に取り入れるライフスタイル

午後のひととき、一流の演奏を気軽にお楽しみいただけるシリーズとして人気の「ちょっとお昼にクラシック」。7/23[土]は、マリンバ奏者で、本も執筆され、さらにはアンティーク着物のコレクターとしても活躍している通崎睦美さんをお迎えします。
タイトルに「通崎睦美の木琴デイズ」とありますが、今回登場する楽器は木琴。通崎さんは「この木琴でしか弾けない」という曲の演奏依頼を受けたことがきっかけで、往年の名木琴奏者・平岡養一(1907~81)の愛器「ディーガン・アーティスト・スペシャル・ザイロフォン No.266」と出逢いました。そして、この1935年製の楽器の音色に魅せられ、現在では演奏と執筆の両輪で、木琴の魅力を生き生きと伝えています。

5月、私が訪れたのが、京都の天使突抜1丁目367という場所。可愛らしい地名の先にあったのは、通崎さんが仲間のアーティストとリノベーションを手がけた素敵な長屋でした。このすてきな空間で行った通崎睦美さんインタビューを、全3回に分けてお伝えします! 第1回は、吉田秀和賞を受賞した著書『木琴デイズ 平岡養一「天衣無縫の音楽人生』や、平岡養一さんへの想いなどについて、伺いました。

「天使突抜367」~古と今、和と洋が心地よくミックスされた空間

――2014年に吉田秀和賞&サントリー学芸賞をダブル受賞された著書『木琴デイズ 平岡養一「天衣無縫の音楽人生」』は、どのような経緯から生まれたのでしょうか?

『木琴デイズ 平岡養一「天衣無縫の音楽人生」』

通崎:平岡養一さんのことを書きたいとは思っていたんですが、目標がなかったら書けない。インターネットで検索していたら、「小学館 ノンフィクション大賞」という賞を知ったんです。目標があったら書けるかなと思い、2年近くかけて書いて応募しました。そうしたら約三百作の中で4作の、最終選考に残りまして。大賞は500万円で、優秀賞は100万円。でも私は賞金ゼロだったんです。3位か4位で(笑)。でも選ばれたことが自信になり、また悔しさや、もっとできるんじゃないかという思いもあったので、さらにそこから1年半くらい、時には夜も寝ず書きました。小学館の方は原稿枚数300枚だったんですけど、それから600枚まで書いて、頑張りました(笑)。最初自分としては、学園祭でおでんの屋台を出して「目指せミシュラン!」と言っているくらいのノリだったんです(笑)。でも最終選考まで残って、そこで落ちたのが逆に良かったなと思います。そうしてやっと見えてくるものがあり、結果的には高く評価していただけるような作品を書くことができました。

 

――通崎さんは2005年、井上道義さん指揮、東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会で、紙恭輔作曲〈木琴協奏曲〉を演奏された時、木琴の名手・平岡養一さんが愛奏していた木琴を初めて弾いたそうですね。本書では、22歳で「木琴大国」だったアメリカへ渡り、NBCの専属となり、日米開戦までの10年9か月、毎朝ラジオの生番組で演奏し、「全米の少年少女は平岡の木琴で目を覚ます」と言われるほどに活躍した平岡養一の生涯が生き生きと描かれています。この大著を書き上げるまでに至った、モチベーションの源は?

平岡養一

通崎:2007年が平岡養一の生誕100年でした。それで世の中を盛り上げたいという思いがあったんですが、いまいち反応がないし、平岡さんのことを知らない人の方が多かった。それから、私が何か書かないといけないかなという気持ちを持つようになりました。でも最初の一文字を誰にも頼まれていないのに書き出すって、なかなかできないですよね。でも始めてみたら、調べているうちに知らないことがたくさん出てきたんです。明治40年生まれの平岡さんが生きた時代って、まさに洋風文化へと変化していった激動の時代。それが花開き、戦争があり、戦後アメリカ文化が入ってくるという流れは、何となくは知っていたけど、自分のものにするまでは至っていなかった。そういう歴史が、いろんな古い資料、音楽、好きな着物などと結びついていくのがすごく面白かったです。あとはやっぱり関西人だからかな。サービス精神というか、自分が面白いと思うものを人に発表したくなる。「こんなことあったのよ」とか「こんなおいしいものあるよ」とか、そういうことを言いたいし、聞いてほしくなる気持ちがあるんです(笑)。だから歴史への興味と、勉強と、「人に知ってもらいたいな」っていう気持ちがうまく重なりました。

――この本をお書きになったことで、ご自身にとってどんな収穫がありましたか?

 

平岡養一のレコードや演奏会チラシ

通崎:実は私、平岡養一さんの演奏をどこかで馬鹿にしていた部分があるんです。子どもの頃、マリンバを習っていた私は自分が発表会で弾くような曲を平岡さんが弾いておられ、「おじいちゃんがアイネ・クライネとか弾いている」というイメージだったんです。当時、安倍圭子さんなどが現代音楽を弾いておられたので、私は「これからはマリンバの時代だ。木琴は古い」と思っていたんです。でも時代背景を調べていくと、何もなかった時代に平岡さんみたいな活動をすることがどれだけすごいかが分かるようになる。平岡さんの幼少期って、五線譜の読み方を教えてくれる人すら貴重な時代ですからね。渡米だって、今なら飛行機ですぐ行けるけど、船に乗って行くだけで大変。

そういう目線が持てると、人生が豊かになるんですよね。私は平岡さんが大好きになりました。それが、この本を書いて一番よかったと思うことです。例えばフィギュアスケートでも、今は三回転ジャンプが当たり前で、四回転までするような時代だから、初めてスケート靴履いた人とか、二回転ジャンプを初めてやった人の名前なんて今ではほとんど誰も知らない。だけどそういう人がいなければ三回転ジャンプは生まれなかった。職人の技術や、文化・芸術は、段階をへて発展していくもの。その時々の大発見や技術の革新を、その時代に自分の身を置いて捉えられるようになると、全てが愛おしく思えてくるんです。楽しみが広がるんですよね。

――通崎さんと平岡さんといえば、1977年、70歳の平岡さんが音楽生活50周年を記念して全国巡歴の記念演奏会で京都に来たとき、当時マリンバを習っていた10歳の通崎さんを舞台に上げて、木琴を一緒に演奏されたそうですね。

通崎:私と平岡さんはちょうど60歳違いなので、干支が未。しかも二人とも丁未年。平岡さんの妹さんが四柱推命を見るような方だったんですが、「すごい縁があるんじゃない?」という話をしました(笑)。

――通崎さんがこの本を通じて、読者に一番伝えたかったことは?

 

銘仙着物コレクション~ポップな建物の柄!

通崎:物の見方を見直すきっかけになったらいいかなと思います。例えば、和服から洋服へ、あるいは木造建築から気密性のよい鉄筋コンクリート製の建物へという時代の変化と、木琴からマリンバに取って代わられた時代って、怖いほど重なるんです。1950年にマリンバが日本へやってきて、その後東京オリンピックに向かって高度経済成長していく時代に、洋服になり、木造建築が壊され、木琴も忘れられた。でもなんで忘れたんかな?日常に根付いていたものなのに。家といっても、いい町屋、長屋、色々レベルがあるし、着物も、量産品からオートクチュールみたいなものまであります。それが全部まとめてサヨナラってなってしまったんですよね。

銘仙着物コレクション~マリンバのマレット柄!?

木琴といっても、卓上のもの、教育用のもの、コンサートに使う最高級のものまで色々あるのに「木琴=古い」と思われた。そういう考え方を見直してもらえたらいいなと思います。私は何も、「古いものは全ていいです」「洋服より着物を着ましょう」「木造に住んでください」と言うつもりはないんです。でも、時代を越えた良さ、普遍的なものってありますからね。

気密性がいい建物は暮らしやすいけど、例えばこの空間みたいに、桐の箪笥があって、隙間風入るような長屋にいたら、通気性がよいからカビもはえにくい。そういう昔ながらのものの良さを現代にうまく取り入れて、生かしていく生活や物の考え方を感じてもらえたらいいかなと。・・・ちょっと壮大なことを言ってみました(笑)。それぞれの時代の良さをきっちり分かった上で、現代に使う場合どうしたらよいかということを考えると、すごくアイディアが湧いてくるんです。

――そう考えると、より生活が豊かになりそうですね。

通崎:そうですね。だからオリジナリティとか個性という言葉をよく教育でいいますけど、そんな簡単に出てくるものじゃないでしょう?子どもが工作する時とか。そうしたら先人の真似をするとか、アイディアを取り入れることで、学べたり、そこで初めてオリジナリティが生まれたりすると思うんです。

漆和紙の壁/マリンバの鍵盤材(ローズウッド)からできたコンセントプレート

だからこの家(天使突抜367)も、他にありそうで、ない。それは、例えばこの壁でいうと、漆を糊替わりに使う昔ながらの方法で和紙を上から貼ったので、こういう立体的な風合いが生まれているんです。

--確かにこの「天使突抜367」や通崎さんのライフスタイルを見ていると、和と洋、今と昔のものをご自分のバランス感覚で取り入れていらっしゃいますね。

通崎:そういうことってすごく楽しいことだと思うんです。例えば私、着物を着て帽子をかぶって自転車で走っているのが15年ほど前に話題になったんですけど、それって実は明治時代の人もやっていたんです。当時の人は毎日着物を着ていて、そこに新しい文化として自転車や帽子というものが入ってきた。私の場合は、自転車と帽子は日常で使っていて、着物は後から入ってきた。やっていることは一緒なんですよ、明治時代と。そう考えると、斬新でも何でもない。明治時代の絵を見ると、着物着た人が自転車乗っている絵がありますしね。今と昔、東西を自然な形でミックスするというのは面白いです。

階段の下四段に下駄

火袋の黒い壁/白い洋風ランプ

 

(第2回に続く)


【公演情報】

ちょっとお昼にクラシック 通崎睦美の「木琴デイズ」
13:00開場・13:30開演
出演/ 通崎睦美(木琴)、鷹羽弘晃(ピアノ)
チケット/全席指定 ¥1,500(1ドリンク付)
曲目/
ブルック:ジー・ウィズ
ポッパー:ガヴォット 第2番 ニ長調 Op.23
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 K.305より第1楽章
フォスター/松園洋二編:金髪のジェニー
ハイドン:チェロ協奏曲 第1番 ハ長調 Hob.VIIb-1より第3楽章
林光/野田雅己編:3つの小品 Ⅰひそやかに Ⅱゆらゆらと Ⅲうねうねと
鷹羽弘晃:木霊〜木琴独奏のための
ロドリゲス/野田雅己編:ラ・クンパルシータ
スピアレク・平岡養一編:日本狂詩曲〜貴志康一作品による

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