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2016-08-17 更新

ギター界の歌姫・朴葵姫(パク・キュヒ)インタビュー【後編】美しい音を追求しつづけること、マエストロ小澤征爾からの学び、「旅」をコンセプトにしたリサイタルについて

――その後、中学3年の時に再び韓国から日本に来られ、荘村清志さんや福田進一さんなど、錚々たる方々に師事されました。現在は国内外でご活躍ですが、葵姫さんのキャリアの中で最大の転機は?

朴:まず日本に来たことは大きなターニングポイントでした。今の韓国は、ギター人口が増えてレベルも高くなりましたが、当時の韓国にはクラシック・ギターを弾いている人はほとんどいませんでした。CDや楽譜を手に入れることもなかなかできず、有名な曲か、ポピュラーとクラシックの間のような曲しか流通していなくて。きちんとした教育もなく、youtubeもない時代でしたから、韓国で入手できる数少ないCDを聴き、そのギタリストが全てで、自分で選べる環境ではありませんでした。日本に来てまず驚いたのは、ギター界というものがしっかりあって、ギターのマエストロがいて、生徒たちもいるということ。福田進一先生や荘村清志先生がいらして、村治佳織さん、大萩康司さん、木村大さんがとても活躍なさっていて。世代交代が既に進んでいる時期で、韓国よりも断然進んでいて衝撃でした。日本では世界のギタリストのCDや楽譜がたくさん売られていて、ギターショップもあり、別世界に来たようでした。そういう環境自体が、大きな変化でした。

ギタリストとして自分が大きな成長を遂げたのは、ウィーン国立音楽大学に留学してからです。アルヴァロ・ピエッリ先生のおかげで、表現の幅が広くなり、自分というものを持つようになりました。この出会いがなかったら今の自分はないと思うくらい、ウィーンでの経験は自分にとって大切なものです。

――アルヴァロ・ピエッリ先生から、特にどんなことを学びましたか?

朴:先生に学んだことはたくさんありますが、まずは音です。美しい音というものについて考えさせられましたね。美しい音、美しい表現を追求し、あるレベルまで出来たらさらに上を求めるという、限りない世界を学びました。ピエッリ先生は、これくらいやればいいかなという気持ちに絶対させない。人間って、どうしても甘えが出たりしますが、追求し続ける大切さを学びました。後から振り返ると、それが一番大切な教えだったと思います。

それまでの私は、テクニックや、ミスをしないことなどにこだわっていた面がありました。でも音にこだわるようになってからは、誰かの演奏を聴く時も基準が変わって、まず音色を重視するようになりました。歌手の声は人それぞれ本当に違うのですが、楽器はだいたいみんな一緒なので、ピアニストによる音の違いとか、ヴァイオリンの高価な楽器と安価な楽器の音の違いって、素人にはわからない場合がありますよね。でも歌手の声の違いは分かりやすい。そういうのを見て、声とか音ってとても大事だなと思うようになりました。それからは、私が美しいと思える音色を出せる人が好きになりましたし、それを大事にする演奏家の方を私も尊敬するようになりました。当たり前で忘れがちだったかもしれないけど、音自体の美しさをこれからも追求していきたいです。緩めず、緩まずに。

――何を美しいと考えるか…言葉で表現するのは難しいですね。

朴:基準は人それぞれ違いますし難しいですよね。でも、私がとても尊敬しているポーランド出身のギタリスト、マルシン・ディラさん(1976~)は、こんなことを言っていました。あるマスタークラスで誰かが質問したんです。「どうしたら美しい音が出せるの?」と。そうしたら、「追求した人のみが美しいものを得られる」と。美しいものとは何か…正解はないけれど、追求していけば少しずつ得られるものだと思うので、私もそれを忘れずにやっていきたいです。

――そうした美しい音楽表現を追求なさっていることが、葵姫さんの演奏からよく感じられます。中でも高く評価されているトレモロ奏法は、本当に繊細な美しさに満ちていますが、演奏の秘訣について教えていただけませんか?

朴:トレモロは、テクニック的な観点でいうと、まず力を抜くことが大切です。トレモロは3つの音が1つに聞こえないといけないのですが、力が入っていると音が分かれてしまい、どうしても固いトレモロになってしまいます。特に男性は力が強いし、筋肉も骨の太さもありますから、ギターを弾く時はもっとリラックスしないといけないんです。女性は元々骨が細いので、少し力を抜けば、余計な力は加わらないんですけど、男性の場合は何倍も力を抜かないと。難しい曲を弾く時は特に力が入りがちですしね。あとはギターに限らず他の音楽と一緒で、フレージングだったり、いろんな大切なものがあります。

――音楽家としてどんなことを心がけていらっしゃいますか?

朴:歌を一番大切にしています。音楽というのは「歌」なので、常に歌うことを心がけています。基本的な知識や音楽のルールはおさえた上で、個性の表現や色づけをする時、演奏家それぞれのセンスが表れます。その時、いろんな引き出しを持っていないと表現の幅が狭くなるので、たくさんものを見て、観察して、いろんな感情を覚えておくことが大切だと思います。巨匠たちのマスタークラスをみると、「本をたくさん読み、映画を見て、旅に出ることが大事」とよくおっしゃるんです。子供のときはその理由がわからず、「どうして?それより練習しないと」と思っていたんですが、それがだんだんわかるようになりました。私も誰かを教えるときに、同じことを言うようになりました。本当にその曲のことしか考えていなくて、そればかり練習しているような若い子たちには、「いろんな物語にふれて、その話から湧き上がる自分の感情をきちんと感じる、思い返すことが大切だよ」と伝えています。例えばある音楽のフレーズを、「これ、この間みた映画のあの場面みたい」「あそこで見た景色のようだ」とか、イメージをしながら弾くのと何も想像しないで弾くのとでは、聴き手が感じることが全く違ってきます。そういう音楽作りが私は好きですし、大切かなと思います。

――葵姫さんは19歳の時、現在水戸芸術館の館長も務めている小澤征爾さんの音楽塾で、ロッシーニのオペラ〈セビリイヤの理髪師〉に参加されたそうですが、どんなことが印象に残っていますか?

小澤征爾(撮影:大窪道治)

朴:マエストロを見て、「人は音楽に対してこんなに純粋になれるんだ!」と思いました。音楽の中に入り込み、音楽そのものになっているのを初めて体験して、「わ~、あれは何だろう…」と思いました。マエストロの表情や指揮の指先とかを見ていると、他のことは何も考えず、音楽だけに夢中になって一体化しているのが伝わってくるんです。そして、巨匠と呼ばれる理由はそこにあるのだと実感しました。まっすぐで、謙虚で、純粋で…音楽に対する姿勢がとても勉強になりました。私は、音楽と完全に一体化する経験は、これまで何回かはありますが、まだ全てではないんです。「次のフレージング、難しい」、「ミスしたらどうしよう」、「あぁ緊張する。批評でどう書かれるだろう」、「次のトークどうしよう」とか…音楽に対してまっすぐでない瞬間がたくさんあります。今でもそれは課題です。全てを忘れて夢中になれる…そういう時間になりたいです。

――今回のプログラムの聴きどころや、お客様へのメッセージをお願いできますか?

セビリヤ(撮影:朴葵姫)

朴:コンセプトは「旅」です。特に今回、新しく取り入れたアルベニス作曲の〈コルドバ〉と〈セビリア〉については、これらを演奏するために、実際、旅をしてきました。今までは演奏してからその街に行くことが多く、アルハンブラもそうでした。でも今回は、私が現地で見て、感じたものをリアルにお届けできるのではないかと思います。あと〈旅人のソナタ〉は、キューバ出身のブローウェルが作曲したソナタ 第2番です。第1番はとても有名で、ギター界ではポピュラーな曲ですが、第2番は日本ではあまり演奏されないので、貴重な機会になると思います。それに何より、素晴らしいホールと伺っているので、その豊かな響きと、私とともに様々な時代や土地を旅する感覚を楽しんでいただけたら嬉しいです。

2016年7月 池袋にて


朴 葵姫(パク・キュヒ)ギター・リサイタル
13:30開場・14:00開演
チケット/一般 ¥3,000、ユース(25歳以下)¥1,000
曲目/
スカルラッティ:ソナタ K.178, K.391
タレガ:アルハンブラの思い出
アラビア奇想曲
椿姫の主題による幻想曲
アルベニス:〈スペイン組曲〉作品47より 第5曲「アストゥリアス」
組曲〈スペイン〉作品165より カタルーニャ奇想曲
組曲〈スペインの歌〉作品232より コルドバ
〈スペイン組曲〉作品47より 第3曲「セビリヤ」
ブローウェル:旅人のソナタ
バリオス:森に夢見る
ヒナステラ:ソナタ 作品47

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