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  • 音楽

2016-11-09 更新

河村尚子インタビュー

現代最高のショパン弾きの一人、河村尚子さんをお招きして2014年11月から開始した「ショパン・プロジェクト」。第1回「バラードとノクターンを中心に」(バラード全4曲など)、第2回「思い出のショパン~師・クライネフに捧ぐ」(クァルテット・エクセルシオとの共演によるピアノ協奏曲第2番など)、第3回「マヨルカ島からノアンへ」(〈24の前奏曲〉〈ソナタ第2番〉など)と続き、最終回はショパン晩年の作品に焦点を当てます。

普段はドイツを拠点に活動している河村さんですが、今年6月はバーミンガム市交響楽団の日本ツアーに同行されました(山田和樹氏の指揮でラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を演奏)。その日本滞在の折にお話をうかがいました。

 

――早いものでショパン・プロジェクトが最終回を迎えます。これまでの3回を振り返って、ショパンに対する想い、印象など、どのようにご自分の中で発展させてこられましたか?

 第1回目は、ちょうど娘を出産して1ヶ月半後でした。自分自身が母となるプロセスとともに、このショパン・プロジェクトが一緒の歩幅で歩んでいったという感じでしょうか。母となってから、音楽に対して落ち着きを持ち、そして少しおこがましいのですが、深い音楽を導き出せるようになった気がします。もっと若かった時は、単純に“ショパンはキラキラしていて美しい”とか、“優美さを求めるショパン”だったのですが、今は、痛みや悲しみ、深い喜びを見つけることができていると思います。

 このシリーズが、残り1回で終わってしまうので悲しい気持ちにもなりますが、ショパンに対して新たにそういった想いを見つけることができたのも、このショパン・プロジェクトのおかげだと思っています。

 

――今回は「晩年のショパン―幻想」という副題で、ショパンの晩年の作品が演奏されます。39歳でこの世を去ったショパンの、まだ十分若さが残る「晩年」であったわけですが…。

 病気がちだったショパンが晩年に書いている音楽なのですが、どこか楽観的なところも同時に感じられます。ソナタ〈第3番〉は短調で書かれていますが、全てが悲観的ではなくて、第2楽章や第3楽章は、比較的明るく希望を持った音楽になっていると思うのです。〈幻想ポロネーズ〉も大変切ない音楽にはなっているのですが、どこか勇敢で、次に進もうというような前向きな姿勢と情熱をも感じ取ることができます。

 

――今回のメイン・プログラムとされているソナタ〈第3番〉は、以前レコーディングもされていらっしゃいますね。プロジェクトの最後を飾るこの1曲について、聴きどころなどお聞かせくださいますか?

 “聴きどころ”と改めて尋ねられると、私もどこだろう…と考えてしまうのですが…。18歳の頃からずっと弾き続けている曲なので、自分の身体に染み込んでしまっているのです。

ショパンがポリフォニーに挑んでいるというのがよく分かる曲ですね。晩年になってポリフォニーに興味を示したというか、ポリフォニックな音楽に挑戦したというか…。例えば第2楽章の中間部では5声に別れてメロディが繰り広げられています。その際ショパンは多様に「掛留和音」(本来ならリラックスさせる解決音を要される箇所で不協和音を用いたままフレーズを意図的に解決させず、テンションを保たせる作曲法)を用い、和声的に言えば摩擦の多い、音楽的に言えば大変ジャジーな音楽に仕上げています。しかしそれが大変上品でつつましいジャズ要素であるため、普通に聴いていればクラシック音楽としか感じられませんが、それが後のラフマニノフにも繋がるような書法になっていると思います。

 

――演奏法など、何か変化がありましたか?

 弾き始めの頃は、無我夢中で全ての音を弾いていました。でも最近は、“構成”がとてもクリアになってきていると思います。構成がクリアになるまでは、他の作曲家の曲を弾くなどして、一定の距離を置きました。そこから、構成を見出したと言えます。1曲を長く弾き続けるということは、新しいことを発見し続けることができるということ。それがまた面白いところですね。でも逆に、何年も何年も長い間弾いていると、新鮮味がなくなり、時にはマンネリ化してしまう危険性もあります。すると、お客様にも演奏家本人にとっても、コンサートの時に感動がなくなってしまいます。初めて楽譜を見た時の新鮮な発見や驚き、喜び、そして閃きをコンサートで出せるようにしなければいけません。お芝居をする人が、ずっとずっとセリフの練習をしてきて、本番では今ここで起こったかのように芝居をしなければならないのと同じように。

 

――反対に〈幻想ポロネーズ〉の演奏は、日本では2009年以来とのことですね。今回久しぶりに弾こうと思ったきっかけをお教えいただけますか。

 それはですね、未練があったからです(笑)。弾き足りなかったですし、まだあの頃はこの曲について理解できてなかったのかな、と思ったからです。少しプレッシャーでもありますが、自分への挑戦でもありますね。

 

――最後にお客様へメッセージをお願いいたします。

 今回でショパン・プロジェクトも第4回目となり、プロジェクト最後の公演となりました。2年前の第1回目から演奏会を聴きに来て、応援をして下さった聴衆の皆様に、心から御礼申し上げます。何せ、このようなシリーズを任せて頂いたのが初めてだったので、光栄であるものの、プログラミングをどうしたら良いものか、当初は迷ったものでした。少し背伸びをしつつ、しかし無理に高い壁を越えることなく新しいことに挑戦することができ、大変嬉しかったです。

 毎回水戸を訪れて感じることは、この街での生活の質がどれだけ高いかということです。日常にある文化のレベルが高いと思うのは私だけでしょうか?音楽、美術、演劇を芸術館で愉しみ、偕楽園で日頃の疲れを癒し、水戸でしか頂けない美味しい納豆を食べる。土地も広々として自然も豊かですし、農産物が豊富なため食べ物も美味しい。日常の文化のレベルが高ければ、きっと住んでらっしゃる方々も幸せなのではないでしょうか?このような生活がある水戸を是非保って頂けるよう願うばかりです。

 

(vivo 2014年11月号より転載)