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2017-02-13 更新
【公演に向けて】 「そのときにしか聴こえないものを楽しんでいただけたら」宮田 大、リサイタルへの想いを語る

いま人気、実力ともに若手指折りのチェリスト、宮田大さん。水戸室内管弦楽団のメンバーとしても活躍する彼が3月3日(金)、水戸芸術館で待望のソロ・リサイタルを開きます。
プログラムは、エックレスのチェロとピアノのための〈ソナタ ト短調〉、武満徹〈オリオン〉、カプースチンの〈チェロ・ソナタ 第2番〉、プロコフィエフの〈チェロ・ソナタ ハ長調〉の4曲。
選曲の意図や聴きどころ、共演するピアニストのジュリアン・ジェルネさんについて、宮田さんのお話を伺いました(水戸芸術館音楽紙『vivo』2017年3月号掲載のインタビューのロング・バージョンです)。
宮田 大 インタビュー
―今回のリサイタルの曲目はどのように選ばれたのでしょうか?
今回のプログラムは、プロコフィエフのチェロ・ソナタが主軸になっています。前にジュリアン(・ジェルネ)と一緒にショスタコーヴィチのチェロ・ソナタを演奏したことがあったんですけど、深い精神性が感じられて、ロシアの音楽っていいなあと思ったんですね。プロコフィエフにも同じような精神があると思いまして、今回選ばせてもらいました。
それで、プロコフィエフのほかにもう1曲、何かロシア音楽をと探したんです。自分はカプースチンが大好きで、カプースチンの小品は何度かアンコールで弾いたことがあったんですが、そのうちに、お客様もだんだんカプースチンという名前を覚えてくださるようになって、「カプースチン、弾かないんですか」って聞いてくださる人もいて、それでカプースチンにしようと決めました。このソナタを日本で弾いた人は、もしかしたらいないんじゃないかと思うんですけどね。カプースチンは彼自身がジャズ・ピアニストだったこともあって、曲のなかにジャズやブルースのテイストがあって、そのなかにまたプロコフィエフに似た悲しみとか、いろんなテイストが出てきます。そんな喜怒哀楽を聴いていただいて、休憩のときに「ああ、いい曲だったね」ってお客様同士で会話してもらえることを想像しながら、この曲をリサイタルの前半の最後に置きました。
―先ほどおっしゃった「精神性」というのは、ロシアの精神ということでしょうか?
なんと言うんですかね……、ソビエトの時代には裕福な生活ができない人が沢山いたと思うんです。自分がもっと若いころは、プロコフィエフやショスタコーヴィチを弾くときは、悲しい音楽だと思って、悲しく演奏していたんですけど、ジュリアンと話し合ったときに、たとえば、貧しい人がちっちゃなパンを食べたときに幸せに感じる気持ち――不自由なく生活できている人なら何とも思わないけれど、やっとのことで手に入れたパンを食べられたときの、あたたかくなれる気持ち――そういうものを表すことで、同時にその悲しさも表現できるんじゃないかって考えたんです。だから今回は、ぱっと明るくなる、幸せなシーンを大事に弾きたいなと思っています。情景が浮かぶように聴こえたらいいですね。
―言葉で書かれていなくても、曲のなかにストーリーを感じて弾いていらっしゃるわけですね。
そうですね。この前のリサイタル(2016年9月)で、最初にバッハの〈無伴奏チェロ組曲 第1番〉を弾いたんです。本当は朗々と、草原のなかで弾いているイメージで始めようと思っていたんですけど、そのときはちょっと息が上がっていて、そうしたら、草原を走り出すようなイメージに変わったんですよね。そんなふうに自分も音楽に対してあまり固定観念を持たずに、そのときごとにぱっと、いろんな情景に切り替えられたらいいなと思います。最近、いろんな演奏会に出させていただいているうちに、曲が全部オペラみたいに聴こえてくるようになったんです。言葉は聞こえなくても、いろんなシーンを映像として思い浮べていただけたらと思います。
エックレスのソナタも歌っているような出だしですよね? (歌う) こう、歌っている人が思い浮かんできます。このソナタはスズキ・メソードの教本に入っている曲で、自分もスズキ・メソードの出身なので昔から弾いていたんですが、ジュリアンと今回のプログラムの相談をしているときに、プロコフィエフとカプースチンが決まった後で、「エックレスのソナタっていいよね」っていう話に、意外にもなったんです。若いときは、演奏会の1曲目は自己紹介のつもりで、テクニックを見せるようなエネルギッシュな曲で始めていたんですけど、お客様がついてきていないような感じがしてきたんです。それで歌える曲から始めるようにしました。演奏会の最初は、まだお客様が座ったばかりで呼吸が整っていないときなので。エックレスのソナタは、そういう意味でも良いかなと思います。
逆に、今回の曲のなかで、いちばん不協和に聴こえるのは、たぶん武満さんの〈オリオン〉でしょうね。やっぱり自分としては日本人の曲も入れたいなという思いがあったんですけど、ジュリアンが武満さんの曲をすごく知ってるんですよ。それで、ジュリアンの感じる日本人作曲家の音楽のイメージと、それから自分が今までにこの曲をオーケストラともやったときのイメージや、野平一郎さんのピアノともやったんですけど、そのときのイメージとか、いろいろ照らし合わせながらできたらなと思っています。
―〈オリオン〉をオーケストラと演奏するときとピアノと演奏するときとで、何か違いはありますか?
オーケストラにはいろんな楽器があって、それでオリオンのイメージがぱーっと浮かび上がるんですけど、ピアノとチェロで演奏するときは、もっと濃密な感じになりますよね。この曲は、拍子が8分の11とか14とか、拍を沢山数えなきゃいけないんです。指揮者がいれば、指揮者をちらちら見て弾くんですけど、ピアノと演奏するときは、拍を細かく数えるというより、もっと大きな流れのなかで、お互いに同じ空気感で弾けるような気がします。目をつぶって聴いていただくと、いろんなものが伝わるんじゃないかなって思います。あとは、最弱音を聴いていただきたいです。皆さんがしーんとしていて、自分も動かずにいて、音だけが漂っている瞬間を味わっていただけたらなと思いますね。水戸芸術館は響きの良いホールなのでより一層そう思います。
―ピアノのジェルネさんについてご紹介ください。
彼と最初に出会ったのはフランスのマントンの音楽祭で、それからいろんなご縁があって、何度も日本に呼んでいます。リハーサルで、自分はいつもピアノの方を向いて弾いているんですけど、「こうやりたい」と思ったときにジュリアンをちらっと見ると、向こうもちゃんとこちらを見ていて、「わかってるよ」ってウィンクされたりとか(笑)。曲を1回か2回通すだけで、何がやりたいのか、お互いに言葉なしで分かり合える、音楽性がとても合う仲間という感じです。即興的な表現が得意で、堅苦しくない演奏をする人なので、だからいつも二人で心がけているのは、事前にあまり決め事を作らないで、そのときのインスピレーションで演奏しようっていうことなんです。「ここはリハーサルで決めたでしょ!」なんて怒ることはあまりなくて(笑)、同じ曲を弾いても毎回全然違うふうになりますね。
―最後にお客様へメッセージをお願いします。
そのときにしか聴こえないもの、聴けないものをお客様に楽しんでいただけたらと思います。僕の方からストーリーを押しつけるのではなくて、お客様それぞれで、いろいろなイメージを膨らませて聴いていただけたらと思います。何もイメージがないと、曲って長く感じますものね(笑)。最弱音の話をしましたけど、プロコフィエフのソナタの最後なんて大音量の爆発で、彼はコンチェルトをイメージして書いたんじゃないかと思うくらいなんです。そんなふうに、二人の世界から大人数のオーケストラの世界まで、いろいろと楽しめるプログラムじゃないかと思います。
2016年10月28日
聞き手:篠田大基(水戸芸術館音楽部門)