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2015-01-08 更新

【新楽団員を訪ねて】リカルド・モラレスさん(クラリネット)

水戸室内管弦楽団(MCO)に加わった新しい楽団員をご紹介するインタビューシリーズ「新楽団員を訪ねて」。

2014年1月から水戸室内管弦楽団に参加され、10月に楽団員として加わってくださることになったクラリネット奏者で、現在フィラデルフィア管弦楽団の首席奏者も務める、リカルド・モラレスさん(Ricardo Morales)をご紹介します。

プエルトリコに生まれ、音楽好きな家庭で育った幼少時代、メトロポリタン歌劇場やフィラデルフィア管など一流の舞台で活動する中で大切にしていること、最高の音楽を奏でるために制作したオリジナル・クラリネットのこと、教育にかける想い…数々のお話を、ユーモアと情熱たっぷりに聞かせてくださいました。そして日本や水戸との意外なつながりも…!

「音楽はその人の人間性の延長にあるもの」とはモラレスさんのお言葉。音楽への尽きない愛と情熱、人生の深みが、モラレスさんが奏でる音楽に滲み出ていることを感じたインタビューでした。ぜひお読みください!

(インタビューの短縮版は、来週末、1月16日(土)、18日(日)に開催する水戸室内管弦楽団第92回定期演奏会プログラムにも掲載いたします。)


この度、モラレスさんに新しく楽団員として加わっていただきとても光栄です。

私こそ信じられないほど光栄に思っています! マエストロ・オザワと水戸で演奏するのは最高に楽しいですし、「自分は一番の幸せ者だ!」と思っているくらいです。

2014年1月の定期演奏会からご参加くださっていますが、水戸室内管弦楽団(MCO)にどのような印象をお持ちですか? 

まずオーケストラにとても柔軟性がありますね。音が本当によく調和していますし、どんな作品も演奏できてしまうのですから。それに、メンバーが一緒に演奏するのを心から楽しんでいるのもいいですね。演奏を作り上げていくときのオープンな雰囲気が大好きです!

モラレスさんは日本や水戸にご縁があると伺っていますが……

妻が大城恵美という日系アメリカ人のヴァイオリニストです。私たちはフィラデルフィア管弦楽団で活動しています。二人ともサイトウ・キネン・オーケストラにも参加しているので、松本でも一緒に楽しんでいますよ!また、私たちの子どもの最初のベビーシッターさんが、実は水戸出身の方なのです。2014年1月に私が初めて水戸を訪れた時に彼女の両親と会って楽しく過ごしました。なんて素敵なつながりでしょう! 世界は広いようで狭いですね(笑)。

―プエルトリコご出身だそうですね。音楽はどのようなきっかけで始められたのですか?

私には兄が4人と姉が1人いて、今は全員プロの音楽家として活躍しています。作曲家が2人で、あとはチェロ奏者、打楽器奏者、指揮者として。5歳の頃、よく彼らがクリスマスキャロルのようなものを演奏していて楽しそうだったので「自分もやりたい!」と思ったことがきっかけです。

父は法律図書館の司書、母は看護師でしたが、二人とも音楽が大好きだったのでよく一緒に演奏していました。クラリネットと出会ったのは11歳の頃。初めて吹いた日のことは今でも忘れられません。4時間も吹き続けましたから(笑)。その時「これは今まで聴いた中で一番きれいな音色だ」と思いました。両親はそんな私を見て「明日もあるんだし少しは唇を休めたら?」なんて言っていました(笑)。私はすぐクラリネットに夢中になったのです。

―クラリネット以外の楽器も経験されたのですか?

クラリネットを始めた後で、ヴァイオリンもやりました。当時、音楽キャンプに通っていたのですが、最初の2年間は弦楽器のキャンプに参加していました。リハーサルの後は自由な練習時間だったので、私はクラリネットを吹いていました。その時「自分が好きなのはクラリネットだ!」と気付いたので、そちらに集中するようになりました。もしヴァイオリンを続けていたら……「いないよりはまし」程度のひどいヴァイオリニストになっていたでしょうね(笑)。

―プエルトリコでは、クラシック音楽の文化は広く根づいているのでしょうか?

とても人気がありますよ! プエルトリコの音楽学校は、1959年にマエストロ・パブロ・カザルスが創設したものです。カザルスはそこに移り住んで、若いプエルトリコ人と結婚しました。マルタという女性で、プエルトリコの音楽界ではとても重要な人です。また1957年に、彼はカザルス音楽祭を始めました。この二人のおかげで、プエルトリコには素晴らしい音楽の伝統が育まれたのです。それに音楽を教えてくれる公立学校もいくつかあって、私もそこで勉強を始めました。音楽学校では、アメリカから来た演奏家たちが生徒を教えていました。

―その後、アメリカへ留学されたそうですね。

はい、私がプエルトリコで習っていたレズリー・ロペス先生は、とても素晴らしい先生であり音楽家でした!先生は、「彼は素晴らしい音楽の才能の持ち主だ」と言って、私がアメリカに留学できるよう両親を説得してくれたのです。インディアナ大学では既に、兄2人と姉が勉強していたので、私もインディアナに移り、高校を卒業し、インディアナ大学の演奏家課程で勉強を始めました。

―卒業後はメトロポリタン歌劇場管弦楽団やフィラデルフィア管弦楽団の首席奏者など、オペラやオーケストラ、それから室内楽などでご活躍されていますね。

私は本当にラッキーです! 優秀な仲間やマエストロたちから多くのことを教えてもらっていますから。私がいつも心がけているのは、常に何かを学ぼうとすること。学び続けることで、人間としての知識や精神性を養っていきたいのです。特にマエストロ・オザワとの共演は、何にも代えがたい貴重な経験です!

―その中で、どのようなことを大切にされていますか?

演奏する上で求められる姿勢は、それぞれ少しずつ違っています。オペラでは歌手と一緒に演奏するので、音のバランスに特別な配慮が必要です。歌い手を邪魔しないように。でも時々そうなってしまうので、要注意です(笑)。室内楽では、全ての楽器をなめらかに橋渡しすることが必要です。そのため、音楽上のコミュニケーションが一番大切です。それに、心を開くことや学び続けようとする気持ちもね。

例えば私はモーツァルトのクラリネット協奏曲を演奏することが時々あって、いつも指揮者に「どのくらいのテンポが良い?」と聞かれます。そのたびに私は指揮者のテンポに「イエス!」と言っています。ある曲を演奏するとき、人は何かしら好みや流儀を持っていますよね。でも他の人と一緒に演奏をする機会があったら、その時にこそ「本当の発見」をすることができるのです。音楽には、演奏する上で本当にたくさんの視点があって、その度ごとに限界を超えて、様々な開花のさせ方ができる。これが音楽の面白さで、私たち音楽家が日頃行っていることです。リハーサルでは、本当にささやかで美しい細部の練習を重ねています。その中でのコミュニケーションや柔軟性が大切で、それがあるからこそ音楽はさらに素晴らしいものになります。音楽は型にはまらないんです!

私がインディアナ大学で習ったアントン・ワインダー先生は、ギルフォード・スクール・オブ・ミュージック・アンド・ドラマでも教えていた方で、彼は音楽にまつわる思索の書物のようでした。その中で私が今でも忘れられないのは、「音楽は、決定版を否定することで格好つけるもの」という言葉。例えばベートーヴェンの交響曲第5番をあと1万回くらい演奏するとしたら、そこでさらに新しい発見ができるのです! ですから私は同じ曲であっても、よりよい表現を探るよう心がけています。

それにパブロ・カザルスは90代の時、インタビューで「マエストロ、あなたはなぜ今もそんなに練習するのですか?」と聞かれ、「練習すれば、少しでもうまくなれるかもしれないからね!」と答えたそうです。音楽家、あるいは人として成長し続けるためには、これこそまさに理想的な姿勢でしょう!音楽はその人間性の延長にあるもの。心を開いていれば、いつでも他の人とよい刺激を与え合うことができるのです。

―モラレスさんは、人々のクラシック音楽への関心をより高めるためには何が必要だとお考えですか?

大切なのは、もっとその魅力を知ってもらえるような教育だと思います。クラシック音楽にふれる機会が多いほど、興味も持ちやすいですよね!それともう一つ、クラシック音楽はある意味「おいしいワインや日本酒のようなもの」ということが、あまり知られていないのではないでしょうか? 人には、そういったものをうまく消化し、味わえるようになる段階というものが存在するのです。最近は、インターネットなどの影響で情報が溢れているので、人の好みも本当に多様化しています。ですので、必ずしもクラシック音楽のファンが減っているのではなく、それだけ選択肢が増えているということだと思います。

教育以外に私たちができることは、水戸室内管弦楽団が行っている「子どものための音楽会」のような取り組みを通して、クラシック音楽を身近に感じてもらえる取組みを行うことだと思います。クラシック音楽はある意味、文学にも似ていて、それを理解し味わうために必要な、一定のレベルというものがあるのです。生活を文化的な意味で豊かにしたいと思っている若者がいても、彼らに一気に浸透させるなんてできません! 私の場合は、クラシック音楽やクラリネットに情熱を注ぐようになったのはまだ幼い頃でしたが、人それぞれタイミングがありますしね。それは、人生経験を重ねることで変化していくものなのだと思います。

―多彩で柔らかい音色が特徴的なモラレスさんのクラリネットについてご紹介いただけますか?

しばらく前に、私は友人のモリー・バクーンとともに「MoBa」(Morales Backunの略)という名のオリジナルのクラリネットを製作しました。私が吹いているのもそれです。一般的にはアフリカ原産の黒いグラナディラという木で作られますが、MoBaはより豊かでまろやかな音響性を持つココボロという木で作られているんですよ。グラナディラは一番人気があるけど堅くて高密度なので、楽器に息を力強く入れることになり、硬めの鋭い音になります。ココボロはよりまろやかに音が広がります。それに内部の寸法やデザイン、指を置く位置を変えることで、音の抑揚や響きを最大限生かせるようにしました。

これは本当に貴重な体験でした。10年前、私たちは既存の楽器のマウスピースやベル、バレルを改良しようと試みたのですが、ある時から「誰もが使っている楽器を改良するのではなく、自分たちのオリジナルを作ってみよう」と考えたのです。最初は「自分たちの楽器に望むこと、必要なこと、あったら理想的なこと」を、まったく白紙の状態から検討しました。単にクラリネットの理想形を想像するという以上に、音楽に最善の形でアプローチできる楽器を考えてみようとしたのです。この経験を通して、クラリネットを一つの表現手段として客観的に捉えられるようになりました。普通は「クラリネットの響きが好きで、そのために音楽がある」と考えがちだけど、全く逆です! 音楽を最高の形で演奏しうるための楽器をどう製作するかが大事なのです。

―音楽を最高の形で演奏するための楽器を製作する…とても興味深いプロジェクトですね。

音楽家はいつも「自分ならではの音を創造したい」と考えています。ですからある意味、楽器は自分が思い描く演奏の「マイク」、あるいは道具や手のような存在です。自分の演奏を思い描いた通りの形で伝えてくれるものでないとね。音楽は、様々なキャラクターの性格や作曲家の意図を捉えるだけで十分難しいので、楽器が自分の表現の足かせになるなんて最悪です(笑)。

多くの人は、既存の楽器の効率性に慣れきっています。例えば両足とも左足用の靴を履いていたら、それになじんでしまい、右足用と左足用の靴を履いた時に最初は少し居心地悪く感じてしまうかもしれませんよね。この体験を通して、自分が慣れていた既存のクラリネットの特性や癖を改めて解きほぐすことができ、とても面白かったです!

―世界の第一線で活動し続ける上で、どんなことを大切にされていますか?

それは……私がいつかその境地に達することができた時にお話しますよ(笑)。でも私が想像、あるいは心がけている成功の鍵は、いつも「学生的な姿勢」を忘れないことですね。物事に対してどうしたらより良くなるかを探ること、そして心を開くことです。例えばオーケストラで、ベートーヴェンの交響曲第5番を演奏するとき、指揮者の音楽が自分たちの思い描いたものでなかった時、演奏家は「そういうイメージの曲ではない」と言うかもしれません。でも皮肉な態度では、心は閉ざされるばかり。音楽家はひとりの人間として、開かれた心を持ち続けるために、できる限り努力すべきです。誰かの考えが自分と違う時もある。そして結果、全体がうまく機能しないこともあります。でもいったん他の人の考えを受け入れてその通りにやってみるのも、無駄ではありませんよ。冷めた態度をとるのではなく、できるかぎり最高の音楽を皆さんにお届けしようと挑戦し続けることです。

私たち音楽家はいつもこうしたコミュニケーションをとっています。どの演奏会でもその曲を初めて聴くという方はいるので、いい影響が与えられるよう、演奏にはありったけの愛と生命力を込めることが大事なのです。もちろん、客席にいる人があくびをしている姿を何度も見かけたことがありますが、そういう人がシューベルトの交響曲〈グレイト〉を聴いたときの反応といったら…そういう大曲で大成功を収めて、観客の皆さんに力強いエネルギーを届けられた時は、もう最高の気分です!

―今後の夢をお聞かせいただけますか?

私が最も大切にしている仕事の一つが教育です。以前私はジュリアード音楽院で、今はカーティス音楽院などで教えています。音楽で新しい発見をするためには心を開くこととコミュニケーションが大切だということを、生徒と分かち合いたいと思っています。最近、音楽の世界では本当に競争が激しくて、「よい演奏家」として認められるために必要なテクニックが多く存在します。でも、次の世代に音楽への愛や情熱を伝えていくことはとても大事だと思っています。演奏に求められるのは、技術的なことばかりではありません。一番大事なのは、人生への情熱を音楽に注ぎこむこと。それができれば、人生と音楽はもっと親密になります。もちろん簡単ではありませんよ、はっきりと表現するための技術、地道な練習、正確な運指も必要ですから。でもそういう世界では、時に大事なことが見失われてしまいます。教師や助言者として、心を開くこととコミュニケーションの大切さをいかに伝えるか。そこにやりがいを感じています。若い音楽家には、単に見栄えのよい文章が書ける職人というより、人を感動させられる詩人であってほしいですからね。

私は飛びぬけて才能がある生徒を持つことができて本当に幸せです! 彼らに素直さや柔軟性があるからこそ、音楽への愛やインスピレーションを伝えることができるのです。この仕事が好きな理由の一つは、生徒との関わりを通して私も学べるということ。お互いに豊かな経験ができるのです。

聞き手:高巣真樹(水戸芸術館音楽部門)