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2012-10-20 更新

【新楽団員を訪ねて】猶井正幸さん(ホルン)

今年新しく水戸室内管弦楽団(MCO)に加わった楽団員をインタビュー形式でご紹介する「新楽団員を訪ねて」
第2回は、MCOにもこれまで既に数多く参加され、小澤征爾音楽顧問やメンバーからの信頼厚い、猶井正幸さん(ホルン)です!

(インタビューのショートバージョンは、第85回定期演奏会プログラムに掲載しております。)


猶井さんは1995年以降、MCOの定期演奏会に数多くご出演くださっています。今年4月からは楽団員として加わってくださっていますが、今どのようなお気持ちでいらっしゃいますか?

まず何より、素晴らしいメンバーが揃っているオーケストラに迎えて頂き、こんなに光栄なことはありません。中には僕の桐朋学園大学時代の同級生(田中直子さん、川崎雅夫さん)や先輩(店村眞積さん)もいて、当時の素晴らしい弦楽器の優等生と、かたやしがない劣等生の僕が、数十年後にこうして一つの楽団のメンバーになれるなんて夢にも思いませんでした。それに潮田益子さんや安芸晶子さん、渡辺實和子さんなど、雲の上のような大先輩方もいらっしゃいますし。室内オーケストラはまるで「結晶」。少人数で濃い内容のものをやりますから、特に最初のうちは並大抵の緊張感ではありませんでした。けれど優れたオーケストラでは、今まで経験したことのない良い緊張感を感じられたりします。そういう環境だと、皆の「気」が一つに集まろうとするのだと思います。その特別な気配が伝わってくると、「一緒にやるなら自分もそこまで高めないと」と感じたりして、本当に育てて頂いたという気持ちです。

猶井さんは、小澤征爾音楽塾でも長く講師をお務めでいらっしゃいます。小澤音楽顧問の厚い信頼をうけていらっしゃるようですね。

まず僕のような者が小澤さんに信頼されるとは全然思っていませんでしたし、未だにそうです。いつもオケで小澤さんがおっしゃっていることや棒を振っている姿を見て、勉強しようと思っている僕の姿を、小澤さんが理解してくださっているという事でしょうか。だとしたら本当に光栄です。音楽塾で勉強している若い人たちの吸収力には驚くものが有ります。小澤さんの一番大事にしている、音楽と向き合う精神、それを伝える事が僕の大きな使命だと思ってやっています。

オーケストラのホルンセクションでは上の音域を主に吹く人と、下の音域を吹く人のパートに分かれていて、今僕は主に下のパートを吹いていますが、ドイツにいた頃は上と下と両方吹いていたんです。それから大阪フィルハーモニー交響楽団では11年間、首席ホルン奏者を務めていました。ですからホルンのパートはだいたい吹けるという変わったホルン吹きだなと(笑)。いろいろな経験をいろいろなパートでしているので、教師としては、それを若い人たちに伝えて行きたいと思っています。

そのように若い演奏家の教育にお力を注がれるようになられた原点は、どんなところにおありだったのでしょうか?

教わったことが多いほど、それを伝えたいと思うのが人情なんですよね。学生時代は安永徹(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の前コンサートマスター)くんや河原泰則さん、店村さんなどと、ベートーヴェンの七重奏曲やシューベルトの八重奏曲などの室内楽をよく演奏していました。それまでは弦楽器の人との接点などほとんどなかったのですが、その後もヨーロッパや日本で公演する中で、たくさんのことを教えてもらいました。音楽での間の取り方や息の使い方などについて。息をただ瞬間的にたくさんとるという、音楽に関係のない取り方をするとうまくいかないのです。彼らも弓を動かす時は、呼吸と同じようにやっているみたいです。呼吸といえば、小澤さんもそうですね。その棒を見ていると、本当に息遣いと同じ音楽になっている。「これが、僕達がとらなければいけない呼吸だ」と視覚的に分かるので安心感がある。動きが本当に音楽的で、息をとる加速度まで予測可能にしてくださる。それがオケのメンバーとしての僕にとっては心地良いのです。

―ところで、ホルンをお始めになられたきっかけをお教えいただけますか?

中学生の時は吹奏楽でユーフォニウムを吹いていたのですが、音楽の道に進みたいと思い、音楽高校からホルンを始めました。ホルンならオーケストラで活動できますし、あの中音の柔らかい音が好きだったのです。はじめてプロの演奏会に行ったのは、中学3年生の頃。当時の先生が、オーマンディ指揮・フィラデルフィア管弦楽団による大阪・フェスティバルホールでの公演のチケットをくださった。その時「魔弾の射手」が演奏されたのですが、冒頭に1番と3番のホルン奏者が吹くソロで、二人とも最初の音を外したのです! 「これは手ごわい楽器だ……」と思ったのが初めてのオーケストラ体験(笑)。でもホルンセクションの音は素晴らしかったし、オケの響きは、息をのむほど。あの大ホールをとてもいい音で満たしていたのをいまだに覚えています。

猶井さんはドイツへ留学された後、ドイツの様々なオーケストラでご活躍されました。そのご経験の中で、特に印象に残っているお話をお聞かせいただけませんか?

ドイツのオーケストラでは13年間活動しました。その中で、オペラに数多く参加できたことは、僕の音楽人生にとってとても幸せでした。ベートーヴェン・ハレ管弦楽団で活動していた頃は、ボンが西ドイツの首都だったので、多くのお金をオペラに使うことができた。有名な指揮者や歌手が来て、とても勉強になりました。それからケルン放送交響楽団が近くにあり、よくエキストラで参加したのですが、レベルの高いオケですから色々と良い経験ができました。その頃宮本文昭さんや河原さんもいらっしゃいましたね。日本への演奏旅行も2度ほど参加しました。日本への演奏旅行の時、飛行機の中でおしぼりを投げ合うといういたずらが始まったこともありました! 乗務員さんが日本人の僕に、「何とかしてほしい」と言うので、それを後ろに座っていた事務局長にドイツ語で伝えたら、「そんなの無理に決まっているだろう」と言われたりして(笑)。みんな子どもみたいで、音楽家ってそういう一面もあるのだな、と思いましたね(笑)。

ところで、ホルン・パートはオーケストラの中でどんな存在であるとお考えでいらっしゃいますか?

ホルンの音色はその性格から弦楽器と管楽器をつつんで一つの響きを創る役割が有ります。線的なメロディーを吹く時も、まるでハーモニーを聴いているように響きがリッチになります。つまり、ホルンでまず大事なのが音程。一緒に吹く人の音程も、オケ全体の音程もあるので、とても難しい! だけどそこが一番やりがいあるところ。音を一発鳴らすだけでも、全体の響きについてあれこれ考えています。でも結局、自分が自然に力まず、シンプルな状態で吹いた音が一番うまくいくことが多いです。特にバボラークのような人と一緒に吹く時は、難しくやったら彼とは絶対合わないから、ありのままでさらけだす。その方がずっとうまくいっていますので、これからもそのやり方でやっていきたいです(笑)。ホルンという楽器は、シンプルに吹けなければいけないと思う。それが一番難しいんです。ギネスにも「木管楽器はオーボエ、金管楽器はホルンが一番難しい」と載っている。でもそれは何らかの方法で乗り越えればいいんですよね。ただ、シンプルにやるには裏付けが必要で、自分も未だに勉強中。だからこういう機会を与えて頂いて本当に感謝しています。

―今後MCOの楽団員として、何か目標がございましたら、お教えいただけますか?

まずはバボラークが吹きやすいような相棒になりたい、それが目標ですね。そのためには自分の音楽性も持っていなければいけないし、フレキシブルなところも必要。だけど僕は人を持ち上げたい性格だから、役柄は合っていると思います。何回も一緒にやってきましたし、「あいつとは出来ない」と言われるまで、ね(笑)。それに、ジュリア・パイラントさんやニール・ディランドさんも本当にすばらしい。人柄も素晴らしくて、みんなウィットも分かる。それぞれタイプは違うけど、一緒に演奏できて「なんて幸せなんだろう!」と思います。

―最後にMCOの将来について何かお気付きのことがございましたらご指摘くださいませんでしょうか?

だんだん若い人たちが入ってきていますし、それを受け継ぐ大事な時。創立から20数年の間に、初代の方々が築きあげたものもありますし、今まで培った「指揮者なしでもできるオケ」だということもありますよね。この間、2008年のヨーロッパ公演で小澤さんが参加できなかった時も、ベートーヴェンの交響曲第4番を指揮者なしでやるといったら、これもうやはり普通では考えられないくらい難しい曲だと思うのです。それを見事に……。それから1996年に、MCOが指揮者なしでやった大阪・フェスティバルホールでの演奏会。それを僕も聴きに行ったんです。メンデルスゾーンの交響曲第4番〈イタリア〉を演奏した時かな。それも本当に素晴らしかった。そしてこの間のヨーロッパ公演。あの気迫たるやすごいなと。そういうことができるオケだと思います。

本当に、この20数年の間に吉田秀和先生と小澤さんを軸として築きあげてきたものを、皆さんそれぞれ持っていると思うのです。今まで一緒にやってきたからこそ出来あがったものというのがね。それは未知数ですよ、これからまだ発展して行くと思いますが。それをいつの日にか、世代交代となり、若い人たちがその核となった時のために受け継ぎ、一緒に実践の中で伝えていくことが大事な時期なのかなと思います。だから託す側もそうだし託される側の人も、それなりのコミュニケーションを通して、あと何年かの間に、しっかり受け継いでいければ。本当に世界的にも素晴らしい室内管弦楽団ですから、僕はそんなふうに期待しています。僕も自分の役割をしっかりと考えて、挑んでいきたいと思います!

貴重なお話をお聞かせいただき、どうもありがとうございました。

2012年9月19日
聞き手:高巣真樹(水戸芸術館音楽部門)