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2017-07-03 更新
新作短編小説『大群青の夢 その二 青い眼』(岡部えつ作)掲載!

スガダイロー・プロジェクトvol.3「大群青」 公演に向けて、「小説」の世界と手を組んでの創作活動は続きます。
小説家の岡部えつさんが新たに書き下ろしてくださっている、「大群青」に着想を得た3つの短編小説『大群青の夢』。今日はその二「青い眼」をお届けします。
主人公は青い眼の人形…ときいて思い浮かぶのは、あの有名な童謡ですね!その曲をはじめ、「シャボン玉」や「七つの子」など、数々の名作といわれる童謡の歌詞を書いた、詩人・作詞家の野口雨情(1882-1945)、実は北茨城出身であることをご存知でしたか?
人形といえば、昭和初期、互いの交流のためにアメリカと日本は互いに人形を贈りあったのだそうです。しかし両国がその後、どんな歴史を辿ったか…。水戸の市街地も終戦直前、アメリカ軍による空襲を受けました。それも決して忘れてはならない水戸の歴史の一部。平和への想いをあらためて深くせずにはいられない小説が届きました。ぜひお読みください。
大群青の夢
その二/青い眼
岡部えつ
名は群青と申します。遠い昔のその昔、海の向こうのその向こう、山の向こうのその向こう、川を下って丘越えて、うだる暑さの町工場、そこで生まれた人形です。
金の巻き毛に青い眼々、桃色ほっぺに赤い唇、同じ顔した姉妹たち、ずらり並んでにっこりと、ドレス着るのを待っていた。丸い腹にはいつの日か、誰かの夢を詰めるため、今は空っぽがらんどう。
ある朝箱に詰められて、驢馬に引かれてゴトゴトと、着いたところは賑やかな、町の真ん中玩具店。
真っ赤なサテンに白レース、水玉模様のワンピース。髪にはリボンもつきました。大きなガラスの向こうから、小さな丸い目覗きます。あれが欲しいと指差して、わたしを見上げて泣いてます。
一人の可愛い女の子、わたしを買ってくれました。笑うと笑窪が浮かびます。わたしと同じ青い眼々、金の巻き毛のその少女、メリーと呼ばれておりました。隣の家の意地悪な、そばかす少女と遊ぶより、わたしを相手に唄歌い、絵本を読むのが好きでした。どこに行くにも一緒です。何をするにも一緒です。いつしかわたしの丸い腹、メリーの夢が詰まります。
彼女は大きくなりました。夢も大きくなりました。わたしの腹には収まらぬ、熱くて苦い夢でした。
それが「恋」だと言われても、何のことやらわかりません。メリーはわたしを置き去りに、どこかへ出掛けて行きました。
遅く帰った星月夜、メリーは泣いておりました。「恋」の相手の裏切りに、打ちひしがれていたのです。口の聞けないこのわたし、たったひとつのできること、お腹の夢を吐き出して、見せてやってももうすでに、メリーの眼には映らない。
そうしてわたしはもう一度、箱に詰められゴトゴトと、驢馬に引かれて行きました。寒い夜空の星の下、お腹は空っぽがらんどう。
川を下って丘越えて、着いたところは港町。お魚臭い人たちが、わたしを運んで行きました。箱の向こうで野良猫と、かもめが喧嘩をしています。
やがて大きな船の上、どんぶらこっこと揺れながら、海を渡っていきました。いったいどこへ行くのやら、わたしはお眼々を瞑ります。
甘い香のする風が吹き、ゆっくり箱が開きました。紅色をした梅の花、零れ落ちそに咲き乱れ、風に揺られておりました。
上から覗く丸い目は、黒くて深い瞳です。髪も真っ黒鴉色、ほっぺは真っ赤な林檎色。おっかなびっくり手を伸ばし、わたしをそっと抱きました。
かすみと呼ばれるその少女、わたしと似ても似つかない。だけれどにっこり笑う時、浮かぶ笑窪がありました。
かすみの夢をひと齧り、また次の日にひと齧り、幼い夢の甘い味、それがわたしのご馳走です。どれだけいっぱい詰まっても、もっともっとと欲しがって、満腹することありません。
この子もいつか「恋」をして、熱くて苦い夢を見て、わたしを忘れてしまうのか。それを思うと恐ろしい。まだ見ぬ相手が憎らしい。このままずっと永遠に、甘い夢だけ見て欲しい。
春のお空にシャボン玉、かすみが作って飛ばします。すぐに壊れてしまうのは、まるで少女の夢のよう。弾けて消えたその夢は、雫となって地に吸われ、草木に飲まれて花咲かす。紅色をした梅咲かす。かすみに抱かれて池の端、うっとり眺める花の宴。
一年二年と経ちました。奮い立つよな冬が来て、勇ましいよな春が過ぎ、恐ろしいよな夏が来て、大きなサイレン鳴りました。
獣の唸りを響かせて、西の空からやってくる、夜に飛ぶ鳥悪魔鳥。口笛吹くよな音がして、地面が激しく揺れました。かすみに抱かれて出た庭は、真っ赤な炎の海でした。かすみの背中に火柱が、立って震えて裂けました。
そのときわたしも燃えながら、かすみの熱い手の中で、黒い夜空を切り裂いて、飛ぶ飛行機のその中に、醜い悪魔を見たのです。
歪んだ口は憎しみか、それとも嘲り笑うのか。こちらを睨んだその瞳、わたしと同じ青い眼々。メリーを苦しめ駄目にして、かすみを燃やしたあの眼にも、春には花が映るのか?
焼かれて溶けたセルロイド、雫となって地に吸われ、「恋」も知らずに消えてった、かすみの雫と交わって、爛れた大地にいつの日か、芽吹く梅の木待っている。
今宵ひとつの楽団が、そんな大地の跡形を、歌い奏でて慰めて、焦土の下に染み込んだ、かすみの小さな夢の玉、息吹き込んで膨らまし、飛ばしてくれると聞きました。わたしも共に膨らんで、あの日はじめて見た空と、同じ青さのその中を、飛んでみたいと思います。
あとは、よしなに。
(了)
◆PROFILE
岡部えつ(小説家)
2008年第三回『幽』怪談文学賞短編部門大賞を受賞。
2009年短編集「枯骨の恋」で小説家デビュー。
2015年、長編小説「残花繚乱」がTBSテレビにて「美しき罠〜残花繚乱〜」として連続ドラマ化される。
怪談、恋愛、いじめ問題など、テーマは様々だが、一貫して“女”を描く。
スガダイロー氏とは、自らが主催した朗読ユニット『業』にて共演。
スガダイロー・プロジェクトvol.3「大群青」
2017年7月22日[土]18:30開演
水戸芸術館ACM劇場
出演:
スガダイロー(ピアノ)、Dr.Firebone(サクソフォン)、池澤龍作(ドラム)、吉田隆一(サクソフォン)、櫻井亜木子(薩摩琵琶)、福原千鶴(鼓)、星衞(チェロ、笛、電子獅子舞)、辻祐(太鼓)、佐藤史織(三味線)、ジュンマキ堂(チンドン)、ノイズ中村(マネージャー)、志人(詩人・作家・作詩家)、石川広行(トランペット)、河内大和(役者)、早瀬マミ(女優)、荒悠平(ダンサー)、高橋保行(トロンボーン)、納豆の妖精ねば~る君 ほか ゆかいな仲間たち
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