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2018-04-18 更新

宮本益光さんインタビュー① “歌”に生き、“役”に生き、“言葉”を紡ぐ歌手の素顔

 

昼下がり、気軽に音楽をお楽しみいただける人気シリーズ「ちょっとお昼にクラシック」。6月17日には人気バリトン歌手の宮本益光さんが登場します。宮本さんにとって茨城県初となるコンサートを前に、インタビューにお応えいただきました。


――水戸でのコンサートは今回が初となりますが、今まで茨城県でコンサートをされたことはありますか?また、茨城県にいらっしゃったことはありますか?

日立には何度か行ったことがあります。私が横浜で指導している男声合唱団が、日立で活動している男声合唱団と交流演奏会をした時、日立と横浜の両方で指揮をしました。私は合唱が大好きで、たくさん合唱団を教えているんです。茨城県合唱コンクールには審査員としてしばしばお招きをいただいて、茨城には結構行っています。でも、茨城で今回のようなコンサートをするのは初めてです。水戸芸術館には今まで錚々たる演奏家が出演しており、そのステージに立てるということは光栄なことですし、今からとても楽しみにしております。

――歌手としてだけでなく、作詞、オペラの訳詞、本の執筆など、「歌」と「言葉」の関わりを強く感じる活動をなさっています。初めて作詞をしたきっかけは何だったのでしょうか。

決して文学少年だったというわけではありません。東京藝術大学に入った時、寮の隣の部屋に住んでいたのが楽理科の学生でした。楽理科ですから当然本をいっぱい読む人で、彼の考え方は実に建設的で、理知的でした。それに触れて、同級生でどうしてこんなになるんだろうって驚いたんです。楽理科では、授業で外国語の文献や専門書を読む。そして「音楽史」の本の中で、「バッハ」という項目のページが複数ページあるとしたら、それを400字に要約するような修行をするらしいのです。それはなかなかいいなと思って、文章を書くということに実に興味を持ちました。自分の興味のある本、たとえば発声の本を1冊買ったら、それを章ごとに要約して、実際に要約文を書きました。今でもそのノートは家にたくさんあります。そのような事をやっていたというのがまずあって、言葉や文章に興味を持つようになったわけです。

大学院に進学し、日本語の音声学に興味を持っていた私はオペラの日本語訳詞の在り方を研究することにしました。楽譜に書かれている音符と日本語訳詞のより良い関係をいかにして築くか、日本語音声学を基にした研究の発展形として、オペラの日本語訳詞の在り方を自らの研究題目としたのです。しかし、オペラの訳詞上演をすることが自分の中で命題としてあったわけではなくて、自分が舞台で歌う時、どのように発語すればよいのか、楽譜に書かれている音符をどのように音にすれば人の心に届くのか、という研究の手段として訳詞を選んだに過ぎないのです。

大学院を卒業し、日本の作曲家たちとの共同作業を進める中で、「言葉が音楽に変わっていく」というのを目の当たりにして、言葉を作るところから音楽家の共同作業のスタートの中に入ってみたいと思って作詞を始めたのが30歳ごろ。詩に触れ、音楽に触れ、言葉を訳して音楽にのせてきたという長い準備期間が作詞への道を開いたとも言えます。しかし歌手は言葉がなかったら歌はうたえませんから、私の中では詩を書くことは必然だったのかもしれません。振り返ってみると自分が詩を書くような人間かといわれると、いやいやいや・・・とも思います。でも文章や詩を書くことに楽しみを感じて、心から好きだと思っています。

今度、神奈川で上演するオペラ《ヘンゼルとグレーテル》の訳詞もしているのですが、徹夜で取り組んで今朝書き終わったところです。紙の上では終わりましたが、音にしてみなければわからない部分もたくさんあります。今日は実際歌ってみたのを録音して、それを聴きながらここまで車で来ました。

 

――自分の詞を自分で実際に歌唱してみることができるのは、宮本さんならではですね。さて、今回のプログラムにはオペラの名アリアも並んでいます。オペラの舞台に立つ際、役作りのためにされている事はありますか?

企業秘密でも何でもないのですが、あまり進んで言うことではないと思っています。ですが、私は相当役作りをするほうです。役に自分が入っていくのか、役を自分に寄せるのか、いろいろな考え方がありますが、私としては、その役がその役としてちゃんと見えるけど、一方で私にしか見えない、とお客様に思っていただけるというのが理想です。パパゲーノを演じた時に「宮本さんっていつもあんな人なのかな」とか、ドン・ジョヴァンニを演じた時に「やっぱり宮本さんだよね」と。それは「何をやっても同じ」という批判になる可能性はあるけれども、私と言う個性と役が常に対峙している関係でいたいのです。そのためには、本当になんでもします。

例を挙げると、2015年12月に黛敏郎のオペラ《金閣寺》の溝口役を演じた時には、何回も金閣寺にマッチを持って行きました。実際に行ってみるとあそこではマッチを出せないですよ。別にポケットに入れて持って行って、そこで出しても誰にも見えやしないでしょ。ましてや布にくるんだりしてたら見えやしないけど、やっぱり勇気がいるんですよ。捕まったらどうしよう、と思って。溝口は、金閣寺に火を点けるシーンである種の恍惚を感じたのでしょう。その想像はできるけど、その心情をより実感するにはどうしたらいいのだろう…オペラの舞台に立つとき、いつもそんな葛藤と戦っているのです。それを払拭するためなら何だってする。だからと言ってドン・ジョヴァンニを演じる前にたくさんの女の人に手を出すわけではないのですけど(笑)。

ドン・ジョヴァンニが人を殺めてしまった時の手の感触というのは、私たちは普通一生涯持つことはないじゃないですか。でも、たとえば包丁を持つことはできる。刃物の重みを感じることはできます。それがもしも・・という想像をすることはできる。場合によっては、人に持ってもらって、刃先をこっちに向けてもらうとか、とにかくなんでもします。

タバコを吸う役をもらったときには、私は喫煙の習慣はないのですが、三か月タバコを吸いました。タバコを吸う人が見たら、普段吸っていない人というのは火のつけ方、灰の落とし方一つとってもすぐにばれますよね。《セヴィリアの理髪師》をやった時は、ハサミの持ち方を美容師に習いに行きました。ハサミは薬指と親指で持つということは、知らない方も多いと思います。ぴょこっと出ているところに小指に引っ掛けて、人差し指と中指で櫛を持つ。まぁ、フィガロがそういう持ち方をしたかは別として、そこまでやらないと気が済まない質なんです。それがちょっとでも役に関係すると思ったら何でもやります。

信長貴富さんが作曲した〈Fragments〉という、特攻隊員の手記を題材にした曲があります。その曲を歌う前には、知覧に寝泊まりに行って、特攻隊の人が通い詰めたという富屋食堂に見学に行きました。最終的には特攻機のプラモデルを何機も作って、特攻機を理解し、本番前に丸刈りにしたくなってしまいました。そしたらマネージャーに「丸刈りはやめたほうがいい」って言われてしまったのですが。そこまで、思い込んだら明日はいらない、というところまで行ってしまいます。

今回水戸でも歌う《カルメン》の〈闘牛士の歌〉は、花形闘牛士エスカミーリョが歌うアリアです。スペインの闘牛にはいろいろな役目の人が出てきて、最後に牛にとどめを刺すのがエスカミーリョの役目なのですが、外国人の私たちには詳細な事は分からないですよね。相撲で言うと序の口から横綱まで。だけど、それを調べることは当然できるわけです。どんなポーズをとって最後に牛を刺すのかとか、有名なトレアドールはどうマントをさばくのかとか、嘘がイヤなんです。だから徹底して調べて演じます。そしてそれがたまらなく好きなのです。今は世界中に文献も資料も溢れていて、調べようと思ったらいくらでも調べられるので、時間が足りないんですよね。

――その他、今回歌われる曲についてお話いただけますか?

今回のコンサートでは私が作詞し、信長貴富さんが作曲した歌も披露いたします。《うたうたう》という、「歌」をテーマにした曲集から数曲。その中の〈うたうたう〉は歌詞各行の頭文字をならべると「うたうたう」になるというパズルになっています。

たごころ

しかめる

たごえに

ましいも

たうたう

〈貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)〉という曲は、さまざまな形の「愛」をテーマにした合唱曲集《にじのソネット》の最後の曲で、私が指導をしている愛媛の女声合唱団が昨年1月に初演をしました。その合唱団は結婚や出産、就職などで離れるメンバーもいて、入れ代わり立ち代わり17年間活動してきました。〈貴種流離譚〉は祝婚歌をイメージして、両親が子どもに抱く愛情、そして受け継がれていく愛の軌跡を詩にしました。ちょうど初演の時にも結婚するメンバーがいて、詩を書いているときには彼女たちの声を想像し言葉を選びました。また、ライフワークとして取り組んでいるモーツァルト・オペラのアリアも披露します。

(聞き手:鴻巣俊博 協力:㈱二期会21)


宮本益光さんより、水戸の皆さんに動画メッセージもいただきました!


ヨーロッパのお話しや、子どもたちへの指導のお話しなど、盛りだくさんのインタビュー記事は第2弾、第3弾はこちら!

宮本益光さんインタビュー②  “オペラ”の懐の深さと特異性
/topics/article_20307.html

宮本益光さんインタビュー③  心に詩を持つこと~歌を子どもたちと分かち合う喜び/topics/article_20364.html


<公演情報>
ちょっとお昼にクラシック 宮本益光(バリトン) “歌”のときめき “言葉”の煌めき


/hall/lineup/article_1468.html
6/17(日)13:30開演(13:00開場)
会場 水戸芸術館コンサートホールATM
全席指定 1,500円(1ドリンク付き)

宮本益光(バリトン)
髙田恵子(ピアノ)

信長貴富(宮本益光作詞):空の端っこ、うたうたう、貴種流離譚
モーツァルト:
〈フィガロの結婚〉より“もう飛ぶまいぞ、この蝶々”
〈ドン・ジョヴァンニ〉より“窓辺のセレナーデ”
ビゼー:〈カルメン〉より“闘牛士の歌” ほか