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2019-05-20 更新

茨城新聞「ATM便り」ちょっとお昼にクラシック 西山まりえ

茨城新聞で水戸芸術館音楽部門が月1本のペースで連載しているコーナー「ATM便り」。5月20日掲載の記事を転載します。6月16日(日)に開催する、西山まりえさん(チェンバロ&バロック・ハープ)による「ちょっとお昼にクラシック」に因んだ読み物です。


 ラソラーソファミレド#ーレー♪ というフレーズを聴くと、思わず、「鼻から牛~乳~」と歌ってしまう人がいそうですが、あの急落下するような旋律自体も、「鼻から牛乳」の歌詞に引けを取らない強烈なインパクトを持っています。バッハの〈トッカータとフーガ ニ短調〉BWV565のトッカータの冒頭です。

 トッカータとは何でしょうか。語源はイタリア語で「触る」という意味の「トッカーレ」。事典には、楽器に触る手の器用さを見せる音楽と解説されています。

 日本では、曲の聴き所を「サワリ」と言います。もとは義太夫節で他流派の音曲を取り入れた(つまり他の曲に触る)部分を指し、そこから聴き手の注意を引く部分という意味が生まれました。歌い出しのことを「サワリ」と言うときもありますが、これは誤用。もっともバッハのあのフレーズは、曲の始まりで、かつ聴き手の注意を引く、まさしくサワリでしょう。

 17世紀にトッカータは、教会でミサなどの典礼の始まりによく演奏された音楽でした。人々の注意を儀式に向けるために弾かれたわけです。ですから、音楽に関心のない人も引き込まれるようなきらびやかなパッセージがあり、これから典礼の音楽を奏でる弾き手の技巧を端的に味わえる音楽になっています。

 6月16日の「ちょっとお昼にクラシック」では、古楽器奏者の西山まりえさんによるチェンバロとバロック・ハープの演奏で、バロック時代が始まる1600年頃からバッハが活躍を始めた1700年頃までの様々なトッカータを集めてお楽しみいただきます。いわばバロック音楽の聴き所、サワリです。

 〈トッカータとフーガ ニ短調〉をご存知の方は、この曲をしのぐバッハの力作(とあえて申します!)、〈トッカータ ハ短調〉BWV911にご注目を。〈ニ短調〉と似た雰囲気で、しかも起伏に富み、演奏時間は10分を超える大曲。バッハの高い演奏技巧を見せつけられるかのような音楽に圧倒されるはずです。

(水戸芸術館音楽部門学芸員・篠田大基)