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2019-09-05 更新

「シネマ」の挑戦、そこから振り返るクラシックという原点~村治佳織(ギター)インタビュー

 日本のクラシック・ギター界で今一層輝きを増しているスター・プレーヤー、村治佳織さんのソロ・リサイタルが、15年ぶりに水戸芸術館で実現します。
 15年前の2004年。それは村治さんにとっては、イギリスの名門レーベル、デッカ・レコードと専属契約を締結した後の最初のアルバム「トランスフォーメーション」を録音・発売した年でした。この「トランスフォーメーション」で村治さんは日本ゴールドディスク大賞を受賞。そして昨年、水戸芸術館で録音されたデビュー25周年記念アルバム「シネマ」で、2度目の日本ゴールドディスク大賞受賞となり、大きな話題を呼びました。プロデューサーは、デッカのドミニク・ファイフさん。「トランスフォーメーション」以来15年間、村治さんのレコーディングに携わってきたほか、小澤征爾館長指揮・水戸室内管弦楽団のCDやグラミー賞を受賞した小澤征爾館長指揮の「子供と魔法」なども手掛けるイギリスの実力派プロデューサーです。
 「シネマ」の発売からおよそ1年後となる9月21日のリサイタルでは、「シネマ」収録曲を中心に、多くの方が耳にしたことのある映画音楽をコンサートの第2部で、また聴き応えのあるクラシック・ギターの名曲を第1部でお贈りします。「シネマ」のレコーディングの様子や今回のリサイタルへの思いなど、村治さんにお話をうかがいました。

村治佳織 © Ayako Yamamoto
 
――「シネマ」の発売から今度の9月のリサイタルでちょうど1年くらいですね。
 そうですね。レコーディングは去年の5月末でしたから、そのときからだと1年半くらいになりますね。あのときはレコーディングの1日前に水戸に入ったんですけど、水戸室内管弦楽団の演奏会(第101回定期演奏会)があって、もうその日からワクワクしていたんです! 水戸室内の皆さんとアルゲリッチの素晴らしい熱演を聴いたので、明日からここで弾けるんだなって。良い空気が残るステージで翌日から自分がレコーディングできるっていうのがすごく幸せでしたね。

水戸室内管弦楽団第101回定期演奏会 © 大窪道治

 水戸芸術館のコンサートホールは、宮殿のような柱があって、見た目もどこかの宮殿を思わせるところがあって、その空間を独り占めできる嬉しさもありました。レコーディングは大事なプロジェクトなので、まだ経験を重ねてない頃だと、前の日にコンサートを聴く余裕はなかったかもしれないですけど、このときは準備も十分にできたし、あとはすべてを楽しもう!っていう気持ちでいられたので、そんな自分自身の変化が実感できたのも嬉しかったです。翌日からじっくり4日間、本当に順調にいきましたね!
 
――録音の順番や使うギターは、どのようにお決めになったのでしょうか。
 レコーディングの1日目から4日目まで、この日に何を録音するかは、前もって決めていました。ギターも曲ごとに何を使うか、だいたいの青写真は作ってあったんです。ところがギターに関しては驚くべきことが起きまして、もともとボーナス・トラック的に2曲だけしか使う予定がなかった1859年製のヴィンテージ・ギターが、メインの楽器になってしまったんです。アントニオ・デ・トーレスという職人が作ったギターで、弾いたときにプロデューサーのドミニクがその音をとても気に入ってくれたんです。それで予定していなかった曲までトーレスで弾くことになって、結局10曲、トーレスで録音しました。これもレコーディングならではですね。トーレスは作られてから150年以上経っているので、音を遠くに飛ばすというよりは、ふくよかに鳴るのを楽器の傍で聴く方が相応しいギターなんです。コンサートには不向きかもしれませんが、レコーディングではマイクが楽器の近くにあるので、音の良さ、楽器の良さをじっくり表現できるんですね。トーレスの音にはまさに“時の重み”を感じました。
 
――ドミニクさんはレコーディングではいろんなアドバイスをされるのですね。
 ドミニクは楽器を学んでいたことはあるんですけど、ギターは全然触ったことがなかったそうで、ギターに詳しくない分、新鮮な視点で意見をくれるんですよね。トーレスについても、年代物だから良いというのでなくて、純粋に音が良いからもっと使ってみようと言って提案してくれたんです。演奏についても、妥協せずに本当に良いものを作ろうとしてアドバイスをくれるので、それを受けて私も少し時間をもらって練習したり、新しい表現を試したり、ドミニクとはそういうキャッチボールをしています。レコーディングはチームで作っていくものなので、もちろん自分も準備していきますけど、意見はなるべく受け容れるようにして、その結果、自分の表現が変わってもいいと思っています。CDというのは、レコーディングに協力してくれる人たちと過ごす時間が真空パックされたようなものなので、その時間を自分がすごく幸せでいるっていうことが大事だと思うんです。
 「シネマ」のレコーディングが終わって1年以上経ちますけど、まだ次のアルバムに行きたくないんですよね。若い頃はひとつのアルバムから次のアルバムまで1年から1年半だったし、デッカに移籍してからも2年以上は空けたことがなかったので、ひとつが終わったら次って考えていたんです。それも刺激的で良かったんですけど、今はマイペースをとても大事にしていて、まだ自分は「シネマ」の世界観に入っていたいんです(笑)。CD発売記念コンサートのようなものはやらなかったので、今回のリサイタルのように「シネマ」の曲をまとめて演奏する機会って、実はそんなに多くないんですよ。でも1年以上経って少しずつ、そういう機会を持とうかなと思っています。それくらい「シネマ」に愛着がありますね。
 
――好きな映画はありますか?
 最近はミュージカル映画が好きです。昔は映画を通して外国のことを知ったんですけど、今は自分の生活や旅でリアルな世界をすごく楽しめているので、映画では本当にありえない世界を体験したいんです。だからミュージカル映画は好きですね。
 それから反対にドキュメンタリー映画も好きです。「シネマ」の準備期間に夢中になっていたのは、『ファブリックと花を愛する男』というファッション・デザイナーのドリス・ヴァン・ノッテンのドキュメンタリーでした。パリ・オペラ座でのファッションショーなども出てきて映像が美しいんですよ。音楽も、レディオヘッドのベースのコリン・グリーンウッドが初めて映画音楽に挑戦するということだったので、5回くらい観に行きましたね。人生でひとつの映画を映画館で5回も観たのは初めてでした。自分が「シネマ」を作ることが決まっていたので、“映画モード”になっていたんです。そういえばアルゲリッチさんのドキュメンタリー映画もありましたね。『アルゲリッチ 私こそ、音楽!』。あれも観ました!
 
――そもそも映画音楽のアルバムを作ろうと考えたのはなぜでしょう?
 これもドミニクが言ってくれたんです。100%映画音楽でもいいんじゃないかって。皆さんに馴染みのある音楽で、私を知らない人にも演奏を聴いていただいてクラシック・ギターの良さを知ってもらおうと。それに、全編映画音楽という初挑戦のプロジェクトなら今までのファンの方も新鮮に思っていただけるのでは、という考えでしたね。今までにいただいた感想で嬉しかったのは、映画音楽だから聴きやすいのかと思ったら、一曲一曲の世界が深くて、じっくり聴かざるを得なかったというものでした。このアルバムの半分以上の曲は、このアルバムのために新たに編曲を用意したんです。これも良かったと思います。
 
――編曲といえば、村治さんはカフェで編曲をするって聞いたことがありますけど……?
 できます(笑)。耳栓しないでも、エアギターで頭のなかで音楽を鳴らしてやれますね! 〈ラストエンペラー〉は3、4時間、カフェに籠って編曲しました。場所がどこであってもぱっと集中できるのは、子どもの頃から楽器をやってきて良かったことのひとつですね。練習でも、私は練習室を与えられたことがあまりなくて、リビングの一角とか、他の音がするなかで練習していました。
 
――そういうところに、村治さんの原点があるんですね。
 今回のリサイタルの前半に演奏する曲は、ザ・クラシック!という感じで、これが私の原点でもあり、これからも軸になっていく音楽ですね。 今回のプログラムを考えて最初に決めたことがあって、それは、映画音楽のような小品を並べる一方で、大曲にもじっくり取り組みたいということでした。
 ブリテンの〈ダウランドによるノクターナル〉を演奏会で全曲通して取り上げるのは、9月の水戸のリサイタルが初めてなんです。思索的な曲で、私が二十歳そこそこの頃に、デッカ・レーベルの先輩ギタリストのエドゥアルド・フェルナンデスがこの曲を勧めてくれたんです。哲学的な演奏をするフェルナンデスが言うんだから、きっとギタリストにとって良い影響があるはずだと思って、いつかやろうと心に決めていたんですけど、人生経験を重ねて40代になった今こそ、弾きたいなと思いましたね。
 もうひとつの大曲がカステルヌオーヴォ=テデスコのソナタ〈ボッケリーニ讃〉で、この曲は技術的に難しいという印象が強かったんですけど、最近弾いたらとても楽しくて、それで肩の力を抜いて弾けるようになったら指の運びも楽になって、より音楽的なものに集中できるようになった気がします。それともうひとつ、作曲者に近づけたと思ったことがあったんです。〈ボッケリーニ讃〉は、以前はイタリアの華やかさや栄光を謳った曲だと思っていたんですけど、去年アウシュヴィッツに行く機会があって資料館を見ていたときに、カステルヌオーヴォ=テデスコがユダヤ系イタリア人だったことに気が付いたんです。彼はファシズム政権の時代にイタリアから亡命したんですよね。〈ボッケリーニ讃〉の第2楽章の悲しいところは、イタリア的と考えると腑に落ちなかったんですが、ユダヤの悲しみが詰まっていたんじゃないかと思い至って、すっとチャンネルが変わったような感じがしたんです。
 モレノ・トローバはアンドレス・セゴビア(クラシック・ギター奏法を確立した大音楽家)と仲が良かった作曲家で、セゴビアからの依頼で沢山のギターの名曲を書いていて、ギターの歴史上とても重要なんです。ヴィラ=ロボスの〈ショーロス第1番〉は師事していた福田進一先生の十八番で、私にはそのイメージが強かったんですけど、今回は私なりの〈ショーロス〉を弾きたいなと思っています。
 
――村治さんご自身が考える「自分のギターの音」ってどんな音なんでしょうか?
 ひとつ言えるのは、「私の音はこうです」と自分が言うよりも、私は言葉にならない思いや自分の感性を音に取り込んでいるので、あとは聴いてくださる皆さんが感じていただければ、ということですね。でも、あえて言うなら何でしょうね……? ギターの良い音、芯のある音を出したい! ギターは音色の多彩な楽器だから、それを自分も感じたいし、聴く人にも伝われば、という気持ちはありますね。ギターは右手の弦を弾く動作に打楽器的な要素があって、左手では弦楽器のようにヴィブラートをかけられて、しかもピアノのように旋律も伴奏も一緒に表現できる。それがこのサイズで実現されている。ミクロコスモスですよね。

聞き手・文:篠田大基