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2023-05-12 更新

水戸芸術館現代美術センターよみものアーカイブ#1-2 「ふぇいす・らぼ」座談会 前編「迷ったら、考えるより先に手を動かして。Just Do it!」

「ふぇいす・らぼ」が誕生するきっかけとなった展覧会「拡張するファッション」(2014年)。この展覧会のもとになった同名著書の著者・林央子(はやしなかこ)さんと「ふぇいす・らぼ」メンバー、そして当時をよく知る学芸スタッフの小泉英理を交えた座談会の様子を前編・後編に分け、ご紹介します。

8年前の出来事を振り返る中で、今、みえてくる発見も。ATMフェイスを夢中にさせた「拡張するファッション」展出品作家パスカル・ガテンさんによるワークショップには、どんな秘密があったのでしょう。

    
ワークショップ〈Questioning the Concept of the Uniform(制服のコンセプトについて考える)〉にて制作した制服、座談会にて撮影、2022年
 

──まず、2014年にパスカル・ガテンさんというアーティスト/デザイナーを迎えて、水戸芸術館の監視・接客スタッフである「ATMフェイス」(以下、フェイス)のメンバーを対象にワークショップ〈Questioning the Concept of the Uniform(制服のコンセプトについて考える)〉が行われました。このワークショップが実現するまでの経緯を、簡単に教えていただけますか。


林央子さん(中央)、座談会の様子、2022年
 
林央子(以下、林 プロフィールはこちら):はい、はじめにパスカルについて少しご説明しますね。彼女は、1994年に、パリコレに学生美大卒業展でデビューしたオランダ人のデザイナーです。


パスカル・ガテンさん(左)、ワークショップの様子、2014年

非常に個性的な作り手で、当時(1998年ごろ)は資金力のあるブランドがファッションをビジネスとしてグローバルに展開し始めた頃でしたから、それとは正反対の動きを見せる彼女の考え方が私にはすごく刺激的でした。アムステルダムにファッションの発信基地を自分たちでつくろうと試みたり、同時に教育分野にも情熱を注いでいる人で、その後、ニューヨークで美大の先生にもなるのですけれど、学生と店を一緒に運営したり。とても独特で、常に興味をそそられる人物だったんです。
縁あって何度もインタビューをする間柄になり、私が『拡張するファッション』という本をまとめる際、彼女のことを雑誌のコラムに書いた記事も収録したのですが、当時水戸芸術館の学芸員だった高橋瑞木さんがその本を読んでくださり、ぜひ展覧会にしたいと声をかけてくれたんです。それが、2014年に水戸芸術館で開催された「拡張するファッション」展のきっかけとなりました。海外からも本に登場する人を呼ぼうということになり、その一人としてパスカルを招聘したというのが経緯です。
 
──ワークショップへの参加を打診されたとき、フェイスの皆さんはどう感じましたか?


山口ゆかり(中央)、座談会の様子、2022年

 
山口ゆかり(ATMフェイスメンバー・以下、山口F):当時も、水戸芸術館ではさまざまなワークショップを展開していて、全国的にも注目を集める存在だったと思うのですが、私たちにはまず、監視スタッフや接客係としての仕事があるので参加することが難しかったんですね。ずっとワークショップへの憧れがあったので、この話を聞いたときは迷わずに手を挙げました。
 

福井彩香(中央)、座談会の様子、2022年

福井彩香(ATMフェイスメンバー・以下、福井F):私も、ただただワークショップに参加したい一心で参加を希望しました。
 

舟生亜季(中央)、座談会の様子、2022年

舟生亜季(ATMフェイスメンバー・以下、舟生F):私もずっとワークショップに興味があり、話を聞いたときはすごく嬉しくて、ぜひ参加したいと思いました。
 
──そのようにして水戸芸術館からは7名のフェイスがワークショップに参加することになったわけですね。


ワークショップに臨むフェイスたち、2014年
 
小泉英理(現代美術センター学芸庶務・以下、小泉):パスカルが、最初にフェイスの参加メンバーに向けて、「ワークショップに参加しませんか?」という内容の丁寧な手紙を書いてくれたんです。それで、彼女の来日前に、今度はフェイスのメンバーから自己紹介を兼ねた返事を出しました。同時に、私の手元にはパスカルからワークショップ用に準備してほしい備品リストが届きまして、小さめの待ち針とか、書きやすいペンとか、紙とか、細かく指定された一覧が来たので、私はそれをひたすら準備してワークショップ初日を迎えました。


小泉英理(中央)、座談会の様子、2022年
 
林:そうだったんですね。そのリストの存在は初めて知りました。パスカルに会った人はご存じだと思いますが、彼女はものすごく細やかに気を配る人なんですよね。参加者一人ひとりの様子を常に頭に置きながらカリキュラムを回していく。最初は、ベースになる言語も違うし初めての体験なので、皆さん緊張したり、いろいろ構えたりしていたと思いますが、そういう空気をほぐすのが、本当に上手な人ですよね。
 
福井F:初めて集まるときは、「思い入れのある服」を着てきてくださいと言われました。
 
山口F:で、次に「一番リラックスできる服装」で集まってくださいって。その服で寝られますか?という会話をしたり。とても優しい印象でした。
 
舟生F:そう、初めて会ったときから、言葉は通じなくても、雰囲気で伝わるような優しいオーラがあって、壁があるようでないような、とても不思議な、今までに抱いたことのないような感覚を彼女に抱きました。
 
──パスカルさんのそういった特徴を、林さんは後に「受容する力」「エンパワーメント能力」と表現されていましたね。


制服のアイデアをパスカルさんとディスカッションするフェイスたち、2014年

 
林:たぶん、今、社会とアート──アートの観客になろうとしていない人さえも観客として一緒に参加してもらうというような動きが世界的にも大きくなっていると思うんですけれど、なかなかアーティストの考えるワークショップが、その地域に住む人たちと十全に噛み合って、受け入れられて、そこから何か活動が動き出すということは起こりにくいと思います。
パスカルの場合は、例えば、ニューヨークの美大で教授になるくらいの知識を持っているんだけど、彼女自身は、出世などをまったく目指していなくて、おそらく、彼女の究極の目標は、「世界がより良くなってほしい」ということなんですね。そのためには、一人ひとりがもっと生き生きと輝くことが重要で、それを実現するのは、一人ひとりの中にたくさん眠っている「宝物」に本人たちが気づいて、それを表現することなのだ、と信じている。フェイスさんとのワークショップでも、そのことを、いろいろな形で話しかけていた気がします。
だから、2週間のワークショップの中で、本来の意味で制作にとりかかったのはわずか5日間で、それまでの9日間はいろいろなテーマについて話したり、一緒に藍染体験に行ったりしていましたよね。
 
小泉:運営側のスタッフとしては、「いつ制作し始めるのだろう…」と、若干心配になったり(笑)。
 
林:その9日間は、みんなの意識の中のバリアを取り去って、何でもありなんだと気づくところまで導くための期間だったんですよね。だからこそ、その助走期間の後、フェイスのみなさんがそれぞれに大きくジャンプして、そのジャンプがこの素晴らしい制服の一着一着として結実していきましたよね。
 
──実際の制作はスムーズに進んだのですね。
 
林:ただ、あるとき、パスカルではなくてフェイスのみなさんが主導権を取った瞬間っていうのがあったんです。私はその日欠席していましたが、制作する制服を「ワンピース」に決めた日がありましたよね。パスカルは、無意識のうちに「ジャケット」を作ると思っていたらしくて…。
 
山口F:ああ。何かやけにジャケットを推しているなという感じはありました…(笑)。でも、私たちとしてはワンピースでしたね。そもそも普段の私たちの制服がワンピースなので。
 
林:その「ジャケット」ではなく「ワンピース」に決定したことは、彼女にとっては大きな地震に遭ったような、地殻変動が起きたような衝撃だったと思います。というのも、パスカルにも当然ファシリテイターとして構想する方向があって、彼女はジャケットをつくってフェイスのみんなが着ることで、今回のワークショップのテーマである「制服のコンセプトを考える」という思索を表現するつもりだったんですね。その方向に進めていくことももちろんできたと思うのですが、彼女はそうはしなかった。
 
──パスカルさんにも葛藤する部分があったのですね。
 
林:あったと思います。違う背景、文化を持つ人たちが集まれば、違う考え方が出てくるのだということを痛感した瞬間だったと思うんです。でも、それは受け入れるべきですよね。だって、そういうふうにあってほしいと願って一生懸命やってきて、水戸芸術館のサポートもある中で、参加者であるフェイスのみなさんが放った真の自発性なのですから。「ワンピースを選ぶ」ことは、パスカルが考えていた形ではなくて彼女には驚きが大きかったけれど、受け入れて、さらに前に進んでいった。
例えばパスカルがヨーロッパで同じワークショップをやったとしても、そこまで違うもの同士のぶつかり──「ぶつかり合った」ってフェイスのみなさんは思っていないと思うのですが(笑)──そうはならないと思います。そこには文化の違い、文化の衝突があったと思います。
 
福井F:私たちは全然そんな風に思っていませんでした。…無邪気にワンピースだよねって。
 
林:だから、パスカル自身も変化を遂げる体験をしたんですよね。ファシリテイトする側も、成長し、変化を遂げる。制作を通じて少しずつ何かが変わること、それが両方の側にあることがものすごい相互作用をもたらして、短期間でもこのような傑作が生まれることにつながったのだと思います。


ワークショップ終盤、制服の制作に取り組むフェイスとパスカルさん、2014年
 
──あらためて、パスカルとのワークショップに参加することで、受けた影響について教えていただけますか。
 
舟生F:一人で集中して短期間に仕上げるのではなくて、みんなで話し合ったり、一緒にご飯を食べたり、そうやって共有した時間や感情を、手仕事に残していくということを初めて体験しました。だからこそ、制服をつくりあげた後も、誰かの素材を自分の制服にも取り入れたりとか、素材やパーツを交換しあって縫い付けたりとか、そういった作業が続いていったのだと思います。その楽しさが、今の「ふぇいす・らぼ」に確実につながっていると感じています。
 
福井F:私の場合は、本当にここで語り尽くせないほどパスカルとのワークショップによって、自分自身が変わったんです。私が制服づくりで迷っているときに、パスカルが、私が服を着た状態で紐をこうやって服にあてて、ここを切っちゃえばいいんじゃないって言ったんです。「え、それでいいんだ!」と思って。そこを切ったら、一気に「あ、できる!」と感じたんです。そうか、この作業は、私にとっては苦手な裁縫ではなく、得意な絵画や彫刻と同じだって心から思えて。"Just do it."ということを、パスカルが教えてくれました。「迷ったら、考える前に手を動かしてみて」という言葉は、今でも私たち「ふぇいす・らぼ」のメンバーの真ん中にあります。


アドバイスするパスカルさん、2014年
 
山口F:"You can do it."って、パスカルにはずっと言われていましたね。考えるよりも、まずは手を動かしてみると、道はどんどん開けていくということを体感しました。


展覧会のオープン直前、自ら制作した制服を着用したフェイス、2014年 ※

パスカルさんからの様々なメッセージを受け取ってきたフェイスのメンバーたち。
その後の様子は、後編でお届けいたします。

座談会
日時:2022年12月19日(月)
於:水戸芸術館エントランス応接室

文=中川佳洋(水戸芸術館現代美術センター教育プログラムコーディネーター)
構成協力=笠井峰子(笠井編集室)
写真=2014年撮影分(※を除く)・臼井智子、2022年撮影分・仲田絵美

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