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【重要なお知らせ】

2023-03-31 更新

水戸芸術館現代美術センターよみものアーカイブ#1-1 「ふぇいす・らぼ」とは?

 水戸芸術館現代美術センターでは、現代美術との出会いに触発されて始まった活動が、当館ならではのユニークな展開をみせています。新人スタッフ中川佳洋がそれらの活動を紹介し、ゆかりのみなさんとのお話の中からカタログや記録集には載っていない当センターの魅力に迫ります!
 
 まず最初に取り上げるのは、「ふぇいす・らぼ」。当館の「顔」となって働く職員たちとアーティストの出会いによって生み出された物語。まずは、そもそも「ふぇいす・らぼ」とは何か、そこからご紹介いたします。


〇水戸芸の案内スタッフ「ATMフェイス」
 
 展覧会の会場に静かに座って、作品やお客様を見守るスタッフがいます。「監視員」と呼ぶのはちょっと仰々しいし、なんと呼んでいいのか…。水戸芸術館では、こうした最前線でお客様をご案内しているスタッフのことを、水戸芸術館の「顔」になってほしいという思いから、ATMフェイス(以下、フェイス)と呼んでいます。


普段のフェイスたち

 当館の理事長であった森英恵デザインの制服をきりっと着て、お客様と作品の出会いを一番近くでそっと見守っている彼女たち。ギャラリーだけでなく、コンサートホール、劇場、チケットセンター、水戸市・水戸芸術館のシンボルともいえるタワーの案内についても担当しています。
 そんなフェイスたちが日々の業務以外に、アーティストとともに取り組んできた活動を紹介する展覧会が、2022年、水戸芸術館エントランスホールおよびミュージアムショップ・コントルポアンで開催されました。(https://www.arttowermito.or.jp/gallery/lineup/article_5215.html)


「Everyday Art Market by Satoru Aoyama + ATMフェイス」水戸芸術館エントランスホールでの展示風景、2022年


〇作品づくりでも今や売れっ子に

 作り手の思いやキャラクターが感じられるブローチの写真が、ずらり200個。これらは、フェイスの有志が集まり活動してきた手芸クラブ「ふぇいす・らぼ」が、美術家・青山悟さんと一緒に進めてきた共同プロジェクト「Everyday Art Market by Satoru Aoyama + ATMフェイス」(2020年~)を実施している中で制作してきた作品です。当館ミュージアムショップで販売しており、これまでの作品数百点はほぼすべてがお客様の元へ旅立っていきました。
 また、ギャラリーでは、見覚えのある布を使ったポシェットを着用して勤務するフェイスたちを見ることができます。これは、コロナ禍以降、増える業務携行品を美しく使いやすく収納するため、着古した制服を再利用し、型紙起こしから縫製まで全て自分たちで考え、オリジナルでつくったもの。
 さらに、この「ふぇいす・らぼ」、それ以前にも館内外問わず、さまざまな活動を続け、その歴史は、もうすぐ10年を迎えようとしています。このパワー、一体、どこから生まれてくるものなのでしょう。


〇大きな転機は「拡張するファッション」展
 
 「ふぇいす・らぼ」のメンバーにとって、2014年に当館で開催された「拡張するファッション」展は今の活動につながる、なくてはならない出来事だったといいます。この展覧会の基となった同名著書の著者である林央子(はやしなかこ)さんと担当学芸員がセレクトした展覧会参加作家の一人、オランダ出身のデザイナーであり教育者であるパスカル・ガテンさんのフェイスを対象としたワークショップ〈Questioning the Concept of the Uniform(制服のコンセプトについて考える)〉が彼女たちの心に火をつけたのです。これは、自分たちが展覧会期中に着用する理想の制服を自身でつくり、その体験を未経験のフェイスへ伝えていくという内容。会期中、日々少しずつ手を加えていく様をお互いに発見しながら、それぞれの個性が表れた、世界で一着の制服が生まれました。


ワークショップで制服をつくるフェイス(右)とパスカル・ガテンさん(左)、2014年、撮影=臼井智子

 自分の思いを形にし、表に出す楽しさ、仲間の存在…いつしか、このワークショップでの経験は、彼女たちの生きる自信に結び付いていったといいます。「制服」「仕事」「フェイス」…様々なものが新たな意味を帯び、「拡張」されて、この展覧会が終わった後も自主的に活動を続けた結果、「ふぇいす・らぼ」に。さらに、彼女たちは水戸芸術館にとどまらず、ますます活動を広げていきました。


○ふぇいす・らぼの活動(一部)

・現代美術センターでの夏の子ども向け企画「こども・こらぼ・らぼ」へ作家として参加
・ACM劇場の子ども向け公演のオリジナルグッズの開発・作成
・手仕事の作家が一同に集まる「あおぞらクラフトいち」への出店
・高齢者施設での出張ワークショップ

「こども・こらぼ・らぼ」にてワークショップを行うフェイス、2015年


○お客様の鑑賞を見守るプロ意識が土台

 しかし、「ふぇいす・らぼ」が誕生するにはその土台があります。日々のフェイスとしての仕事において、彼女たちはプロフェッショナル。館内のご案内や作品保全のためにお声掛けするのはもちろん、移動の際にはお客様の鑑賞の邪魔になるまいと足音を消して歩き、お困りのお客様がいらしたときは瞬時にフェイス一丸となって、当館での時間が最高のものとなるようサポートに徹するのです。
 また、お客様との距離が一番近い彼女たちとの協働で「赤ちゃんと一緒に美術館散歩」や「プレスクールプログラム」(参照:https://www.arttowermito.or.jp/gallery/education/3torikumi.html)という企画が生まれ、実施されてきました。展示が変わるたび、フェイスも一緒に作品やその背景について勉強します。

プレスクールプログラム中のフェイス、2015年
 
 こうして、10年、15年と長い期間、当館を見守り続けている、そんなフェイスが何人もいます。フェイスは文字通り「水戸芸術館の顔」となって、一緒に水戸芸術館をつくってきた、かけがえのない存在です。こうした土台があって「ふぇいす・らぼ」があるのです。
 
 次号では、「ふぇいす・らぼ」メンバーとその生みの親のお一人でもある林央子さんを交えた座談会の様子をお届けする予定。どんなお話が聞けるか、お楽しみに。

文=中川佳洋(水戸芸術館現代美術センター教育プログラムコーディネーター)
構成協力=笠井峰子(笠井編集室)

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